「黒い天使・災厄者 vol 39」
「黒い天使・災厄者 vol 39」
ラテンスキーの魔の手で少女たちと<狂犬>に迫る。
抵抗できず必死に庇う<狂犬>。
だがユージの復活で状況は一変した。
事件は解決……したかに見えた。
だが、<狂犬>は止まらない。
ユージと<狂犬>、最後の対決が待っている。
ラテンスキーは動かなくなった<狂犬>を見て、満足そうに笑った。
「これでアンタの罪を証言する厄介者が1つ消えた。さて、後残った厄介者はアンタの愛玩動物の、そこのガキ共だけだ」
そういうと、ラテンスキーは9ミリ拳銃をウェラーの足元に投げた。
「!? どういうことだ!?」
「アンタも手を汚すんだ。俺の前でそこにいるガキ共を撃ち殺せ。そうすりゃアンタは殺人犯だ。だが安心していい。現場を見たのは俺だけだ。つまり、アンタが俺を見捨てたり売ったりしなきゃ、俺も永遠に口を閉ざす。アンタは俺が化物男を撃ち殺すのを見た。そして俺はお前がガキを撃ち殺すのを見る。これで俺たちは運命共同体ってワケだ」
「…………」
「今更躊躇するこたぁねぇーだろ。元々アンタはその気だったはずだ。なぁーに、心配いらねぇー。撃った後指紋を拭いてその化物男に握らせれば捜査が及ぶ事はない。その化物男はFBIやNYPDが血眼になって探している大量殺戮者だ。殺しは全部ひっ被せればいい。さぁどうする?」
「お前に依頼する。お前が殺せ。それでいいだろう」
「駄目だ。この状況で口約束がアテになるか!? さっさとやれ! 議員先生なら度胸見せろ! アンタがやらねーならマフィアへの口利きもなしだぜ!?」
「くっ……」
ウェラーは戸惑いながら拳銃を握った。理屈は完全に理解した。確かにそれが最良の方法かもしれない。男のいう通り、この場にユージ=クロベはいない。今ここで少女たちを始末すれば物的証拠は完全に消えてなくなる。ラテンスキーの言うとおり、物的証拠がなくなれば、大物弁護士団ならば罪を掻き消す事ができるかもしれない。いや、証拠を全部擦り付ける相手がいるし、爆発で吹っ飛ばしたFBI捜査官は単なる事故で済む。
……この男の言う通りだ。俺は助かる! 助かる道がある!
「わ……分かった! 約束しよう。貴様も約束は守るだろうな!?」
「俺が化物男を撃ち殺したのをアンタは見たはずだぜ。約束どころか俺たちは運命共同体だ。早くしろよ!!」
「わ、分かった」
ウェラーは拳銃を握りなおし覚悟を決めた。弾を確認する。弾は3発しか残っていない。だから少女に使ってしまえば終わりだ。口封じにラテンスキーを撃つというブランは使えない。その瞬間、ウェラーも腹を括った。
ウェラーは立ち上がり、無言で銃口をマリアに向け、そして引き金を引いた。
その時だった。倒れていた<狂犬>が起き上がり、マリアの前に立ちはだかった。
「なっ!?」
「ぐぅっ!?」
背中に弾を受ける<狂犬>。そのショックで先程ラテンスキーから受けた傷から大量の血が噴出し、マリアの顔を鮮血が汚した。
「……おじ……さん?」
「な!? おいっ!! まだ生きているぞ!!」
「化物めっ!!」
ラテンスキーは転がっていたショットガンを掴み、背後から<狂犬>を殴打する。だが<狂犬>はまるで岩かと思うほどビクともしない。
「傷は……ない……か? マリア……」
そういうと、マリアの顔に飛び散った血を拭い、<狂犬>は微笑んだ。誰にも見せたことのない、素晴らしく優しい微笑だった。
その時、死んだマリアの瞳に、生気が宿った。
「……おじさん……? キャンディーの……<ロックおじさん>……」
「そう……だ。今日は……キャンディーはないが……<ロック>のおじさんだ……」
マリアの記憶が、徐々に甦っていく。
最初の対面……安宿の一室で初めて出会った。最初はすごく怖かった。無理に笑顔を作った。無言で、体中ケガをしていて血の匂いがした。「何か歌え」と言われた。歌ったら、「良かった」と一言だけ言った。夜になった。どんな乱暴なことをされてもそれは生きるための仕事だった。だけど、何もなく「ゆっくりとベッドで休め」と言われた。自分の仕事をしようとすると、怒られた。「初めて怒られた」そういうと、ひどく哀しい顔をしたので、また歌を歌ってみた。怖い顔が、優しくなった……そして朝、アイスクリームを呉れた。
それから、頻繁にこのオジサンに呼ばれるようになった。いつも知っている歌や色んなお話……御伽噺を喋った。オジサンは、黙ってそれを聞いて、そして終わるとキャンディーを呉れるようになった。「痩せすぎはよくない。喰え」と、いつもそう言ってキャンディーを呉れた……。
オジサンには<名前>がなかった。私と一緒だ。周りからは<ヴォースィミ>と呼ばれていたオジサン。だけどそれは番号だから、きっと嬉しくないと思った。だから私は、岩のように大きなオジサンだから、<ロックおじさん>と呼んだ。
何十回目だろうか……ひどく<ロックおじさん>は機嫌が悪い日があった。私は自分の体で慰める<仕事>だと思った。するとオジサンは本気で怒った。オジサンは言った…… 私は<マリア>様なのだと……それからオジサンは、私を<マリア>と呼ぶようになった……。
「いい加減くたばれ!!」
ショットガンの銃底が容赦なく<狂犬>の顔面を強打する。鮮血が舞うが<狂犬>は身じろぎもせず、マリアに向かって微笑み続けている。
「ロックおじさんっ!! おじさんっ!!」
「ウェラー!! この小娘をさっさと始末しろっ!! 撃て!」
ラテンスキーはそう叫ぶと、ショットガンを棍棒のように握り直した。そして大きく振りかぶった、その時だった。
「!?」
高速の44マグナム弾が、ラテンスキーのこみかめを撃ち抜いた。そして続けて3発のマグナム弾全弾がラテンスキーの顔に撃ち込まれ、ラテンスキーの頭部を粉々に破壊した。頭を失ったラテンスキーの屍は、力を失いその場にバタリと倒れる。
「ギャーッッ!!」
突然の事に悲鳴を上げるウェラー。
その時、猛然と煙が吹き込んだかと思うと、その煙のカーテンの奥からユージが姿を現した。
「ウェラー!! 俺を怒らせるとこうなる! よく見たか!!」
「ひいぃぃっ!!」
猛然と現れたユージを見て、ウェラーは持っていた拳銃を投げ捨てその場にへたり込んだ。
ユージは全身の服がかなりズタズタになっていたが大きな怪我は負っていなかった。そして煙の中から五体満足のサクラが出てきたがこちらはウェラーには見えていない。サクラは愛用のデニムジャケットを着ていなかった。
「ば……爆発はどうした!? 化物が!!」
「知らんのか? 俺は不死身でな」
ユージはそういうとDEをホルスターに戻した。
ユージは爆発物のスペシャリストで、爆発力を弱めるため爆薬を1/5まで減らし、かつ自分の防弾コートと防御力の強いサクラのジャケットで包んで爆発力をギリギリまで弱めた。自分たちはヴァトスの刃を最大まで大きくして盾にし、爆発のダメージを防いだ。
爆発を起こさせ、ラテンスキーを暴走させるのがユージの目的だった。爆発の直後にユージはヴァトスを使って防火シャッターを切り裂き外に出ていて途中から全て話を聞いていた。
そしてユージのラックトップは録音状態のままサクラが部屋に残してあった。二人の策謀は全て録音された。これでウェラーはどうやっても逃れられない。そしてもう1つの企みも巧く転がったようだ。マリアの記憶が戻った。
「えげつない事するよホント。ギリギリ賭けもいいトコじゃん」
とサクラは溜息をつく。もしラテンスキーがすぐに爆破ボタンを押していたらどうする気だったのか……ちなみにサクラは爆発の瞬間ユージが盾になって庇ったので全くの無傷だ。が……父親なら当然だ、と思っているので感謝も感激もしていない。
「終わりだ。逮捕する」
ユージはそういうと、ウェラーが投げ捨てた9ミリ拳銃を、指紋がつかないようハンカチで包んで掴む。指紋がたっぷり付いた拳銃だ。これでウェラーはどうやっても言い逃れはできない。
ガックリと項垂れていたウェラーを、ユージは掴みあげようとした……その時だ。突然、近くに人の気配がして振り向く。
「……ゆる……さない……!」
そこに居たのは、<狂犬>だった。手にはさっきまで自分を殴打していたショットガンがある。
……まだ動けるのか……!? ユージは正直心の中で舌を巻いた。
<狂犬>の瞳は完全に怒りに燃えている。ユージは彼の後ろに怯えているマリアを確認した。マリアにとって、ウェラーは恐怖と絶望の対象だ。
「止せ。もう終わりだ。武器を下ろせ、<狂犬>」
「マリアを泣かした……酷い事をした。あの男を……許すわけには……いかない……あいつは生きている限りマリアを苦しめる」
「あんなクズを殺してもマリアは喜ばないぞ」
ユージの言葉は警告だった。マリアは、と言ったが言外には「これ以上やればお前を殺さざるを得ない」という意味が含んでいる。通常の場合と違い、今のユージと<狂犬>では戦闘力の差は明確だ。一瞬でユージは<狂犬>を殺せる。
「俺は……どうせ……長く……持たない」
<狂犬>は不敵に笑った。胸の真ん中からはとめどなく血が流れている。
<狂犬>はショットガンを棍棒でも使うかのように一振りした。これだけのダメージがあるというのに、信じられない事にショットガンは凄まじい風を切り、轟音を鳴らした。
うろたえたのはウェラーだ。ユージが間に入っているとはいえ、<狂犬>はすぐ目と鼻の先にいて、凄まじい貌でウェラーを睨んでいる。
……撲殺される……! 逃げればヤツは持っているショットガンを渾身の力で投げるだろう。凡そ4キロの鉄の塊だ。頭に当たれば死ぬ。
「FBI! なんとかしろ!! 俺を保護しろ!!」
「どうせ死ぬなら……1つでも……マリアのため……排除する」
「止せ」
ユージは腰につけたヴァトスに手をかけた。だが<狂犬>の歩みは止まらない。
「おじさん! おじさんやめて!!」
マリアも何が起きるが悟り、叫ぶ。ウェラーの身の安全ではない。このまま進めば、ユージが<狂犬>を殺す。その事は自明の理だ。
だが、<狂犬>は足を止めなかった。
そして、<狂犬>はユージの攻撃射程圏内に入った。<狂犬>ほどの戦闘のプロならばその事は十分に理解している。これ以上進めばユージが動く。そのデッドラインを、<狂犬>は躊躇することなく踏み越えた。
「うおぉぉぉぉっっ!!」大きく振りかぶる<狂犬>。このまま振り下ろしウェラーの顔面を粉砕する。もしウェラーが逃げれば投げつけ殺す。最後の力を振り絞り、強くショットガンの銃口を握り締めた。
その瞬間、目にも留まらぬスピードでユージは腰のヴァトスを抜くと、発現した巨大な剣先を<狂犬>の胸板に突き入れた。
「…………っ!」
「うわぁぁぁっっ!!」
「キャーーーっ!!」
ウェラーとマリアの悲鳴が重なった。
刃渡り1m、幅40cmはある巨大な剣は<狂犬>の胸から背中まで貫いた。貫かれた<狂犬>は振りかぶったショットガンを落とすと、これまでの行動が嘘のように静かにその場に崩れた。
素早くユージは<狂犬>からヴァトスの剣を抜く。特殊なブレードで血は一滴もついていない。巨大な刀身は、一瞬光ったかと思うと消え、柄の部分だけとなった。
終わった。
「ロックおじさんっ!! おじさんっ!! やだっ!! いやだよぉ! おじさんっ!」
倒れた<狂犬>に泣きじゃくりながら駆け寄るマリア。何度も揺らすが、<狂犬>は二度と動く事は無かった。マリアは動かなくなった<狂犬>に抱きつき、まるで子供のような泣き叫んだ。
「こいつの死も、お前のせいだ、ウェラー。罪には問われないが、この光景を永遠に忘れるな」
ユージの冷たく殺気の篭った言葉に、ウェラーは愕然とその場に凍りつく。
ユージはサクラを一瞥した。サクラは頷き静かにマリアの後ろに立つと、彼女の頭を軽くポンっと叩いた。号泣していたマリアは一瞬の間の後、意識を失った。サクラが超能力で安全に気を失わせたのだ。
先までと打って変わり、場は急に不気味な沈黙に包まれた。
ユージはズボンのポケットから携帯電話を取り出す。相手は拓だ。外の様子と応援の有無が知りたかった。拓から上の話を聞き、ユージのほうも全て終わったと報告した。
「外、どうなってんの?」
とユージに日本語で聞くサクラ。ユージはサクラを一瞥し、気を失っているマリアを見た。
「予想より火の燃え方は酷くない。本館のほうは消防が入っている。別館の入口のほうは拓が押さえた。応援は後10分で着くそうだ。その前にウェラーと女の子だけは連れ出す」
「仕事は終わり?」
ユージは、今度は倒れている<狂犬>と、頭を失ったラテンスキーの遺体を見た。
「捜査はな」そういうとユージは歩き出した。
「俺の仕事は、まだ後始末が残っている」
「…………」
やれやれ……まだサクラちゃんのサポートは必要か……とサクラは虚空を見上げ嘆息する。ユージの作戦を全て聞いてしまった以上、サクラとしても最後まで付き合うしかないようだ。
午前3時47分。ジェームズ=ウェラーをFBI・NY支局が緊急逮捕。
同時刻、ウェラー邸にて身元不明の少女3人を保護。
ウェラー邸にて遺体全てが回収されたのは日が昇った午前10時31分であった。
ただ一人……大男であったと思われる男性遺体だけは延焼が酷く、骨まで焼かれ、何者であったかという識別は不可能であった。FBIと州警察は、遺体を正体不明のまま収容し、記録した。
「黒い天使・災厄者 vol 39」でした。
今回がクライマックスです。
ナンバリングで分かるとおり、このシリーズは「40」で完結予定です。
今回ちょっと長めですが、次回はもっと長いです。とはいえクライマックス後のエピロードを切っても面白くないし最後のドラマも冷めてしまうので今回と次回は長めです。
とりあえず今回のシリーズで言いたかったのは、「いかにユージが強いか」ということになる気がします。これだけ強いから他のシリーズでの活躍も納得してもらえると思います。後、このユージが本気を出していたということで別シリーズ化している「黒い天使・特別長編・死神島」も面白く感じてもらえると思います。
さて、「災厄者」も次回で終了です。
最後まで是非見て上げて下さい。ラストはとても「黒い天使」っぽくなっています。
これからもどうぞ宜しくお願いします。




