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「黒い天使」短編集  作者: JOLちゃん
「黒い天使 中編 災厄者」シリーズ
54/206

「黒い天使・災厄者 vol 37」

「黒い天使・災厄者 vol 37」


ウェラーを尋問するユージ。

頑なに態度を改めないウェラー。

そんなウェラーに、ユージは<狂犬>を使い誘導尋問に運ぶ。

ついにウェラーがユージの誘導にひっかかる。




「性行為は認めるんだな。まぁお前が認めなくても彼女たちからDNAを採取すれば済む話だから好きなだけ否定して構わん。科学捜査の精度はお前か息子かの違いくらい簡単に証明する」


「合意の上だ。それに17歳だと聞いている!」


「彼女たちが17歳に見えるのか? 俺には14か15に見えるがな」


「本人がそう言った」

 そういうとウェラーは顔を挙げ、毛布に包まる二人の少女に向かって叫ぶ。

「お前たちは17歳だ!! そうだろ!?」

 その声を聞いた少女たちは、震え出し身を丸めた。


「やめろ!」ユージは叫ぶとウェラーの喉を掴む。「被害者を脅迫するな! 次やれば叩きのめすぞ!!」そう言い、ウェラーを突き飛ばす。


 ユージは踵を返し少女たちの近くで作業しているサクラのところに行った。サクラは弱いパワーで<非認識化>を使っているので、ウェラーは認識していない。



「おい」ユージは日本語でサクラに声をかけた。

「質問がある」

「何? 今サクラちゃんはそこそこ忙しいンだけど」

とサクラはラックトップから顔を上げず声だけ答える。サクラは今、邸宅の破壊具合を確認しつつ、この核シェルターからの脱出路を探していた。肝心の屋敷のシステム・コンピューターは破壊されたから、色々なところからデーターを引っ張ってこないといけない。今、建築会社からベースとなった核シェルターについて調べているところだ。忙しい。


「この娘たちについてだ」ユージは少し声を落とす。「さっきの、ウェラーの馬鹿野郎の台詞は聞いていたな」と言い、コツンとサクラを足で突いた。


 サクラは顔を上げ、三人の少女を見る。


「聞いたケド?」

「本当はいくつだ? 自称でなく本当の歳は?」

 <マリア>を含めた少女三人を、一応サクラはユージから預かった。サクラにはヒーリング能力はあってもカウンセラーの能力はないし、元々が人見知りする性格だから、ちゃんとは接してはいない。それでも好奇心の強いサクラの事だ。サイコメトリー能力で色々知った、とユージは見ていた。


「オフレコで」と言ったのは、サクラの能力を使った結果だという前提だ。


 サクラはじーっと数秒間三人を見つめ、興なさげに目線をラックトップに戻した。


「16、16、15」

「マリアは?」

「……15」

「……自分が何歳か、自覚は……?」

「マリアはなかった。……彼女は、自分の親も育ちも、誕生日だって知らない」

「…………」


 ユージの冷たい眼がマリアを見つめている。サクラはそんなユージを一瞥し、不機嫌になった。ユージが何を考えているか分かったからだ。だが引き留める理由はサクラにはない。


 ユージはサクラの元から離れ、茫然と毛布に包まっているマリアの元にやってきて、そっとそこに座った。そして、改めて優しく彼女自身について尋ねた。マリアは先と違い受け答えは普通に出来るまで自己を取り戻していたが、自分の過去についてはほとんど何も言う事が出来なかった。


「何を……何をしている。<死神捜査官>」


 ゴモリッ……ずっと壁にもたれ休んでいた<狂犬>が立ち上がった。一応、サクラが簡単に手当てをしたので傷口からの出血は減り出血死の危険はなくなったが、全身10発近く鉛弾が体に食い込んでいる。動けば、凄まじい激痛が襲い、塞がりかけていた傷口が開く。それでも<狂犬>は立ち上がり、苦痛を微塵も見せず二人の元にやってきた。


 ユージの眼が鋭く光り、立ち上がり、<狂犬>の前に立った。


「彼女の事を聞く。それだけだ」

「マリアを……苦しめるな、<死神捜査官>。惨めな過去を、穿り出すな」

「惨めだったかどうかは、本人に聞かないと分からない」

「お前……みたいなエリート……想像も付かないような厳しく惨めで辛い日々だ。暗黒の……下水より臭く汚い、凄惨な過去だ。忘れているのならば、それを掘り起こすな」


 それはユージだって分かっている。だがユージの狙いは別にあった。狙いは填まった。大魚は餌に喰いついた。狙っていたのはマリアの反応ではなく<狂犬>の反応だ。後は、アレックスの仮説が事実である事を祈るだけだ。


 ユージは茫然と座っているマリアを一瞥し、僅かに口元に笑みを浮かべた。


「お前は、彼女……<マリア>を知っているんだな?」

「…………」

「勿論知っている。お前は彼女の写真を持っていたし、彼女を追ってヨーロッパから米国にやってきた。彼女の生まれた環境も育った環境も、幼い頃も知っている。勿論、年齢も知っている」

「…………」


 僅かに<狂犬>の表情が変わった。大魚を狙う漁師に意図があるのを知った。


「彼女はロマ、東欧かロシア連邦の出身。お前は、幼い頃から彼女を知っている。彼女の親か親族と親しく付き合いをしていた仲だ。違うか? 彼女は、14歳……いや、13歳だったか?」


 ユージの言葉に、<狂犬>は目を見開いた。ユージのシナリオの意図は分かった。これにどういう意味があるかは米国法に精通していない<狂犬>には分からないが、年齢が重要なことには気付いた。


「……ああ、ロマだ。マリアは……マリアは……写真を撮ったとき12歳だった。今は、まだ14歳にはなっていないはずだ」

「ふざけるな!! 私が買ったとき、15歳だと聞いたぞ!!」


 ウェラーが叫ぶ。その瞬間、ユージは一笑した。狙いの大魚は、まんまと疑似餌に引っ掛り釣りあがった。ウェラーが意図的に人身売買でマリアを手に入れたことを公言した。


「身寄りも出生も確かでない少女だ! だが15歳だ! 怪物! 勝手な事を言うな!」


 ウェラーはついに自滅した。自分が未成年を人身売買で買った事を引き出した。会話は当然録音している。


 ユージは最後のトラップの仕上げに入った。


「<狂犬>。どうして、お前はそこまで<マリア>について知っている? 親戚か? 肉親か? ただの顔馴染というだけで、マフィアを敵に回し殺戮を繰り広げてきたワケではないだろう」


「…………<マリア>の母親と関係を持っていた。だから……よく知っている。同じロマの出身で、母親の名前はターニャだ。……ターニャは、7年前に死んだ。死んだのは、ブラチスラヴァのイーストタウン。それから……しばらく……<マリア>は、俺が、育てた」


「……という事だ」

 ユージはゆっくりとウェラーのほうを振り向く。

「これで、お前は13歳の少女を買った事になった。いいか、ウェラー。14歳以上の性犯罪なら、司法取引に弁護士帯同できる。だが14歳以下の性犯罪の場合、弁護士なしだ。しかも重犯罪で、今の証言だけでお前の仮釈放なし懲役30年は確定だ」

「なっ!? そんな馬鹿な話があるか!!」

「なんなら今すぐ刑法を見せてやってもいいぞ。<マリア>に関して身元を証言できる人間は、今のところ<狂犬>だけだ。その真偽を証明する方法はない。お前にあるか?」


 <狂犬>もマリアもどの国にも戸籍も正しい身分証明書はないから照会する術がない。この瞬間、<マリア>にとって保護者といえる人間は<狂犬>だけとなったのだ。


「15歳だと聞いていたんだ!」

「それを証明するためには、お前は人身売買の組織や秘密倶楽部について喋らないといけないな。秘密倶楽部の連中ならもしかしたら<マリア>の事をもっと知っているかもしれない。だが、そうするためには連中全員を摘発、逮捕する以外ない」

「ぐっ……」

「お前はロリコンの変態性犯罪者だ。白人のロリコン性犯罪者は刑務所じゃあカーストの最下層だ。毎日が豚扱いで人権なしのイジメが待っているぞ。そして家族はマスコミや周囲から蔑まれて生きる事になる。盛り上がるだろうな、自分の娘と変わらない少女に手を出していたのだから。残り二人の息子や娘がどういう人生の転落劇を演じることになるか想像すらできんが、それも全部自分が蒔いた種だ。それだけじゃない、お前自身も家族もロシアン・マフィアに今後永遠に狙われる。警察でも守りきれないぞ」

「…………」

「貴様の実刑は確実だ。仮出所なしの懲役30年から50年……事実上の終身刑だな。だが、もし罪に見合う情報を喋るなら、司法取引してやる。言っておくが、連行後に気が変わっても遅いぞ? 逮捕されたことが世間に知られた瞬間、ロシアン・マフィアは動くからな。もちろんマスコミだって騒ぐ。喋る意志があるなら、今表明するしかない。今なら、俺がコネを使ってカバーしてやれないこともない」

「分かった! ……分かった……捜査官。取引する。バルガスについても、秘密倶楽部についても証言する」

「まずは弁護士立会いなしで話してもらう」

「分かった」

「なら、こっちもお前の身辺の安全に努力しよう。お前の話で秘密倶楽部を撲滅出来たら、特別にロシアン・マフィアにも話をつけてやる。お前はともかく、家族の安全は保証してやる」


 ガクリ……と床に手を付くウェラー。ユージの勝ちだ。ウェラーの心は完全に折れた。もうこれでウェラーはユージに歯向かう事はない。


ユージはマイクのスイッチを切り、サクラの元に行きウェラーの証言の録音を確認した。サクラは呆れ顔で「できたワイ」と答えた後「信じられんくらいのドSなやり取りだった。合法なのアレ……? ま、ユージのことだからギリギリ合法なんだろうケド、えげつない」と溜息をつく。サクラの言うとおり、手段としてはギリギリ合法だ。別の嘘はついていないし、暴力を振るったわけでもない。この手の強引な捜査力にかけては、ユージは間違いなく全米屈指の捜査官だ。長い潜入捜査官のときの経験で、どこを押さえるのか、どこまでの発言が通用するか、そのギリギリのところをよく熟知している。


 そんなサクラの嫌味など気にもせず……ユージの関心は次に移っていた。


 後はここからどうやって脱出するか、だ。


 ユージもそのことについてまるで考えていないわけではない。さっき煙草の煙で、僅かにだが室内の空気が動いていることを確認した。家が燃える焦げ臭い匂いも漂っている。


 一箇所は確実に分かっている。<狂犬>が侵入した通風孔だ。だがあそこは狭く、屋敷の爆発で途中が潰れているかもしれないし、その先がどうなっているか分からない。第一、今ここにいるのは負傷した者や体力の弱った少女たちだ。ユージとサクラの二人は脱出できるだろうが、他の者は無理だ。


 もう1つの可能性……別の入口があるのではないか……核シェルターとしての性質上考えた上でも、ここが秘密の乱交部屋として使われていたことを考えた上でもそれが存在する確率は高い。


 ここを使用した人間がウェラー親子だけではないだろうという事は、レイアウトを見たとき思っていた。独房はウェラー個人の寝室にもあったから、ここまでの部屋は本来必要ない。そしてこの地下部屋に増設された独房……こんな部屋は勿論市販品ではない。ただの檻なら分かるが、トイレや水道もある。これらはセットになったもので、おそらく刑務所用の独房をなんらかの方法で入手し取りつけたのだろう。トレーラーハウスのようなものだから、ちょっと知識があれば設置することはできるが、問題は大きさだ。正面の扉からはとても入らない。


 ウェラーに聞く手もある。しかしどうやら事の多くは執事のライアン=レスラーに任せていたようだし、折角ウェラーの上を取ったのに、下手に聞くことはできない。


「あったゾ! ユージ」


 サクラが右手を挙げユージを呼ぶ。すぐにユージはサクラの元に向かった。

 サクラは建設会社の建築依頼のデーターを勝手に引き出し、モニター上に表示させた。


「相変わらず……ほんっと、幸運持ちだな、ユージは。別の入口がなかったらどうするんダイ?」

「幸運じゃなくて経験からくる勘だ」

「どっちも似たようなものジャン」そういうとサクラはラックトップをユージのほうに向ける。

「階段の下が大きな収納になっている。で、鉄壁で塞がれているけどここが地下通路になっていて別館地下とも繋がっている」


 収納室と思われる場所は横3m高さ3mほどある。十分な大きさだ。地下室は掘ったのではなく、コンテナを連結させてそのまま埋めていき、最後は別館地下室に繋げた。


「別館の地下室は車庫だったみたい。ってコトで、ここに車両用エレベーターを取り付けた。施工業者が違うケド、間違いないと思う」

「別館はさっき吹っ飛んだが、大丈夫なのか?」

「それは外に出てないサクラちゃんは知らんケド……セキュリティー・カメラの映像の中に車庫があったから、そっちの爆発では無傷だったんじゃない? 今はもうワカラン」

「…………」

「どうすんの? 行くの~? 行かなくても消防が今こっち向かっているから上の炎は消防と拓ちんでなんとかなると思うけど? 酸素の心配はとりあえずなさそうだし」

「なんでそう言いきれる」

「閉じ込められた密室で貴重な酸素を使う煙草を吸うような馬鹿はいないダロ」

「あの時は一服したい気分だっただけだ」


 ポカッ……と軽くサクラを小突き、ユージは収納室に向かっていく。後ろからサクラが「虐待! ドSっ!!」と騒いだが無視する。


 ユージは防弾処置が施されたレザーコートを羽織り、ヴァトスを掴み階段下に移動した。

 壁に手を当て、じっと気配を探るユージ。

 気配を感じる。何者かが潜んでいるようだ。予想通りだ。最後の敵がこの壁の向う側の秘密通路でユージやウェラーたちが飛び出すのを待っているのだろう。地上で動いている拓から報告がない以上、それしか考えられない。ユージの腕ならば全員撃退することなど造作もない事だが、死ぬ気で飛び込まれたとき、危機回避能力の高いユージやサクラはともかく、動けないウェラーや少女たちが巻き込まれない保証はない。ウェラーをこちら側に引きこんだ以上、何が何でも守る責任がある。


 幸い秘密通路側では待ち伏せ作戦を取っている。すぐに襲ってくる気配はない。


 ユージはサクラのほうを振り向く。


「お前、爆薬は持っているか?」

「何故それをサクラちゃんに聞く? こう見えても善良な米国の一般市民だけど?」

「ボケんでいい。確認しただけだ」

「娘をどんな目で見ているんだユージは。今回は持ってない持ってない」

「じゃあこの部屋の電源を落とせ」

「ほいほい。そうなると当然ここは戦場になるワケだ?」

「そういう事だ。流れ弾に当たらないよう気をつけろよ」


 そういうとユージはホルスターからDE50を抜く。サクラは溜息をつきながらラックトップを叩き始める。


「娘を守るのは親の仕事でしょ? 15秒後、真っ暗になりまーす」

「気をつけろ、と言ったのはウェラーや<マリア>のほうだ。お前の心配はしていない」

「過剰労働だ……サクラちゃんは戦闘のプロじゃないんだゾ? 後10秒~」

「ちょっとハデなドンパチがある! 全員床に伏せて動くな」


 ユージが振り返りウェラーたちのほうに告げた。その言葉に、ウェラーや少女たちは小さい悲鳴を上げ床に伏せる。<狂犬>は、ゆっくりと立ち上がり身構えた。


「5秒~」と、サクラは宣言してからラックトップのENTER・キーを叩き、素早くラックトップを畳み、素早く壁際に向かって身を屈めながら駆けた。


 ユージは一度深呼吸し、DE50の安全装置を解除する。


 その直後……部屋の電気が落ちた。


 と同時に、ユージは隠し扉をヴァトスで切り裂く。扉が切り裂かれ、瞬く間に崩れ、扉は倒れる。その瞬間、秘密通路からの弱い光が室内に差し込む。


 数秒の間があった。足音やどよめきが暗闇に響く。そして、次の瞬間、猛烈なフルオートの閃光が、暗闇の中煌いた。




「黒い天使・災厄者 vol 37」でした。



尋問編でした。

なんか今回の話だけみるとユージがすごい悪人……というか悪知恵というか……ほとんど反則の尋問ですね。こういう知恵があるところがユージが<死神捜査官>としてやっていっている強みなわけです。脳筋では裏世界は生き残れない、ということで。


ということで見事に罠に嵌まり折れたウェラー。


そしてようやく急転直下の大ピンチです。

ここからが本作の本当のクライマックスになると思います。


これからも「黒い天使・災厄者」を宜しくお願いします。


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