「黒い天使・災厄者 vol 35」
「黒い天使・災厄者 vol 35」
レスラーとラテンスキーを追うユージと拓。
そこに予期せぬ屋敷の爆破。
この状況に二手に分かれ対応する。
そんなとき、サクラから警告が届く……。
広い屋敷だ。本邸の他小さいが別邸が2棟あり、庭を入れた邸宅の敷地は300㎡ほどの広さがある。
「丁度いい。下にウェラーとマリア、<狂犬>がいる。まずは運び出したい」
「実はNY支局に連絡をした。1時間もすれば皆が来てくれる。地元の保安官は買収されていたようだ。一人逮捕した」
「……ここは別荘地だからな」
金持ちや政治家たちの別荘ばかりがある地区だ。地域選出の保安官たちが抱きこまれていてもなんら不思議はないからユージも驚きはしない。一時間ということは、NY支局の仲間はヘリでこちらに向かっているのだろう。NY支局の仲間たちならばユージの作戦にも理解し協力してくれるだろう。
「ラテンスキーはいい。あの大男にはGPSを埋め込んである。問題はレスラーだ」
さすがに取り付けた盗聴器やカメラは外していたが、手当の際体内に小型GPSを埋め込まれた事は知らないだろう。ただし今はそれを探し出す人間がいない。
「ああ、成程。お前が余裕しているのはそういう事か」
「ライアン=レスラーは自分自身の保身を考えるとは思えない。ああいう奴はよくも悪くも真面目なタイプだ」
「小火は三階の寝室、二階の書斎、一階のメインリビング……全焼させるんじゃなくて証拠隠滅が目的だよ。さっき三階寝室を消してきたがメチャクチャになった」
「その部屋にマリアは居た。消化剤を使った後じゃ証拠とするのは難しいな」
ユージは溜息をついた。
小火で済んだことは幸いだが、その部屋からDNAが完全な形で採取できるか分からない。いや、採取しても裁判で使えない可能性が高い。
……このまま裁判に持ちこまれると不利か……。
普通の犯罪者ならどうということはない。だが相手は金持ちの上院議員だ。そのコネで大弁護士団が集められユージたちの捜査の違法性を突かれれば、決定的な証拠も採用されない可能性がある。
ユージは簡単に地下での事を説明し、「殺したほうが早かった」と溜息をついた。
その時、反射的にユージは拓の服を引っ張った。次の瞬間、正面に近い別邸が、大爆発を起こし、瞬く間に炎と煙に包まれる。
二人はすぐに玄関から飛び出し燃え上がる館を見た。一階部分が完全に破壊され、倒壊した二階部分が炎上していた。人の気配は感じない。
「さすがにアレは消火できないな」
と拓は呟く。しかしすぐに別の事が気になった。
「あの別館は無人だろ? どうして爆発させる必要がある?」
拓は知らなかったがユージは分かる。あの離れ屋敷はレスラーが最初にラテンスキーと面談した館だ。他にも関係する何かを隠していたのかもしれない。その事を教えると拓の顔色もその意味の重要さを理解した。
「証拠は完全に消す……か。しかしそれにしては派手だな。今のはダイナマイトじゃなくてC4だ。どこから手に入れたんだ?」
「そりゃラテンスキーからだろ? <狂犬>だってC4を持っていたんだ。それに地下の独房にだって証拠隠滅用の爆弾を仕掛けていた。素人のセッティングだったが」
「……そうだな」
拓は燃え上がる別館を見つめ同意する。今の爆発は館一つを吹き飛ばすには威力が大きすぎる。もっとも周囲に燃え移る建物はないので火災が本館に回ることはない。
「この本館にも当然仕掛けてあるだろうな」
「スイッチは執事のライアン=レスラー?」
「いや、持ち歩いているならとっくに使っているだろう」
そういうとユージは懐から携帯を取り出す。拓も懐から携帯を取り出した。
「そっちは任せる。俺は消防と支局長にかける。さすがにこれは報せないと拙い」
「俺が爆破したんじゃない、とコールに念を押しておいてくれよ」
そういうと二人は一度離れた。
ユージは再び地下室に、拓は一旦外に向かいながらそれぞれ電話をかける。ユージはサクラに、拓はコールに。
簡単に状況確認をしたあと、ユージはサクラにラックトップを起動させるよう言った。
相手はサクラだ。
「この別荘に爆弾が仕掛けられている。セキュリティーで確認しろ」
『さっき爆発したもんね~。ま、本館のほうにもあっておかしくはない』
カタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。
『うん。あるね。まぁ予想通りだけど。ちゃんとこっちでバグらせたから使えなくしたハズだけど』
「システムで出来ないなら、アナログで、だな」
『うーん……多分ね~。そのあたりサクラちゃん専門じゃないからワカラン。ユージのほうが専門だ』
「爆弾の場所は?」
『屋敷内に五箇所。一階と地下室の間に5つ、全部起動済み。ま、一階が消し飛べば屋敷全部が消し飛ぶだろうケド』
ユージは再び地下室に戻った。米国にはよくある地下室で部屋は仕切られておらず、中央にリビングセットがあり、他は物置になっている。ユージが射殺した私兵たちはそのままの場所にある。
爆弾がこの部屋のどこかに仕掛けられているのは間違いないが、短時間に探し出すのは無理だろう。
……ここで待ち構えていた。俺を襲うために……?
確かに待ち伏せるにはいいポイントだ。秘密部屋から射線が通らない場所も多い。しかしそれは敵が普通の相手の場合だ。ウェラーを助けに来たのであればあの配置にはならない。ただ単に個々の判断でユージを襲ったようには思えない。明らかに指示があった。誰が指示した? それは一人しかいない……ライアン=レスラーだ。
あの男の狙いは何だ?
ウェラーの奪還か?
いや、それはない。マフィアならともかく政治家だ。保安官や州警察刑事のスタンドプレイならば殺して、無かった事にすることもできるかもしれないが、相手は連邦捜査官だ。スタンドプレイ(実際は限りなくスタンドプレイに近いが)だとは考えないだろう。現場捜査官を殺したところで本部が乗り出してくる。逮捕を逃れることは出来ない。
ユージは秘密部屋の前で足を止めた。わずかに人の気配……そして嫌な予感を感じたからだ。
「…………」
『ユージよ~、悪い話がある』
「分かっている」
ユージは携帯電話をポケットに戻した。通話は切っていない。サクラとの通話はイヤホンに切り替えただけだ。ユージは空いた右手で静かに腰からDE44を掴む。
『今、爆破スイッチが押された。カウントダウン、20! 19!……』
「出てこい! ライアン=レスラー! 自分ごと吹き飛ぶぞ」
その時、地下室の一角で人の気配がした。僅かにユージは左奥を見た。
「自分の主人ごと自爆か?」
「これも全て、ウェラー家のためです」
『ユージ! 10を切った! システム制御じゃ止まらない!!』
「そういう事か」
ユージは呟く。
そして素早くDE44をホルスターに戻すと、秘密部屋に飛び込み、分厚い扉を閉めた。
正にその直後、地下室の四方から連鎖的に爆発が起きると、爆炎が広がり、全ての爆発が1つにまとまり、巨大な爆発が屋敷全体を包み込んだ。
「黒い天使・災厄者 vol 35」でした。
今回ちょっと短いかも。ストーリーの区切り的に仕方がなかったんですが。
ということで今度の問題はレスラーとラテンスキーになりました。
というか、ユージと拓がすごいだけで、ラテンスキーもそこそこ有能で狡賢い一流半の犯罪者です。
証拠隠滅がユージが一番怖いと思っている点ですね。ウェラーは犯罪者ですが殺してしまうとまずいし、いくら犯罪者でも皆殺しだと大目玉……なんてもんじゃないですね。
そしてこのいやーな逃亡が、最後まで事件をかき回します。
ということでまだ事件は続きます。
思ったより長くなりそうな……いや、書き終わっているんですけど……タイトルが40番台くらいで終わればいいですが。そこまで長くはない、あと少しなんですけどね。でもまだ最後のどんでん返しも残っています。
ということでもうしばらくお付き合い下さい。
これからも「黒い天使・災厄者」を宜しくお願いします。




