「黒い天使・災厄者 vol 34」
「黒い天使・災厄者 vol 34」
逮捕したウェラー議員。
だが開き直った議員は現行犯にもかかわらずしらを切り始める。
さらに現状、まだ決定的な物的証拠がなく考えていた以上の不利に頭を痛めるユージ。
そして、地上では敵の暗躍が続いていた。
屋敷に火が放たれたことは少し前ユージも匂いと音で勘付いていた。
まだ避難するほどではないし、最悪ハッキングしたセキュリティー・ソフトを使えば自動消火システムを動かすことが出来る。サクラもそう判断し、設定だけはしてきた。
「で、後は」
「2、いい話。拓ちんも屋敷内に来たってメールがあった。現在消火しながらラテンスキーたちを探している。消防や保安官事務所にはまだ連絡してない。階上のほうは拓ちんが上手くやると思う」
「悪い話は?」
「彼女……<マリア>は一応落ち着いて普通レベルにはなった。だけど自分が誰なのか、ここはどこなのか、何をされたかは分からない状態」
「お前の力でなんとかできるだろう」
「断る」
不機嫌な声で、サクラはハッキリと言った。
「何?」
「そりゃ記憶を取り戻させるくらいなんとかなると思うケド、断る」
サクラは珍しく鋭い眼でユージを睨みながらハッキリと言った。
確かにサクラの能力の中には人の記憶に影響を与える力がある。だが、彼女たちは過酷な仕打ちを受け、孤独で絶望的な世界の中を生き、その末自分で自分の心を壊した。自分の精神、心を守るために。それを知った時、サクラはそれ以上の記憶のサルベージを止めた。あの過酷で凄惨な記憶を抱いて今後過ごすのは拷問以外のナニモノでもない。
ユージの顔から余裕が消え、舌打ちする。普段のサクラなら降参するところだが、今回ばかりはサクラも譲らない。
「あのクズの豚が無罪になるぞ」
「知ったことじゃない。あたしには関係ない」
「…………」
ユージにもそのサクラの気持ちは分かる。同意したい気持ちもある。だがそれでは捜査官の立場として拙いのだ。
ウェラーを脅したが、ユージが握っているウェラーの有罪の証拠は皆グレーな捜査で得たモノばかりで、有能な弁護士団が捜査法による違法性を持ち出してくれば証拠として使えない可能性がある。一番強い証拠は被害者である彼女たちの証言だ。彼女たちにはウェラーの体液が付いている。17歳以下であれば重強姦罪で訴訟を起こせる。これが一番強い札だった。もし連れられたのが14歳以下ならば司法取引が無力化できる。だが肝心の被害者の少女たちが「自分が何歳で、いつ連れてこられたか」がハッキリしないと訴訟は出来ない。
ユージは他の二人の少女を見た。精神状態は全員似たようなものだ。しかも全員薬物が使われている。陪審員への信用度も低い上、裁判に耐えられるようには思えない。
……事件化できなければどうなるか……。
ユージは一度マリアを見、次に<狂犬>を一瞥した。
<狂犬>は死ぬ以外未来がないのは仕方が無い。
だがここにいるマリアや、他の少女たちはどうなるのか……児童保護局に連れて行かれる。人身売買で運ばれてきたのならば不法入国だ。元の国に強制送還されるだろう。誰も保護してくれたりはしない。再び彼女たちは薄汚い街に戻る……その末路は悲劇の色しかない。
同じように裏社会から救出し、更生させた人間がユージの身近にいる。セシルだ。彼女は親も兄弟も自分の名前さえも知らない天涯孤独。人身売買で売られ、裏社会が<殺し屋>に仕立てた。そしてある事件でユージと遭遇、ユージが彼女を救った。高度な音楽の才能に美貌、戦闘スキルに情報処理能力……それら多芸な才能があったため、彼女は昔の自分を抹消し<セシル=シュタイナー>という新しい自分を得て今活躍している。もっとも、天才少女音楽家というだけでは事情が許さなかった。ユージが取った手は、彼女をCIAの秘密工作員にして政府の権力に組み込ませ、政府側にも旨味をもたせた。そこまで配慮しなければ、裏社会の身元が定かでない未成年の少女を救済する事ができないのだ。さらに言えばサクラ自身も同じだ。サクラが生きていられるのはユージが親権者となったからで、ユージの政治的判断がなければ今こうして生活できてはいない。だが、マリアたちにはサクラやセシルのような特別なナニかがあるわけではない。
「撃ち殺せば早かったのに。現行犯でしょ?」
サクラは溜息をつきながら零した。サクラの言う事は極端だが、それが普段のユージのやり方だ。相手がマフィアやただの金持ちならユージもそうしたかもしれない。しかし腐っても上院議員相手にそんな事をすれば、議会やマスコミから凄まじい反応が起こる。ユージや上司であるコールは当然矢面に立たされ、面倒な事態になる。ウェラー知己の議員たちがFBIに圧力を加えてくるだろう。ユージはホワイトハウスや一部マスコミにならコネがあるが、議会全てにはない。
「……フッ……ふははははははっ!!」
突然大声で笑い出すウェラー。
「俺を誰だと思っている、捜査官。ジェームズ=ウェラー上院議員だぞ! ……君に発砲したのは、不法侵入者がいたからだ。そこの大男が大暴れして息子を殺した。だから反撃した。その直後で気が動転していたのでね! 君も不法侵入者だと思いこんでも仕方がなかろう!? どうだ、若造!!」
「それが通用すると本気で思っているのなら、能天気だな、ウェラー議員」
「黙っとれ、若造。偉ぶれるのは今のうちだけだ。弁護士が来たらその偉そうな口も利けなくなる」
「司法取引したいなら早く決めるんだな」
一旦ウェラーから離れる。
……さて……どうするか……。
階上でナニか気配を感じる。小火の気配や臭いもまだ続いている。ライアン=レスラーが暗躍しているのだろう。上は拓一人、拓は屋敷内のデーターを受け取っていないから、今は消火活動をメインに動かざるを得ない。火が回れば地下にいる自分たちは不利だし、ここは事件現場として綺麗に保存したい。本当は応援を呼び対応するところだが、息のかかったNY支局の仲間を呼び寄せるには時間がかかる。ここの保安官事務所や州警察を呼ぶのは危ない。
「サクラ。ちょっとの時間、ここを任せていいか」
「応援は呼ばないの?」
「階上が解決させんとまずいだろう。半殺しにしたボディーガードたちは全員復活した前提で動く」そういうとユージはバックアップのHK USPコンパクトをサクラに投げて渡した。
「もしウェラーが動いたりラテンスキーやレスラーが入ってきたら撃て。俺は上の様子を見てくる。運べそうなら少女たちをまずは車に運ぶ」
「<狂犬>はどーすんの?」
「あの怪我だ。それに拘束してある。動けんはずだ。それで彼女が何か思い出してくれたら言ってくれ」
「<狂犬>、大怪我しているケド治す?」
「いらん。ざっと見たが重傷だが死にはしない」そういうとユージはまた日本語で声を潜めた。「アイツに逃げられたり、勝手に動かれたらもっと厄介になる。そうならないようマリアはお前が保護して奴の手に渡すな。あいつが勝手に動くようならお前の力で昏倒させろ。そのくらいはやれるだろう」
「分かった、了解」
「あと二人の少女もな。毛布か上着か、何かやってくれ」
そういうとユージは上に上がっていく。
だが階段の途中で殺気に気付き足を止めた。人影は見えないが、何者かが階上で潜んでいる。数は三人か……ユージは二丁のDEを静かに抜き、安全装置を外した。
よく気配を探り、静かに階段を登りきった。視界には人の姿は見えない。秘密扉を開け、外に出た瞬間、目視するより早く扉の左側に隠れていたボディーガードを撃ち殺した。その瞬間、物置になっている地下室の物陰から、二人のボディーガードが姿を現した。それを二丁拳銃で同時に狙撃した。一人は頭を撃ち抜いたが一人は外した。前に飛び、飛んでくる銃撃を交わすと、起き上がると同時に一人に銃口を向けた。男は大きな棚の後ろに身を隠していたが、DEの50口径には棚など障害ではない。2発を棚ごしに向け放つ。50口径は堅い樫でできた棚をぶち破り、棚の後ろにいた男の胸と腹を撃ち抜いた。そして倒れたところを44マグナムのDEで頭を吹っ飛ばした。
DEの銃声は独特かつ大きい。拓にとってはよく聞き知った音だ。この銃声でユージの居場所を知っただろう。
……やはり俺が叩きのめした奴は全員復活したか……。
ユージが倒した数は6人。<狂犬>は知らないがユージは手加減して倒し、結束バンドで拘束してその場に置き捨ててきた。二、三人が復活すれば、全員起こすことは可能だろう。チーフのブラウンを除けば屋敷内で射殺した私兵の数は6人丁度。しかし襲ってきた男たちの中に初めてみる顔も混じっていたから、まだ残っている。
地下室から出たユージは、焦げ臭い匂いの中に、科学薬品の匂いが混じっている事に気が付いた。
すぐにリビングのほうから私兵が二人気付き駆け出した。ユージが素早く二人のほうに二丁のDEを向けたが、それより早く中庭からの銃撃で足を撃ち抜かれ、呻きながらその場に崩れる。
「あんまり射殺体を作るなよ。後で報告書が大変だぞ」と、中庭から拓が現れた。
「逮捕するには人が足りん」
そういうとユージは悶絶している二人に近寄り、当て身で気絶させた。
「三人は俺が片付けたよ。殺していないけど。これで5人だ」
拓は少なくなったベレッタのマガジンを新しい物に交換しながらユージに近寄る。拓の左手には小さな保温水筒サイズの消火器がある。すでに大きな火災は拓が消した。後三カ所ほど燃えているが、大火になるほどではない。
ただ、レスラーとラテンスキーの姿はまだ見つかっていない。
「黒い天使・災厄者 vol 34」でした。
前回もかいたし本編でも書きましたが、刑事ドラマではないので逮捕で終わりになりません。
告訴しないといけないし、告訴する以上裁判で勝てないといけません。
普通の容疑者なら「検事頑張れ」ですみますが、今回は上院議員で、逮捕までがグレーすぎます。さすがのユージもそれがあるから手詰まりなワケです。裁判に負ければ相手が相手なだけに首が飛びかねませんから。
そして消えたレスラーとラテンスキーはどこにいったのか?
拓ちんが駆けつけましたが、はたしてどうなるのか!?
あとしばらく!
これからも「黒い天使・災厄者」を宜しくお願いします。