「黒い天使・災厄者 vol 30」
「黒い天使・災厄者 vol 30」
ユージのことなど構わず戦闘を続けるウェラーと<狂犬>。
その隙をつき屋敷を制圧するユージ。
サクラのサポートを得ながらウェラーの私室に向かったユージは、ついにそこでもっとも重要なものを見つけた。
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どういう事だ……!?
レスラーには何がどうなったのかまるで状況が飲み込めない。
分かっているのは、突然現れたFBI捜査官に逮捕されたと言う事だ。
半死半生のラテンスキーが運ばれ、ブラウンが見たことのない黒服のアジア人を連れてきたときからレスラーの混乱は始まった。ブラウンが「軍時代の友人」と言ってつれてきた男が、まさかFBIのユージ=クロベだとは夢にも思っていなかった。
「屋敷内で銃声がしたのを聞いたので緊急処置を執った。そしてここに来た。そうすれば犯罪者が転がっている。どういう事か説明して欲しい」
他人事のようにフラリと現れたユージはそう言った後、レスラーが銃を所持しているのを見咎め、問答無用で「拳銃不法所持と殺人未遂教唆」と言うことでレスラーも拘束してしまった。
ユージは何丁もの拳銃を小さな袋に入れていて、それを床に投げ「邸宅の人間全員全員が拳銃不法所持というのはただ事じゃない。それに銃声も聞こえたしジェームズ=ウェラー上院議員に会って説明をもらいたい」と、レスラーを問い詰めた。レスラーはどう答えていいか分からず黙っていたが、味方のはずのボディーガード・チーフ、ニコラス=ブラウンが、ウェラーとジェームズ=ウェラー・ジュニアが今滞在している事と、彼の寝室、さらに地下室の居場所まで口外した事にレスラーはさらに当惑した。自分たちがこの男に売られたことに気付くのに数秒間必要だった。
その混乱の中だ。激しいフルオートの銃声が地下から聞こえた。最悪のタイミングだった。ユージは驚くでも緊張するでもなく自然に顔を上げた。
「情報ではウェラー議員の身に危険が迫っているとブラウン君から聞いた。俺は別件でこの町に来ているのだが、そちらと関係しているかもしれない。緊急事態と言うことで、強制捜査に移る。了解したか、ライアン=レスラー」
そう言うと、ユージは地下室に向かおうとしたが、そこにサクラからの通信が入った。
それを聞き、ユージは足を止めレスラーのほうを振り返った。
「ウェラー議員が今夜使っていた寝室に案内してもらおう」
「そんな事が出来るか! ここは私有地だ。当家では地下に私有の射撃場を持っている。それが答えだ。さぁ、ミスター・クロベ捜査官。これ以上の捜査は越権行為、弁護士が来るまで動かないでもらいます!」
レスラーは上院議員秘書だ。米国捜査機関は無法者には強いが権力者を捜査するのは色々手順があり厄介だ。法律に法らなければ黒でも白になる。しかしその事を知らないユージではない。とっておきはこの瞬間まで残してあった。
「ここに令状がある」
「!?」
そういうとユージは連邦検事のサインの入った二枚の令状を懐から取り出し示した。まさか令状があるとは思わず目を剥く。一枚はウェラー議員に対する立会い聴取令状、もう一枚は<狂犬>への逮捕捜索令状だ。これで法的にユージはウェラーに詰問を強制させることが出来る。勿論この時ウェラーが違法行動を行っていれば合法的に現行犯逮捕となる。
レスラーの顔色は蒼白となり、その場に崩れた。万事休す……もう全てが終わった事を無意識に認めた。今何が起きているかは、レスラー自身が一番よく分かっている。
「弁護士を立ち合わせたいなら早く手配しろ。もっとも弁護士が来るまで俺は待たないが。案内はいらない」
そう言って令状を懐に戻したユージはレスラーと気絶しているラテンスキーを手錠で繋げ、駆けた。ここまで悠々としていたのはサクラがセキュリティーを完全に掌握するまでだ。そしてそれが終わった。部屋の見取り図はもうデーターとしてユージの頭の中に入っている。
『全部の部屋のセキュリティー解除に成功♪ ふむふむ♪ 全電子式って一度乗っ取られちゃうとモロいンだよね~。で、一番強いセキュリティーが施されていたのが三階南側にある寝室らしき部屋と地下室だよん。で、どう考えても今地下でドンパチやっているのが<狂犬>とヘンタイ議員サンだと思うけど~』
「地下にはすぐ行ける」
別荘と思えないほど広大な屋敷だが、城ではない。駆けつけるのに時間は掛からない。
ユージの標的はウェラーだ。ここまでやる以上、ウェラーは勿論、他の関係者まで全て根こそぎ検挙する。寝室のセキュリティーが厳しいという事は、そこに何かあるという事だ。
20秒で、ユージはウェラーの寝室にたどり着いた。
ドアの鍵はすでにサクラが解除していた。
……今聞こえている銃声は9ミリ……まだ続いているということは<狂犬>が踏ん張っているな……。
銃声が止むまでは下は大丈夫なはずだ。そう考えながらユージはウェラーの寝室に入った。部屋はやや広い普通の寝室。シーツは乱れ、僅かに人の体臭が匂った。
目的の一つであるウェラーのラックトップはすぐに見つかった。ユージはラックトップの電源を入れ、素早く自分の携帯電話とコードを取り出し取り付ける。そしてサクラにデーターの転送を命じた。ユージの携帯電話は特製だしサクラのハッキングのスキルは高い。
『20秒で同期完了。データー転送終了まで2、3分で終わると思う』
「終わったら教えろ」
携帯電話をスピーカーにして、ユージはデスクを離れる。他に何か出てこないか周りを見渡す。
ヨーロッパ・クラシック調に整えられた部屋。ベッド、ミニバー、ウイスキーボトルラックと壁に埋め込まれた冷蔵庫、壁に埋め込まれた本棚……ドアが二つ。バスルームとクローゼットがある。
その時……ほんの僅かだったが……ユージは何かの気配に気付いた。人の気配だ。だが人の姿は見えない。ユージはヒップホルスターにあるDE44を抜き、素早くバスルームの扉を開けた。バスルームは冷えていたが中は湿気がたっぷり残っている。そしてバスルームは意外に広かった。ユージの疑問はすぐに確信に変わった。
……隠し部屋がある……!
クローゼットは鍵が掛かっていた。電子錠ではなく手動の物だ。鍵を探す時間はない。
ユージは叩いた感触で鍵の大きさを調べ、ショルダーホルスターからDE50AEを抜き、ロック部分と思う場所目掛け発砲した。弾は鍵を破壊し、砕けた鉛が火花となり四方に散る。隠し扉の鍵は壊れ、反動で扉はゆっくりと横に開いた。
思ったとおり、そこはクローゼットではなく鉄格子が嵌められた隠し部屋が現れた。隣の部屋とこの寝室との間、バスルームの広さを考えると、二畳ほどの隠し部屋がある事をユージは見抜いていた。
中は、小さな照明と小さなベッドがあった。そして、そのベッドで横たわっている一人の少女を見つけた。淡い赤茶の髪を見て一瞬ユージの呼吸が止まった。透けたキャミソールに下着だけを身につけた少女は14、15歳くらいに見える。
ユージはそっと少女の顔を覗き込む。その顔には見覚えがあった。<マリア>だ。
「大丈夫か?」
ユージも呼吸を取り戻し、いつものユージに戻った。少女は、反応した。生きている。
『おーい。任務完了だゾ~、どこだぁー?』
スピーカーにした携帯からサクラの暢気な日本語が聞こえ、ユージは振り向く。一瞬戸惑ったが、ユージは携帯を取りに走った。
「拓はまだか!?」
『は? ……ふむ、今向かって来ているところだ。後8分かかるゾ』
「そうか」そういうとユージは後ろを振り返った。少女はゆっくりと起き上がり、ぼんやりと周囲を見ている。
……こっちを先に見つけたのは幸か不幸か……。
ユージは右手にあったDE50AEをショルダーホルスターに戻し、愛用のDE44を左手から右手に持ち変える。
「<マリア>を見つけた」
『それは良かった。じゃあサクラちゃんもいい情報を上げよう。脳筋ユージが50口径なんかぶっ放すから、気ぃ失っていた私兵が3人ほど復活して今屋敷の中に入っていったゾ』
オートマチック最強の50AEの銃声は自動小銃並の轟音だ。
「そりゃ俺は殺していないからな」
ユージが闇に紛れ昏倒させたのが6人。プラスチックの拘束具で縛っただけだから甦る事はできるだろう。司法取引を約束したニコラス=ブラウンはどう出るか分からないが今やってくる警備たちは間違いなくユージや<狂犬>を排除しにかかるだろう。例えユージがFBIだと知ったとしても、だ。
「説明したら大人しくは……してくれんだろうな」
『安心しろユージ。皆、真っ直ぐ地下室に向かっているようだゾ。今無線傍受した。ここの御主人様が全員武器もって地下に集まれって怒鳴ってる』
「そっちのほうが問題だ!」
今も地下からの銃声は断続的に聞こえてくる。まだウェラーと<狂犬>の睨みあいは続いているようだ。だが人数が集まれば何が起こるか分からない。
「ここまでやっておいて、ウェラーを逮捕もできず死なせたら停職モノだ」
ユージがそうつぶやいた時だ。今度は銃声ではない、ドゴォンという爆発音が起こり、屋敷全体が揺れた。
「拓にすっ飛んで来いと言ってくれ。<マリア>を保護する必要がある。下の方はもう放置できん」
ウェラー側は勿論、<狂犬>に見つかるのも拙い。<マリア>がここにいるという事は、<狂犬>のいる地下の部屋のほうにはいないという事だ。そして今<狂犬>の前で立ちはだかっているのがウェラーだという事も予想がつく。銃声が続いているという事は<狂犬>が自重しているのだろう。それなら時間稼ぎになるしユージにとっても都合がいい。だが<狂犬>が<マリア>を見つけてしまったとき、奴の暴走を止められるものはなくなる。ユージとの約束など守るはずがない。
……一時的にここに<マリア>を置いておくしかないか……。
部屋はサクラにロックさせればいい。そう思いユージが踵を返した時だった。
「……ご主人……様……ですか?」
「!?」
突然発せられた少女の……<マリア>の声に、足を止めた。
ユージは振り返り、しばらく<マリア>を見つめてから、ゆっくりとDEをホルスターに収める。
<マリア>が、無邪気の中に空虚を含んだ微笑みを浮かべていた。彼女はユージが振り向いたのを見ると、恭しく頭を下げた。
「新しいご主人様ですか? どうぞ、私の事を可愛がってください。どのような命令も、どのような事も、お望みのままです……ご主人様」
「…………」
ユージの瞳に怒りの色がありありと浮かんでいく。
「ご主人様……どうぞ。私の事を、可愛がってください。どのような――」
「もういい。いいんだ」
声は愛らしい声だが、正気が感じられない。
ユージの右掌が、優しく少女……<マリア>の頬を撫でた。冷たい頬だ。体には殴られた跡も残っているし、全身に傷の跡が見えた。
ユージは彼女の目の前でパチパチと鳴らす。だがその音に全く反応せず、ユージの事を繰り返し「ご主人様」と同じ台詞を続けている。
本心でそう言っているのではない。もう、この少女には<現実>が存在していないのだ。完全に、精神が壊れ、ただの<人形>に成ってしまったのだ。
「サクラ。今すぐここに来い」
呟くようにユージは言った。声に激しい怒りと殺気が篭っていた。
サクラは短く『了解』と答えた。サクラもユージの声のどぎつさに驚き、なんとなく状況を理解した。サクラだってTPOは心得ている。『1分後、行く』と言って通信が切れた。
「黒い天使・災厄者 vol 30」でした。
<マリア>登場!
ついにマリア、いました!
そして……ユージも切れました。
……切れちゃいましたね……『絶対少女の味方(女性ではなく少女)」のユージ、ぶち切れデス。
<狂犬>より、よほど怒らせちゃいかん相手が切れました。あーあ、もう知ラネw
とはいえ、怒り心頭でもどこか一線狡猾で理性はあるユージなので、このまま大暴走することはないと思います。ただ、血は流れそうですネ。チンピラ悪党の人権なんか塵とも思わないやつです。そしてそれはサクラも拓ちんも重々知っているので、怒るユージをみて「あーあ」と溜息つくくらいですね。なんだかんだとこの二人はユージの沸点知ってるしなれちゃっているので。
ということで事件の捜査……というかユージの反撃はこれからです。
そしてマリアを知った<狂犬>はどういう行動をとるのか……。
色々案件もろもろ、まだ終わりません。
これからも「黒い天使・災厄者」を宜しくお願いします。




