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「黒い天使」短編集  作者: JOLちゃん
「黒い天使 中編 災厄者」シリーズ
46/206

「黒い天使・災厄者 vol 29」

「黒い天使・災厄者 vol 29」



ユージは屋敷内に入り、恫喝をもってボディーガードたちを圧していく。

こうしてユージの作戦に踊らされていくウェラーたち。


そして地下の秘密の部屋では、ついに<狂犬>が咆哮を上げた。


「ロシア人を確保しました」


 ボディーガード・チーフ、ニコラス=ブラウンは口元の血を拭い、口内に入り込んだ血を一度飲み込む。


「一度は不覚を取りました。部下も大分やられましたが、もう大丈夫です。ロシア人とその共犯者は確保しました。引き渡しますか?」


『引き渡す? どういう事だ。どうして通話がスピーカーになっている?』


「自分には協力者がいまして……」

『協力者? どういう事だ』

「実はこういう事もあろうかと、軍時代の仲間に連絡を取っておりました。信用できる男です。ロシア人の始末も警察への対応も終えたところです。ロドニー保安官補に連絡する必要もありません」

『独断でという点は問題だが、よくやった。捕まえたロシア人を連れてこられるか?』

「はい」

『では連れて来てくれ、ブラウン君。ただし、君の友人に来てもらっては困る』

「差し出た事ですが、今は抱えている問題を一気に処理する時です。友人はその道のプロの始末屋です。<人形>の始末を依頼してはどうでしょうか? ロシア人と違い足もつかず当局の目を逸らす事ができます。この期に全てロシア人に押し付ければ……」

『少し待て。考える』


 ブラウンは頷き、足元で気絶しているラテンスキーを一瞥した。返事が出るまで2分ほど間があった。


『……信用できる男か?』

「……保証します……」

『では連れて来てくれ。旦那様とジュニア様は私のほうで説明する』

 レスラーはそういうと電話を切った。



「命拾いしたな」



「……死神……! これでいいのだな……」

 ブラウンの携帯電話は、そのまま目前にいる男……ユージがそのままポケットに仕舞った。ユージは黙って頷き、愛用のDEをホルスターに収めた。


 全てはユージの作戦だった。


 ラテンスキーと<狂犬>に暴れさせ、混乱を作り出させる。サクラがセキュリティーを破壊し、無線と携帯電話を傍受して管理している。必ずウェラーかそれに近い重要人物が携帯電話を使う。それでウェラーたちの居場所を知ると同時にボディーガードを統括している人物が誰か判明する。すかさずユージが立ち入り令状で入り込み、その人物……ブラウンがラテンスキーを殺そうとする現場を押さえて逮捕し、司法取引で自陣に引きこむ。元々の作戦はラテンスキーが<マリア>までたどり着き、そこを押さえるのが第一作戦だが、今行っている第二作戦は、ラテンスキーが疑われ攻撃された時、その逆境を利用してユージが潜入する。ブラウンは半分裏社会に足を突っ込んでいる人間だ。ユージ=クロベというチートな裏社会の<死神捜査官>のことは知っていたし、その影響力がいかに強大か知っている。何せ表側は米国政府、裏には数多くのマフィアやギャング組織が付いている。ジェームズ=ウェラーとは比べ物にならない。


「ラテンスキーを担いでさっさと案内しろ。いいか、少女たちのところまで案内しなければ取引はなしだ。裏切ったら終身刑か、その場で俺に撃たれる。それを忘れるな」


「……分かっている」


 ブラウンにとって完全に予想外だったのは、ユージが秘密倶楽部やウェラーが少女を囲い放蕩の限りを尽くしている事を知っていた事だ。……ユージは状況証拠から考えて鎌をかけ恫喝したので知っていたわけではないが……。


 100キロを越えるラテンスキーを一人では運べない。とはいえユージは手を貸さない。仕方なくブラウンは電話でバリー=バトスンを呼び、二人でラテンスキーの足を掴み引き摺っていった。その最後尾をユージが続いていく。歩きながら、ユージは耳に挿したイヤホンのボタンに触れ、状況を監督しているサクラに日本語で現状確認を行った。ウェラーの私兵はもうブラウンとバリトン、この二人しかいない。後はユージと<狂犬>が沈黙させた。ウェラーの位置、レスラーの位置は携帯電話の発信とラテンスキーからの映像で分かっている。


 しかし、肝心の<狂犬>の正確な位置は分からない。敷地内で4人倒したところまではサクラが確認したが、その後<狂犬>は通信機を握りつぶしてしまった。屋敷のセキュリティー・カメラで追おうにも今はサクラが大部分のカメラを無力化させてしまった後だ。見た目に似合わず、アレツクスが注意していた通りユージやサクラが考えているより<狂犬>の知能は高いようだ。ユージたちの言いなりにはならない、という<狂犬>の意思表示だ。


「生き残っているカメラにそのうち映るだろう。問題ない」


 証拠用に屋敷内のリビングやメインとなる廊下のセキュリティー・カメラは壊さずハッキングしてサクラが管理している。


 どうせ行き着く先は<人形>のところだ。<狂犬>が約束を破り勝手な行動を起こした時は奴を逮捕すればいい。なんとでも対処できる。






 リビングにレスラーを残し、ウェラーは地下室に向かっていた。普段は物置として使っているが、そこには防音処理を施され、4つも鍵の付いた秘密の小部屋があり、政治家として重要な資料や書類、株券などが収まっている。その部屋の壁がさらに秘密の扉となっており、さらに地下室に繋がる階段がある。普段は頑丈に閉じられている扉だが、今日は扉が開いていた。


 ウェラーがたどり着いた時、下から何者かが階段を上がってくる音が聞こえ、やがて長髪で小太りの、パンツ一枚、片手にビール瓶を握った半裸姿の20代後半の男が現れた。


「どうしたよ、パパ。パーティーに参加するかい?」

「……ジュニア!」


 現れたジェームズ=ウェラー・ジュニアからは、生臭い汗と体臭、それにアルコールとコカインの匂いが混じり、凄まじく酷い臭いを纏っていた。体もベタベタだ。


「なんだよ。安心しろよ、パパ。朝までヤらねぇー。俺は大丈夫だが、これ以上やっちまうとオヤジの大事なお人形が壊れちまう。俺ぁ……ヘヘヘッ、激しいからナァ」

「さっさとシャワーを浴びて来い」

 そう言ったウェラーの表情には不愉快感がありありと浮かんでいた。だがアルコールとコカインで悦楽の只中にあるジュニアには父親の不機嫌の理由などさっぱり分からず、ヘタヘタと笑いながらビールを旨そうに啜った。若いとはいえだらしがない……普段ならそう叱り飛ばすところだが、今日はそんな気にもならない。


「乱痴気騒ぎもいい加減にしろ。それでも上院議員の息子か」


 ウェラーはそう言いながら階段を下っていく。ジュニアはビールを飲みながら、ウェラーの後に続いた。


「別荘に、秘密のハーレム作っているパパに言われたくないねぇ」

「…………」

「遊ぶといってもお前と違い、私は高貴な趣味として嗜むのだ。それに、政治的な意味もある」

「ガキばっかのハーレムが、か? へへっ……アハハハハッ」

「お前にはまだ早かったな」

「そういうなよ、パパ。俺だって普通の女が好きさ。胸が大きくて尻の大きい豊満な大人の女がサ」

「口を慎め」


 ウェラーは10mほど階段を降りた。そこでようやく地下室にたどり着いた。


 元々は核シェルターとして発注した部屋で頑丈な扉と壁で出来ている。だが中は改造され、30㎡ほどの広い部屋があった。


 部屋は、とても核シェルターとして利用されているとは思えない……異常な作りになっていた。


 入った瞬間……通気性が悪いだけに、よりアルコールとコカインと、人の汗、体液、そして血の臭いが充満していた。


 部屋の中心に巨大な円のベッドがある。部屋の奥は小さなプールかと思うほど大きなジャグジー付きバスタブがある。さらにその奥にトイレもあった。クローゼット部屋もあるが、そこが異様で、吊るされていた服は中世のドレスからSM用のビンテージ服、露出の大きい服、ほとんど透けて見えるシースルーに下着。さらに軍服や学生服、さらに修道着など、コスプレの服ばかりだ。そして至る所に拘束具やSMの道具が散乱している。



 ここは、ウェラー専用の特別なハーレム部屋だ。



 ベッドの上にも切り裂かれたドレスのようなものと、割れた瓶。血痕、ちぎれたロープが転がっていた。


 そして、ここには3人の少女と、1人の少年が飼われている。部屋の南側には、刑務所の独房のような扉が5つ並んでいた。


「遊んだ<人形>はどうした?」

「ちゃんと箱に戻したよパパ。ああ、声をかけても返事できる状態じゃないかもねぇ。ガキのほうは結構ヤバいヨ~、ちょっと殴りすぎたかも」

「何!? 殺したのか」

「いい声で泣くから、ついね」

「馬鹿モン! お前って奴は何を考えている! 殺したのか!?」

「死んでねぇーって。ちゃんとヤクは打った。今頃よく眠っているよ。そんな顔することねぇーじゃん、パパ。パパもそうやって何人もガキを使い捨てにしてきたんじゃん? レスラーから聞いたぜ。パパがどんな娘が好みで、どれだけハデに遊んでいるか……そしてどれだけ壊して捨ててきたかって……アハハハハッ」

「今その話はするな! いいか」


 コカインのせいか、アルコールのせいか……それとも太古の暴虐王の如く絶対的支配の悦楽の遊びを覚えたせいか、ジュニアは完全に酔いまともではなかった。ウェラーもその遊びの楽しさに酔いしれ浸る事もあるが、ここまで酩酊することはない。頭の片隅ではちゃんと理性が残っている。


「遊びも当分なしだ。サツが動いているようだ。ここは閉鎖し、<人形>共は一旦処分することにした」


 実際問題を起こしているのはロシア系マフィアの連中とで警察ではなかったが、ウェラーはあえて頭の悪いジュニアに現状を理解させるため、警察を持ち出した。だがジュニアはまるで理解していない。


「パパは上院議員じゃないか。ポリスだって手は出せないって。なんなら俺が圧力かけたっていい。アハハハッ、あいつらの天敵は何か知っているかいパパ? 法律さ!」


 ジュニアは笑いながら床に置いてある新しいビール瓶を掴み、それをラッパ飲みしながら冷えたジャグジーに飛び込んだ。ジュニアは出身のデラウェア州とニューヨーク州の弁護士資格を持っている、駆け出しだがれっきとした弁護士なのだ。


 その言葉を聞き、これまで冷静さを保ってきたウェラーも耐え切れず一喝した。確かにジュニアは二州の弁護士資格を取っているが、それを取らせるためどれだけ裏金を使った結果か本人はまるで理解していないようだ。


「弁護士なら弁護士らしく、ロシア人たちを黙らせるいい手を考えてから物を言え馬鹿者。とにかく今ある<人形>は全部処分だ。いいな」


 その声が聞こえたのか……独房のほうで僅かに人の気配がした。だがそれでも構わない。<人形>に人格などない。


 だがその直後、何かが壊れる大きな金属音が響き、大きくなっていく。この音は尋常ではない。


「ほら見ろ、パパ。パパが始末するっていうから<人形>たちが精一杯の抗議をしてるヨ」

「馬鹿者! 黙ってろ!」


 何かが迫っている。だがそれがどこからかは分からない。天井から聞こえるようだが、この地下の秘密部屋は元々核シェルターだ。密封性は高く、入口は一箇所しかない。


 その時、独房の一つで大きな音が聞こえた。何かが激しく壊れる音だ。


「ハハハッ。<人形>の奴、相当怒ってるな~。でもこりゃやりすぎだね」


 ザブッ……と一度顔を湯に沈めてから風呂から上がったジュニアは、顔の水を手で切りながら、SM器具が置いてある場所に歩いていくと、硬質ラバー製の鞭を手に取った。


「俺の調教技でもよく見て参考にしてくれよパパ。お仕置きってのは、こうやるんだ」


 鞭を握り締め、笑いながら音のした独房に向かって歩いていくジュニア。ウェラーは悪い予感を感じ制止するが聞かない。音は、今は止んでいる。


「ホラ見ろ。ガキが暴れただけサ!! お仕置きの時間だ!! 分かっているんだろうなぁー!! あーっ!?」


 ジュニアが鞭を握り独房のドアノブに手をかけた時だ。


 僅かな隙間から独房の中を覗き込んだジュニアのニヤけた表情が固まった。怯える小さな<人形>ではなく、巨大な肉の壁が見えた。困惑したジュニアが一瞬覗き穴から身体を話した時、扉が強力な力で吹っ飛んだ。


「ジュニアっ!?」


 吹っ飛んだ扉がまともに正面に受けたジュニアは数メートル後ろまで転がる。30キロはある鉄の扉は、まるで木の葉のように転がり反対側の壁にぶつかり、さらに跳ねた。


 それは、出てきた。


 ウェラーは、信じられないものが現れた事に言葉を失い愕然となる。


「……見つけた……悪党……奴」



 そこに現れたのは、両腕をだらりと下げた上半身裸の<狂犬>であった。



 <狂犬>は、小さい独房から這い出るように外に出た。<狂犬>は小さなエアダクトを伝って侵入したのだ。途中あるフィルターや格子などは強引に蹴破り破壊してきた。<狂犬>にはそれだけのパワーがある。両肩の関節を外し、時には足の関節も外す事で本来巨体を持つ<狂犬>が、狭く小さいダクトを通る事ができた。数日前ロックを襲撃した時天井まで忍び込んだのもこの方法だ。両肩を剥がし腹筋と足で這うように進む。身体に油を塗ればそれで進む事が出来るのだ。下手に普通の人間がエアダクトを這うより音がしない。


 壁に肩をぶつけて両肩の関節を嵌める。凄まじい痛みに唸る<狂犬>。その様子は唸っているというより咆哮するようだ。


 両肩の関節がしっかり嵌ったのを確認すると、<狂犬>は自分が出てきた独房を見た。中には14、15歳の小柄な少年がボロボロの姿で固い小さなベッドの上で、混乱と怯えで震えていた。<狂犬>は、他の独房を一瞥する。独房は後4つ……この中のどこかに<マリア>はいるはずだ。



「……<マリア>……」



 ついに会えるのか……という感慨と、どんな目に遭わされたかという怒りが入り混じり、<狂犬>の表情はなんともいえない、正に鬼のような形相が浮かんでいた。だが、その表情は次第に凄まじい怒りの形相に変わっていく。


「な……なんだ貴様はっ!!」


 ようやくウェラーは目の前に不貞で不審な侵入者が現れた事実に気付いた。内心、人とは思えぬパワーと恐ろしいほどの巨体を持つ外見、低く重く大きい声を持つ<狂犬>に恐怖を感じ、身の危険を十分感じていたが、政治家としての変な意地と見栄がウェラーの脳内から「逃げる」という選択肢を第二候補に変えさせていた。自分はホワイトハウスにも影響を与える事が出来るほどの上院議員だ!

 大概の事は許される! 


 ウェラーはすぐに入口に向かって駆けた。


 逃げるためではない。


 この秘密部屋を出てすぐの小部屋にロッカーがある。その中にある拳銃やショットガン、SMGを取るためだ。幸い<狂犬>は独房の方に関心があってウェラーの行動は二の次になっている。独房は構造上中から蹴破る事は出来るが、外から引き剥がす事は難しい上、強引に蹴破れば中の人間を殺傷してしまう。<狂犬>にはそれができない。


 ウェラーは凄まじい殺意と怒りをもってロッカーの電子鍵を開け、小型SMGと拳銃に手を伸ばした。<狂犬>はまだ独房周辺で<マリア>を探している。だが見つかるはずがない。あの凶暴な大男が探す娘はここにはいないのだから!


 <狂犬>がここにマリアがいない事を確信したのと、ウェラーが凄まじい殺気を持って銃を握って戻ってきたのは、ほぼ同時だった。



「<マリア>は! どこだぁぁっ!!」



 <狂犬>が凄まじい大声で怒号する。その怒号は、猛烈な銃声と重なった。



「黒い天使・災厄者 vol 29」でした。


色々事件急展開です。


ユージの作戦、ドツボに嵌まるウェラーたち。

しかしまだ肝心のマリアは見つかっていません。

そして吠える<狂犬>。

<狂犬>にとってユージの作戦など二の次、この男がどう出るかがこれからの問題です。ユージにとっても不安要素も<狂犬>なので。


ということで現在誰が最初にマリアを見つけるかが重要になってきました。


まだちょっと続きます。

これからも「黒い天使・災厄者」を宜しくお願いします。


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