「黒い天使・災厄者 vol 28」
「黒い天使・災厄者 vol 28」
ウェラー上院議員の邸宅に緒ずれるラテンスキー。
しかし議員側は話にのったのではなく懐疑的で、頭から信用していなかった。
ついに彼らの銃口がラテンスキーに向く。
が、それもージの計算の内だった。
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ジョームズ=ウェラーはリビングで室内着の上に毛皮のガウンを羽織り、ビーフ・ジャキーを齧りながら静かにウイスキーを傾けている。
彼に長年使える執事兼秘書ライフン=レスラーからラテンスキーが話した内容を聞いた時、本来の用件が秘密倶楽部でも少女の事でもなく政治交渉が本題である、と理解した。お互い背徳な趣味を共有しているが、それは人生のほんの些細な余興であって、人生をかけているの本業は政治家だ。
政治家としても、秘密倶楽部の一員としても、今があまり好ましくない状況下にあることはウェラーも熟知している。
NYで事件が起きていて、それは秘密倶楽部に関わる事であるという。そのためFBIや警察が動いているらしい。抱き込んでいるこの土地の保安官補から、ついさっきNY支局のFBI捜査官が町にやってきた、という報告をメールで受けた。タイミングが気になったが、逆に考えればこのタイミングだからこそバルガスは動いたのかもしれない。木を隠すなら森の中、小火を山火事で隠し秘密の政治同盟を結んでしまう。何もない時期にそういう動きをすれば返ってFBIの警戒網に引っ掛るかもしれない。裏世界では、大規模の取引を小規模の紛争や事件で誤魔化す事があると聞いたことがある。今回もその一つなのだろう……ウェラーはそう考えた。
だが果たして、今度やってきた男は信用に足る相手か?
ロシアン・マフィアの件といいタイミングといい、ちょっと出来過ぎているのではないか?
「…………」
……さて、どうするか……。
ウェラーはグラスに残ったウイスキーを飲み干した時、彼に長年使えているライアン=レスラーがラテンスキーを連れ、部屋のドアを叩いた。ウェラーは慌てる様子もなく、短く「入れ」と答えつつ、ウイスキーのボトルを取りグラスに注ぐ。
最初に飛び込んだ傷だらけのラテンスキーの風貌にウェラーは驚いた。が、僅かに表情に出しただけで言葉は出さない。
「今、NYでは<狂犬>と呼ばれる悪党が暴れているそうです。この男の傷はそれだそうです」
ウェラーは興味なさ気に無言で静かにウイスキーを傾けている。その間にレスラーがこれまでの経緯と事情を簡潔にまとめ口上し、それにラテンスキーが時々答える。一通り説明が終わり、ラテンスキーが自身の要求を告げようとした。初めてウェラーが口を開いた。
「バルガス議員は警察にやられたかね」
突然出たその言葉に虚を突かれ唖然となるラテンスキー。レスラーの顔にも戸惑いが浮かんでいた。ウェラーはその重大すぎる発言に慌てる様子はなくウイスキーを傾けている。そして大きなビーフジャーキーに齧り付き、音を立て喰らい、最後にナプキンで口元と手を拭った。
「そうだろう?」
「そ……そんなこたぁない。バルガス上院議員がパクられたっていうんなら、オレはサツの手下って事になるじゃねぇーか!」
「どうだレスラー。私はそう考えているのだが」
「ではどうしてこの男を本館に入れたのですか、旦那様」
「どこまでサツが知っているか、直接聞くためだよ。サツなど、どうにでもなるが問題はどこまで知られたかということだ」
そういうとウェラーはソファーの奥からサイレンサーをつけた9ミリの小型オートマチックを取り出した。「話が違う!」とラテンスキーは助けを求めるかのようにレスラーを見たが、レスラーは黙って一歩下がり銃を抜いた。
「サツは関係ねぇよ!! バルガスの使いだ! アンタ、ロシアン・マフィアに喧嘩売るつもりか!? オレに手を出せばそりゃあ宣戦布告になるぜ!?」
「誤解なら誤解でもいい。お前程度のチンピラの穴埋めはいくらでもできる」
ラテンスキーも特殊訓練を受け何度か修羅場を潜った裏社会の人間だ。しかしそのラテンスキーは恐怖を覚えるより困惑を強く感じていた。淡々と告げるウェラーの言葉は重厚で迫力はあるのだが殺気が薄いのだ。本気でこの男は殺そうとしているのか? フェイクだ、とも思える。もしくは逆に政治家のようなホワイトカラーの頂点にいて、内心ではブルーカラーや貧困層の人間を軽蔑し人を人とも思っていない、少女たちを<人形>と呼び人間だとは思っていないような人間にとってラテンスキーは人ではない……だから殺すといっても人を殺す罪悪感など毛頭ないのかもしれない。普通の人間が棄てるぬいぐるみをちぎるほどの罪悪感がこの男たちの本気……だとしたら殺気がなくても平然と人を撃つだろう。下手に裏社会に精通しているだけにラテンスキーはウェラーの真意を測りかねた。真意が読めなければ言葉も出せない。
この状況はマイクを通じてユージも聞いている。だがユージは「フェイクだ。心配せず誘導しろ」と言っている。ラテンスキーもその可能性が高いとは思うのだが、賭けるのは他の誰でもない、ラテンスキーの命だ。
ラテンスキーにとってはどう転んでもいい状況ではない。口を割ればすぐにユージか<狂犬>が乗り込んできてラテンスキーを殺すだろう。かといってこのままではまずウェラーたちに殺されそうだ。ラテンスキーは必死にレスラーにいった話をもう一度早口で叫んだ。
「ウラジミールの怖さがまるで分かっていないな、アンタたちは! オレはアンタのために来たンじゃねぇ! バルガス議員やウラジミールの仕事で来たんだ! こんな物騒な応対受ける謂れはねぇーんだ!」
ラテンスキーは本気でそう叫んだ。……実際はわが身がどうなるか不安で仕方が無かったが、それを口に出すような男ではない。ラテンスキーもそれなりに修羅場を潜り抜けてきた男だ。下手に出るより強気に打って出るほうが、活路が見出せるということを知っている。裏社会でよくある話だ。どうせこいつらは軽く脅してみてボロが出ないか見ているに過ぎない……そのはずだ。
銃口が向けられていることを承知した上で、ラテンスキーは「付き合いきれん」と一笑し、雨で湿り重くなったレザージャケットを羽織り直し、我関せずとばかりに踵を返した。
「待て。分かった、ラテンスキー君。落ち着きなさい」
レスラーが溜息交じりにそう告げた。ラテンスキーはその瞬間、生と死を賭けた心理ゲームに勝った事を実感した。レスラーは銃口を下げ、素早くウェラーに駆け寄り、彼の耳元で何かを囁く。ウェラーも頷き、手にしていたサイレンサー付小型拳銃をレスラーに渡した。
ウェラーとレスラーとの二人だけの会話は少し長かった。
「バルガス議員は直接ウェラー様と話をしたいのでしたな。携帯電話を貸してもらえるね」
「いいとも。好きなだけ政治の話でもヘンタイ遊びの話でもすればいい」
「…………」
得意気に携帯電話を操作し、それをレスラーに手渡す。レスラーからウェラーへ携帯電話は渡された。
「秘密話だろ? 何ならオレは席をはずすぜ」
「いや。そこで待っていていい」とウェラー。口調は至って普通だ。
だが、これが事態の急変の前兆だとは、二流半程度のラテンスキーには気付かなかった。
その直後、耳の裏に取り付けられたマイクからユージの声が届く。簡潔な命令だった。
『喋りすぎだ逃げろ阿呆。殺す気だ』
「……なっ……?」
「逃げろ」という命令が、ラテンスキーはすぐには理解できなかった。今、この部屋には殺気はもちろん不穏な雰囲気にあるようには思えない。逃げれば全て台無しになり、本格的に撃たれるではないか。だがこの手の修羅場にかけてはこの世界でユージの右に出る人間はいない。
次の瞬間、ウェラーが携帯電話をその場で叩き潰したかと思うと、隣のレスラーがサイレンサー付の拳銃をラテンスキーに向けていた。
「!?」
「お前は喋りすぎで胡散臭い」……などと、本当のプロは口にしたりはしない。ウェラーとレスラーがラテンスキーを胡散臭いと感じた理由の一つはそれだった。
レスラーは黙って引き金を引いた。が、訓練を受けていたからだろう。銃口を見たラテンスキーの体は考えるより先に動いた。
「!?」
初弾3発。放たれた弾丸はラテンスキーの腕、足を掠め鮮血が散った。口径は小さく軽傷だ。ラテンスキーの巨体は空を舞い、転がりながら出口に向かって駆け出した。
「レスラー!」
殺せ! とウェラーは命じる。ただし討手のレスラーは執事として優秀でも殺し屋ではない。残り7発、逃げるラテンスキーの背に向けてはなったが、当たったのは肩に一発だけだった。ラテンスキーは転倒しつつも、近くのガラス窓を蹴破り中庭へと逃げ出した。
屋敷は広い。だがラテンスキーは転々と形跡を残している。血の跡を辿れば見つけることは造作も無いだろう。
レスラーは焦ることなく、すぐにポケットから小型無線機を取り出し屋敷内にいるボディーガードたちにラテンスキーの始末を命じた。彼らは民間軍事会社で訓練を受け正規のライセンスを持っている民間のプロだが、当然非合法の仕事もやってきた男たちだ。手負いのチンピラ一人難なく始末するだけの腕と経験を持っている。周囲は別荘ばかりで銃声を聞き通報するような人間は住んでいないし、この地の保安官補は抱きこんでいる。どうせ逃げられるような事はない……全て想定内だった。
だが、それはあくまでウェラーたちの勝手な想定に過ぎない。
無線の返答が誰からも返って来ず沈黙が続いた。二度、三度と沈黙が続いた時、初めてレスラーの表情に焦りが浮かんだ。レラスーは無言で部屋の壁にある警報機のボタンを叩く。が、警報機は沈黙したままだ。
「どうした!?」
ついにウェラーも異常に気付き立ち上がる。
「警備と連絡がつきません」
レスラーは急ぎ携帯電話を取り、さっきまで自分と一緒にラテンスキーを迎えたボディーガード・チーフ……今は玄関前で待機しているはずの……の男に電話をかけた。だがこのボディーガード・チーフの携帯も繋がらない。
「バストンを呼び出せ! どうなっている!」
バリー=バストンという名のボディーガードは屋敷内担当のオペレーター係で、屋敷内外全ての監視カメラをチェックしている男だ。バリー=バストンと連絡は取れたが、つい今しがた全ての監視カメラに異常が発生し、監視モニターが全て死んでしまったというのだ。その報告にはさすがのレスラーも顔色を変え、声を荒げて事態の説明を求めた。しかし大声を出されても、突然セキュリティー機能全てがシャットダウンするなどバストンもこんなことは初めてで何が起きたのか理解できていなかった。だがこれがラテンスキーと関係している事は明白だ。
……あのロシア人には仲間がいたのか……!?
「あのロシア男を連れて来いレスラー! 殺さずにだ! 話はそれからだ」
「セキュリティーはハッキングされた可能性があります。バストンにもロシア人を追わせましょう」
「ああ! そうしろ! お前も早くロシア人を追え!」
黙って頷くレスラー。その時だ。一発の銃声と、同時に若い男の奇声が二人の耳に届いた。銃声は何が起こったか分からないが、奇声のほうは何か分かる。五月蝿い馬鹿息子がいたことを今、思い出した。そして少々厄介な状況だと気付いた。
「ジュニアはまだ遊びをやめておらんのか!」と舌打ちするウェラー。
レスラーの関心は今鳴った銃声についてだ。方向は屋敷の北西の方角からのようだった。ラテンスキーの逃走した南方向とは違う……。
「あのロシア人の話では、バルガス氏は<人形>を欲しています。どこまで本気か分からない話で信じてはいませんが、<人形>を欲している者がいるのは事実かもしれません。もしロシア人が何者かに依頼もしくは脅迫されていたとすれば、逃げるのではなく力づくで<人形>を奪っていくかもしれません」
そう早口で告げ、レスラーは懐から9ミリ拳銃を取り出した。
その時だ。レスラーの携帯電話が鳴った。レスラーは黙って歩き出すのをやめ懐から携帯電話を取り出す。モニターにはボディーガード・チーフの名前が表示されていた。
『電話報告ですみません。今、お探しのロシア人を確保しました』
「…………」
「黒い天使・災厄者 vol 28」でした。
まあ、世の中馬鹿ではない……という話ですかね。
もっともそれもユージの計算内でした。
このあたり、悪人には何してもいいというユージのえげつなさが滲み出てます。ラテンスキーは本当に餌なんですね。食いつけば後は別に……という……これでいいのかFBIw
どうやらユージたちも侵入したようですし、これからどうなるのか!?
はたしてマリアは見つかるのか!? <狂犬>はどんな行動に出るのか!?
ということで事件も本格、本番!
これからも「黒い天使・災厄者」を宜しくお願いします。




