「黒い天使・災厄者 vol 26」
「黒い天使・災厄者 vol 26」
ウェラー上院議員にターゲットとするユージたち。
第一弾は成功した。
次は館に潜入する作戦を打ち合わせるユージたち。
<狂犬>は一応、ユージたちに協力的だが……。
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インディアン・リバーレイクは避暑と冬を楽しむための高原にある別荘地だ。別荘客のための店や別荘管理を生業にしている住民が一部住んでいるが、基本人気が少ない町だ。別荘も山や湖近くは密集しておらず、森の中に転々と豪奢な別荘が建っている。警察は小さな保安官事務所で、常勤の保安官補は二人だ。彼らは定時に町をパトロールするだけで別荘の持ち主や別荘での出来事に関心は持っていない。ただし、多くの別荘所有者は金持ちで、セキュリティーのため監視カメラは沢山あった。
ユージ所有の二台の車は、ジェームズ=ウェラーの別荘から2マイル離れた森の中で停車していた。ここは監視カメラやセキュリティー・カメラもない場所で、過去にラテンスキーが<棺桶>を引き渡したのもこの場所だった。
「よし、ラテンスキー第一関門突破だ。後は指示通りやればいい」
「俺はそれで無罪放免になるんだろうな」
「結果を出せばな。司法取引してやる。結果次第で大分軽くしてやろう」
拓がラテンスキーの服や体に盗聴器と小型カメラをセットしていた。FBIの最新機器で、非常に小型で高性能だ。盗聴器は腕時計、ベルト、シャツの三箇所、カメラはサングラスと顔の腫れに貼ったガーゼの中に仕込んだ。どれも市販の金属探知機では引っ掛らない。サクラがユージのラックトップでその調整をしていた。
「ジェームズ=ウェラーが<マリア>を握っているという証言を引き出せ。ついでにアラン=バルガスの話を引き出せば、お前の罪が全部見逃してもらえるかもしれない」
「アラン=バルガスが少女趣味のヘンタイっていう話はアンタらの作り話だろ」
ラテンスキーの言葉に、ユージは一瞥しただけで答えない。
ウェラーの知人というだけでアラン=バルガス議員を選んだのではない。実はバルガス議員もマック捜査官の報告書に名前が挙がっていた。バルガス議員のほうが容疑者として高い候補にあり、FBI本部では内偵対象になっていた。この際両方立件できれば、コールの機嫌も多少はよくなるだろう。
「余計なことは知らないほうがいい。お前の仕事はジェームズ=ウェラーの別荘にいるボディーガードの配置を見ること、話を合わせて<マリア>を確認する事だ。無駄口には気をつけて巧くやれ。後、銃撃戦になったら余計なことはせず頭を下げてその場で伏せていろ。勝手に銃を取ったり触ったりもするな。裏切れば俺がお前を殺す」
ラテンスキーは不満顔だが、黙ってユージの指示に従った。
ユージは拓を見た。「分かっている」とばかりに拓は頷き、ユージから鍵を受け取り、マスタングに乗った。ラテンスキーも同乗する。ウェラー邸近くでラテンスキーを降ろした後、拓は町の保安官事務所に行く。これもユージが考えた小細工の一つだ。
まず、拓がここの保安官事務所に立ち寄る。「<狂犬>がこっちにきたという話を聞いてやってきた」と顔だけは出し、探りを入れる。ウェラーたちの圧力がこの地の保安官助手たちと繋がっているかどうかは半々だ。繋がっていれば、保安官助手はすぐにウェラーに忠告するだろう。できれば忠告してウェラーが警戒してくれることが望ましい。もちろん同時のタイミングで現れたラテンスキーは怪しまれるだろうが、それも計算の内だ。繋がっていなければいないで一応地方保安官事務所への義理立てになる。
「で……自分の娘をヘンタイ釣る餌にした鬼畜な親、ユージよ~。サクラちゃんはいつ潜入するんじゃい?」
サクラは厭味たっぷりに毒吐く。今、サクラの髪は金髪、瞳はスカイブルー、囮用に変身した姿だ。変装ではなくサクラの特殊能力の一つで、サクラは基本紅色髪の紅い瞳だが、色は自在に変えられる。
ユージは残るキーパーソンである<狂犬>のほうに振り返る。<狂犬>は車の前に無言で座り込んでいる。両手はまだ鎖を拘束されたままだ。
ユージは<狂犬>の黙ってヴァトスで<狂犬>の両手両腕を雁字搦めにしていた鎖を一刀で破壊した。音を立ててチェーンは木っ端微塵に砕けたが、不思議な事に<狂犬>の腕は無傷だった。
「俺とお前で別荘に忍び込む。まずはボディーガードを黙らせ、電話線とセキュリティーを破壊する。くれぐれも言っておくが、誰も殺すな」
<狂犬>も囮だ。ラテンスキーはいわば最初の寄せ餌、<狂犬>は魚を釣り上げるための擬似餌だ。<狂犬>の乱暴を止めるという名目でユージと拓は別荘に入り、そこで偶然知ったという流れで<マリア>を保護、ウェラーを逮捕する……自分で犯罪者を送り込み自分で検挙する……かぎりなく黒に近いグレーな囮捜査だ。
コールは検事を説得させて令状は出た。ただし立ち入り令状で捜査令状でも逮捕令状でもない。
ユージたちは別荘に立ち入り、ウェラーと話をする事は認められたが、この令状ではウェラーが何を話すかは任意でそれ以上は踏み込めない。
ウェラーが弁護士に連絡する、という考えが起きない状況に陥れ、かつ現行犯逮捕できる状況にならなければならない。相手はそこいらの犯罪者ではなく上院議員だ。確かな証拠と確かな事件がなければ逮捕したところで、裁判でひっくり返される。だからユージは、<狂犬>で事件を起こさせるのだ。
<狂犬>は黙ってユージの説明を聞いている。沈黙は了承と受け取った。
「出来れば1、2発撃たれろ。そうすればお前の反撃にも正当性が出るし、俺が踏み込む口実にもなる。だがこれだけは忘れるな。ボディーガードは勿論、ジェームズ=ウェラーも殺すな。例えお前にとって逆鱗にふれるような惨状があったとしても、だ」
「<マリア>になにかあれば……保証できない」
「誰も殺すな」
そう念を押すとユージはバッグの中から未登録の38口径リボルバーを取り出し、弾を抜いて一発だけ装填した。
その銃を<狂犬>が受け取ろうと手を伸ばす。が、ユージは制した。
「デトリス刑事と爆弾の場所を言え」
「<マリア>を保護したら、教える」
それが最初の約束だ。まずは刑事、そして保護後に爆弾。
「途中でお前が死んだら聞きだせん」
「俺を、殺す気だろう」
「これは取引じゃなくて命令だ。教えなければ、今からでもお前を連れてNYに戻る。連れて帰るのは死体でも構わない」
「…………」
「お前の一番の目的は何だ? <マリア>を救う事だろう? その作戦を俺たちがすぐに行うか、ゆっくり正攻法で行うかしかない。本当はデトリス刑事と爆弾、双方確認が取れて初めて対等の取引になる。だが俺はお前に尽力している。お前は俺に誠意と信頼感を提供しなければならない」
そういうとユージは懐から携帯を取った。まだボタンは触っていない。
数秒間……<狂犬>は鋭い眼で睨んでいたが、小さく頷いた。
「刑事は……ブルックリンの墓場だ。橋からそう遠くない、住宅地の中の古い墓地だ。すでに掘ってあった墓穴に棺桶に入れて土をかけた。白い塔がある墓地だ」
ユージはボタンを押した。相手はエダで、エダはその報告を聞くため自宅で待機している。エダにはサクラより強い第六感があるし、NYの地理にもNYPDにも精通している。ブルックリン大橋が見える場所で、すでに掘ってある墓場は限られているはずだ。
ユージは自分の予想もいれ、その内容をエダに伝えた。そしてコールに連絡する事、NYPDに伝える事。その手順を説明していた。その間にも<狂犬>は爆弾の場所を喋っている。爆弾は地下鉄に仕掛けられ、時限式で明日正午に爆発するようにセットしていた。<狂犬>はアメリカ人でもNY市民でもないから、ややこしい駅名は覚えていなかった。できるだけ細かく話を聞き、時にユージのほうで質問し、場所を推理する。そう難しい事ではない。
「Aラインのセントラルパーク南からダウンタウンに向かって3駅くらいの場所……多分42stから34stの間だ。柱の陰に圧力鍋に入れて放置してあるそうだ。……見つけたらメールで報せてくれ」
ユージは携帯電話を仕舞った。NYの駅の多くは色と番号で表記されるし、いくら外国人の<狂犬>も脅迫をかけるため仕掛けた爆弾だ。場所を間違えることはないだろう。
「今のが嘘だったら、即その場で殺すからな」
「信用しろ」
「それはお互い、だ。何があっても俺の指示に従うと誓え」
「信用しろ」
ユージは鋭い眼で<狂犬>を見つめる。二人は数秒睨み合った。そしてユージは一発だけ弾の入った38口径リボルバーを差し出した。
「ボディーガードを倒しても、銃は奪うな。お前に与えるのはこの一発だけだ。銃撃戦になったら俺が駆けつけ処理する。お前の経歴なら、そのくらい可能なはずだ」
無表情のまま<狂犬>は銃をズボンに突っ込むと、黙ってユージに背を向け車に乗り込んだ。
ユージは立ち上がりサクラの元に行った。サクラはラテンスキーのバックアップをしながら、ウェラー邸のセキュリティーを弄っている。
「お前、もう元に戻っていいぞ」
「ほーい」暢気な調子でサクラは答えると、一瞬で髪と瞳がいつもの紅色に戻った。
「なんだ……サクラちゃんも潜入するかと思ったのに」
「お前を潜入させたなんて報告書に書けんだろう。それに俺たちをアナリストとしてバックアップを人間がいないと困るしエダからの連絡もある。<狂犬>が嘘をついているかもしれない」
「あたしも会話聞いてたケド、嘘はついてなかったゾ。……それよりサ」
サクラは一度<狂犬>を見て、日本語で呟く。
「あのオッチャン、自分がどうなるか知ってんの?」
「理解しているだろう」
「司法取引は、ない……」
サクラの言葉に、若干同情が篭っていた。サクラの正義感からいえば、<狂犬>が殺したのは悪人たちで、不幸な少女を救おうと必死なナイトだ。だが、仮に愛しい<マリア>をユージたちが奪還したとしても、<狂犬>まで自由になれるわけではない。それは法律が許さない。
「欧州で十数人殺し、NYでも何人も殺し刑事を誘拐し爆破テロも計画していた。あいつは死ぬしか道は残っていない」
アメリカには司法取引がある。だがこれだけのことをした<狂犬>に対し司法取引が成立するとは思えない。ウェラー議員やバルガス議員立件に貢献し、素直に自首しても、誘拐と大量殺人の容疑者だ。死刑判決が出るだろう。ユージとの取引はあくまで個人間の取引だ。さらに……ありえない話だが、仮に法律が死刑を取り消したとしても、裏社会が<狂犬>を許さない。証言と引き換えに減刑されても刑務所送りは変わらない。そして刑務所に送られたが最後、マフィアが一ヶ月も経たないうちに暗殺者を差し向け殺すだろう。こればかりはユージでも止められない。
「……ユージも似た者なのにね」
サクラの呟きに、ユージは答えなかった。
確かに共通点は多い。ユージだって家族や仲間が同じ目に遭えば、同じように報復する。もし法が壁になるようなら、その法を無視してでも行動するだろう。身内を守るため殺した人間の数でいえば、ユージのほうがはるかに多い。
唯一の違いは、ユージは表世界に地位があり、強力なコネがある。その能力を認め、惜しむ上司や同僚がいる。元々抹殺処分対象だったサクラを養女にして表の世界にいられるようにしたのもユージの政治力があってのことだ。サクラはその点を思うと<狂犬>に同情を覚えずにはいられない。それはユージも分かっている。だが<狂犬>に関してはどうにもならないのが現実だ。その事を<狂犬>自身が受け入れている以上、ユージたちが下手に同情心を寄せることは無意味で、かつ彼の自尊心を傷つけるだけだ。
「<マリア>を保護し、守る。それだけだ。……サクラ。同情するのはいい。だがお前の仕事は俺たちのサポート、それができないならJOLJUと代われ。作戦は失敗できん」
「……娘にも容赦ないなぁユージ。分かった分かった。ここまで付き合ったんだし、結末が気になるからね~ 今回はちゃんとサポート役に徹するよ」
サクラはそういうと溜息をついた。その溜息で、サクラの中で<狂犬>への同情心は消えた。世の中がいかに理不尽で正義など存在しないことは、サクラもよく知っている。
ユージは<狂犬>とサクラに車に乗るよう命じた。
「黒い天使・災厄者 vol 26」でした。
ついに作戦が始まります。
かなり強引な捜査です。普通ならこんな捜査は許可されません。ユージだからやれるわけです。バレたら大目玉ですが。
そして問答無用でサクラですら囮にするユージ! まぁ、このあたりは……ついてきたからには働け、という事ですねw
今のところ、<狂犬>は従順です。この時、どうなるかはわかりませんが。
ということでこれからが囮捜査と強引捜査突入です。
どうなるのか、そして<狂犬>やサクラはどうしていくのか……サクラだって黙って利用されるだけではないので……今後の展開をお楽しみ下さい。
これからも「黒い天使・災厄者」を宜しくお願いします。




