「黒い天使・災厄者 vol 24」
「黒い天使・災厄者 vol 24」
深夜。ユージはNY・FBI支局長コールに電話をかける。
それは重要人物に対する令状の要求だった。
その対象を聞いたコールは思わず言葉を呑む。
相手は上院議員だった。
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ウエストブルックリンにある閑静な住宅地。時間は午後11時を過ぎ、家々の明かりもまばらになっている。
FBI・NY支局長コール=スタントンの家がそこにあった。
妻とやや遅めの夕食を摂り終えたコールは、書斎でクラシックを聞きながら寝る前のワインを傾けていた。普段はバーボンを飲むが、今は事件が起きているから深酒は避けた。コールとしては、NYPDが無事デトリス刑事を保護し、ユージが<狂犬>を確保した……という報告が聞ければ、心ゆくまで寝酒を楽しめるのだが…………。
そしてグラスに注がれたワインを飲み干そうという時、携帯電話が鳴った。発信者を見る。ユージからの電話だった。コールは支局室にいるときと変わらず、無表情でしばし考え、5コール目で携帯電話を取った。
「なんだクロベ」
深夜の電話だが、それに苛立つようなコールではない。FBIという普通ではない職業に就いて30年近いキャリアがある。
『実は今、ニューヨークステート・スルーウェイを移動中です』
「市内じゃないのか。何で北に向かっているのだ?」
『<マリア>保護のためです。<マリア>本人はまだ見つかっていませんが有力な情報を得ました。夜分すみませんが、検事から令状を取ってほしい』
「いつになく真面目じゃないか。令状なしで引っ張って無理やり逮捕するのがクロベだろ」
『相手が上院議員だと話は別です。報告書はメールで送りました』
「なんだって!?」
コールの心地よい酔いは、一瞬で冷めた。そして、すぐに自分のラックトップを持ち出し起動させ、FBI本部の自分のメインPCと同調作業に入る。
「容疑者の名前は?」
『ジェームズ=ウェラー上院議員です。デラウェア州の議員で、インディアン・リバーレイクに別荘を持っています。そして半月前から今も滞在している事は確認しました』
ジェームズ=ウェラーという名前を聞いて、コールの表情が険しくなり数秒沈黙した。
実はマック捜査官から提出された性犯罪者リストに、ジェームズ=ウェラーの名前はあった。しかしマックの評価では、ウェラーは<候補C>で、怪しい経歴は海外で10代の少女を買春の過去がある事。ジャパニーズコミックの愛好し、米国内では若いコールガールとの関係をもった事がある。この3点だけで、裏社会との接点はない。だからマックも重要容疑者候補のリストには、レベルCの中に載せた。コールも名前があることには気付いていたが重要度が低く見ていたのでユージには伝えなかった。
PCが同調を終えた。すぐにメールボックスを開き、ユージからのメール報告を確認する。そこにはマリアが運ばれた経緯、<狂犬>が渡米してきた経緯、ラテンスキーの一件などの報告と共に、ユージたちがラテンスキーや<狂犬>から聞いた情報が書き込まれていた。
ラテンスキーが<棺桶>を引き渡した男は、ジェームズ=ウェラーの個人秘書……ライアン=レスラーで、このレスラーの銀行記録に<マダム>の経営していた会社があった。レスラーがジェームズ=ウェラーと結びついたのは、上院委員会での活動をアピールする広告映像内で、ウェラー議員の傍に立ち緊密に会話するレスラーの姿を確認し、そこからユージたちは調べウェラー議員の個人秘書を長くやっている事を確認し、ウェラー議員を容疑者もしくは関係者だと判断した。
『ジェームズ=ウェラー議員はこの一ヶ月NYで東海岸上院委員意見交換会に週2回出席するが、NYのホテルには泊まらず片道3時間かけてインデイアンリバーレイクの別荘から通っています。夫人はデラウェアに残したまま、NYには秘書と二人です。女好きの噂がある金持ちのウェラー議員が別荘地でメイドも雇っていません。彼ら男連中だけで自分の身の回りを世話ができるとは思えません』
「成程、推理としては成立している。この短時間でよくそこまで調べた」
ユージも拓も優秀な捜査官だが、この短時間にここまで調べ上げるには専門の情報分析官が必要なはずだが……時々ユージはFBIの専門情報官より速い対応をすることがある。このあたりはコールも時々不思議に思うところだ。こういう場合、ユージの情報分析官は実はサクラだったりJOLJUだったりするが、その事は完全に秘密にしている。
「話は分かった。だが状況証拠だ。相手はチンピラじゃない、これで逮捕令状は取れんぞ」
ただの政治家ではない。有名な上院議員で、ニューヨーク州だけでなく彼が所属するデラウェア州の検事にも話を通す必要がある。このユージの報告が事実であっても、物証がない現段階で司法検事が令状を出すとは考えられない。もし踏み込んで何もなければ本件はマスコミにバレて大騒ぎになるだろう。
『立ち入り令状で構いません。もしくは保護令状でもいい。<マリア>を所有している、と<狂犬>が知れば命を狙われるのは確実です。もうこの情報は<狂犬>も知っている。保護命令でも構いません』
ユージの狙いは、要は別件逮捕で、本逮捕に漕ぎ付ける捜査方法だ。この手法自体は常道的なやり方で、荒っぽいが大物からチンピラ相手まで広く使う捜査法だ。ただし強引すぎれば逮捕はできても裁判で認められず容疑者を獲り損なう危険もある。
「それより<狂犬>を先に確保はできんのか」
『その努力はしています。だが確実なのはウェラー議員に接触することです。<マリア>がいてもいなくても狙われている事実は変わらない』
「……わかった」
ユージの言い分はもっともだ。何より問題なのは、ユージがここまで言い切っている以上、あの男は令状がなくても深夜であろうともウェラー議員に接近し、詰め寄るだろう。コールにはそうなることが分かりすぎるほど分かった。その後始末に奔走するよりは、寝ている検事を叩き起こし説得するほうがよほどマシだ。
コールはユージに捜査続行を命じ、電話を切った。そして、すぐにガウンを脱ぎ書斎を出た。ユージは相手が誰であろうと容赦しない男だ。明確な犯罪だと判断すれば相手が大統領であっても平然とホワイトハウスにも乗り込むだろう。ユージの無茶をなんとか筋を通らせるようにするのが、彼を部下として使う上司の仕事だ。
「黒い天使・災厄者 vol 24」でした。
ユージが珍しく令状を求めましたw
まぁ相手は上院議員ですしね。米国はそのあたり政治家の検挙は日本より忖度があって大変かも……。逮捕が大変だし告訴も大変だし。米国はかなり優秀な弁護士団がいます。捜査手段が違法だったら、真っ黒な犯罪者も無罪になるのが米国の恐ろしさです。令状をとるというのは最低限のルールです。
ということでユージたちの目的がこれで分かりました。
さて、これからどうやって捜査をするか……そこはユージの腕です。
ま、強引な捜査な事は間違いないですね。ユージだし。
ということはNY市を出て、地方に!
ついに捜査も核心に近づいていきます。
ユージ無双……いやいや、強引な捜査をお楽しみ下さい。
まだしばらく続きます。
これからも「黒い天使・災厄者」を宜しくお願いします。