「黒い天使・災厄者 vol 23」
「黒い天使・災厄者 vol 23」
<狂犬>と対峙するユージ。
<狂犬>が告げる様々な条件。そしてテロの予告。
予想していなかったテロの予告に舌打ちするユージ。
結局、ユージは<狂犬>の案を呑まざるをえなかった……。
<狂犬>は周囲を警戒する様子はなく、ゆっくりとした歩調で真っ直ぐキャンピングカーに向かって来ている。5分もしないうちに辿り着くだろう。
ベッドの上で座るラテンスキーは顔面蒼白だ。<マリア>の件がバレても、ユージたちと協力した事がバレても、どちらにせよ<狂犬>はラテンスキーを殺すだろう。彼の強さはラテンスキーもよく理解している。
ユージたち三人は、ラテンスキーのPCに映し出された監視カメラの映像を睨んでいる。
「ユージVS<狂犬>、第二ラウンド開幕カイ? バトル録画して売ったら儲かるかなー」
「そう単純だといいんだけどな」そう言ったのは拓だ。
今、<狂犬>はNYPDの刑事を人質にしている。そして刑事の居場所をまだNYPDは見つけられていない。そして<狂犬>は素直に逮捕されて喋る人間ではない。そもそも無傷で逮捕できるような相手でもない。
殺すことなら、ユージは出来る。<狂犬>対策用の装備もしてきたし、今は拓もいる。二人がかりでかかれば殺すことは可能だ。だが事情は少し変わった。ユージの脳裏には、哀れな<マリア>の事がある。人身売買によって売られたと知った以上、彼女の事も助けたい。
「何故バレたのかな?」と拓。
「あの<狂犬>にとってこのNYは馴染みのある場所じゃない。旧友を頼ってきたか」そういうとユージは静かにラテンスキーのほうを振り向く。「真相知って、問い詰めに来たか、だな。今日はお前にとっては最悪の日だ」
「で、どうする? 応援を呼ぶか?」
全NYPDが躍起になっている相手だ。一報を入れればSWATを引き連れ飛んでくるだろう。勿論<狂犬>が投降するはずがないから戦争のような大銃撃戦が起き、双方死者が沢山生まれるだろう。結局ユージが出て行くしか方法がない。
問題は、交渉するか殺すかだ。
「サクラ。重傷でも死んでなければ、お前の透視でデトリス刑事の監禁場所は分かるな」
「脳にダメージいっちゃったら確実とはいえないよ?」
サクラにはサイコメトラーの能力も読心術もある。ただし、脳波が著しく乱れていれば完全に読み解くことは出来ない事もある。<狂犬>は、高い総合格闘技や人殺しのスキルを持ち、正に鋼鉄の肉体を持ち、その強度は鍛えられたユージの拳ですら逆に折れるほどだ。ボディーへの攻撃で戦闘不能にすることは不可能だ。ユージですら頭部狙いで殺す気でなければ取り押さえる事もできないだろう。
数秒間……ユージは目を閉じた。
そして、目を開けたとき、ユージは黙ってサクラが持ってきた武器の入ったバックの中からヴァトスを掴んだ。
「俺が撃たれたら、あいつを撃ち殺せ。あと、ラテンスキーを隠せ」
そう言うとユージはキャンピングカーのドアを失った出入り口から外に飛び出した。
交渉か、殺すか……まだユージの中で決めかねていた。だが思案する時間はない。もう<狂犬>は50mのところまで迫っていた。
ユージが現れたとき、明らかに<狂犬>は驚きの表情を浮かべ、歩みを止め、しばらく突っ立っていた。彼にとっても予想外だったのだろう。
ユージは、ゆっくりと近づいていった。外に出るまで気付かなかったが、外は小雨が降っていた。ユージは8mまで近づいたとき立ち止まった。
そして、二人は対峙した。二人共、今のところ殺気はない。
「気遇だな」
「…………」
「ここに来たのは俺だけだ。警戒しなくていい」
「警戒など、していない」
<狂犬>はゆっくりと周りを見渡した。拓とサクラは完璧に気配を消している。
「<マリア>を……保護、したか」
「デトリス刑事は生きているか?」
「生きている。今は……な。人間は丈夫だ。24時間縛られていても死ぬ事はない。酸素さえあれば」
「生き埋めにしたのか。それとも水中か?」
「<マリア>を探せ。お前が見つけて保護しろ、クロベ。保護したら、俺は捕まる。刑事も助かる。市民も助かる」
「市民?」
「<アジンナッツァッチ>から聞いていないのか? ヤツからプラスチック爆弾2キロ、買った。……この街は人が多い。そして、交通も、よく発達している。一度の爆発でも、大勢が死ぬ」
ユージは一瞬、後ろのキャンピングカーを睨んだ。だがすぐに視線を<狂犬>に戻した。
「知らんだろうから教えてやるが、米国はテロリストと交渉はしない。脅迫には屈しない」
その言葉を聞いた<狂犬>は、不敵にニヤリと笑みを浮かべた。
「脅迫じゃない。俺は、お前に協力を求めるだけ。俺は、もうお前とは闘わないぞクロベ」
そう言うと<狂犬>はベルトに差し込んでいた45オートを取ると、無造作に地面に投げた。
「<マリア>を探し出せ、クロベ。俺は、好きにしていい。だがお前以外の人間とは交渉しない。全力、抵抗する。その結果どうなるか、それはお前のせいになる」
「…………」
ユージは舌打ちした。
拷問やラテンスキーにしたような脅迫が通じる相手ではない。FBIに連れて行っても人道的な取調べしか出来ない。NYPDに引き渡せば、この<狂犬>は暴れると言うし、<狂犬>が謀殺される可能性がある。そんな事になればデトリス刑事は死に、市内のどこかで爆発事件が起き、一般市民が犠牲になる。
どうやら<狂犬>は、ユージが只の捜査官ではない事を知ったようだ。戦闘力はもちろん、その行動パターンや思考法も。普通ならば犯罪者がユージを利用しようだなんて考えないだろう。だが捨て身の<狂犬>は、むしろ利用する方法を選んだ。
「災厄者め……」
ユージは溜息をついた。
<狂犬>の提案に乗る以外の選択肢が、どう考えても見出す事ができなかった。
「黒い天使・災厄者 vol 23」でした。
中々賢い<狂犬>サンでした。
ユージが少女に弱いという弱点を見事に逆手にとられちゃってます。
そして絶妙な<狂犬>の心理取引です。これが功績一番の捜査官ならこうはいかないトコですね。
今回で分かったと思いますが<狂犬>は完全に捨て身です。このオッサンは生きて幸せになることなんか念頭にありません。それでいて結構頭が回ります。だからこそ裏社会で生き抜いてきたわけですから。
思わぬ苦境に立たされたユージです。
もう<マリア>を救出する以外事件の解決はありません。
このまさかの共闘が、どうなっていくのか……これからの展開をお楽しみ下さい。
これからも「黒い天使・災厄者」を宜しくお願いします。




