「黒い天使・災厄者 vol 17」
「黒い天使・災厄者 vol 17」
なんと<狂犬>が誘拐事件を起こした。
刑事を誘拐されたNYPDはいきり立ち、一刻の猶予もない状況になった。
ユージに与えられた時間は24時間。
だが同時に<マリア>の情報が、初めて与えられたが……
『クロベ捜査官に告ぐ。<マリア>を24時間以内に保護しろ。でなければ、この刑事を殺す』
僅か20秒の映像。そこに映っていたのは<狂犬>と、両手両足に目口をダクトテープで封じられた、椅子に座らされた市警察風紀課刑事サミュエル=デトリスの姿があった。
コールが説明するまでもなく、ユージも拓も深刻な事態を理解した。こういう事が起こるなど予想外だ。
「今から30分前。少年ギャングの下っ端が100ドルの駄賃でこの映像と一枚の写真をNYPD14分署に持ってきた。身内を誘拐された市警察は今も怒り狂っているが、クロベを名指ししているし誘拐はFBIの管轄だと言って本件はこちらで引取ってきた」
コールの口調はいつもより荒い。NYPDを納得させるのによほど苦労したのだろう。
「今現在この事件を知っているのは市警察。FBIでは私とお前たち、そして本部だけだ。報道規制も行っている。お前たちは24時間勤務にシフトに変更だ。何でデトリス刑事が人質になったか分かるか? クロベ、ナカムラ」
「私服刑事になって2年の若手刑事です。彼が恨みを買っていたとは思えません。俺と一緒だったところを見られたのだと思います」と拓。
「俺は先日、あの怪物と闘ったとき名乗りましたからね。俺の事は少し調べれば分かる事です」とユージ。二人の意見にコールは頷く。その線で間違いないだろう。
「ワシントン本部のアレックス=ファーレル部長とマック=ドリトン捜査官、本部の科学捜査部も協力してくれることになった。30分後テレビ会議を行う。言うまでもないが、市警察はもちろんNYのあらゆる法執行機関が協力を約束してくれている。だが24時間という時間制限がついた」
そういうとコールは一枚の画像を二人に手渡した。
そこに写っていたのは白人の少女だ。白いゴシック調のドレスを着た色白で髪の長いほっそりとした少女が映っている。背景も古風な欧州風の室内だ。年齢は14~18歳くらいではっきりと断定はできない。
「これが動画と一緒に渡された<マリア>の写真だ」
「ようやく有力な手掛りと喜びたいところですが、画質が荒いですね」
「それは仕方ない。原本はポラロイドカメラで取られた写真でそれは拡大写真だ」
「いまどき何でポラロイドなんだ?」
と溜息をつくユージ。
「NYPDは今頃これをもって駆け回っているところですか」
ユージの問いにコールは無言で頷く。
警察は身内が巻き込まれる事を何より憤る。警察組織は他の組織とは比べ物にならないほど連帯感が強い。FBIに主導権が渡ったとしても彼らが独断で捜索活動を行うことは確認するまでもない。約束違反だが、止められる物ではない。
「あまり市警察にかき乱されたくはないんですが」
「分かっている。しかし身内を誘拐されたのだ、止められん」
刑事がそこらじゅうに捜索を始めれば、<マリア>を所持している人間が身の危険を感じ<マリア>を始末しかねない。その危険性はもちろんNYPD側も分かっているだろうが、彼らは感情的になっている。FBI側が自制を求めても、人海戦術による捜索の優位性を主張しやめないだろう。結論として止められないなら、無駄な軋轢を作らないほうがFBIとNYPDの今後のためにもいい。
コールはユージと拓に30分後のテレビ会議の用意を命じ、解散した。
支局長室を出たユージと拓の前に、好奇心に瞳を輝かせたサクラが立っていた。
「面白くなってきたねぇ~♪ <24>突入か! ホレホレ、サクラちゃんにも件の<マリア>を見せてみい」
「…………」
自分自身に火の粉がかからない事件は、サクラにとって絶好の遊びであり楽しみだ。
実はさっきの支局長室に、サクラは入っていた。<非認識化>を最高にしていたのでコールは気付かなかった。むろん、ユージと拓は気付いていたから、こうなる事は分かっていた。拓が自分の分の写真をサクラに手渡した。そして自分たちのデスクに戻っていく。
「……かわいいじゃん。アレックスのアホめ、何が『容姿は標準かそれ以下、もしくは問題あり』だ! 外してンじゃん」
歩きながらサクラはにんまりと笑う。
サクラとアレックスは面識があるが、サクラはアレックスを毛嫌いしている。
「それ以外は大体合っているよ」と拓はフォローする。
「テレビ会議には来るなよ。アレックスに見つかると面倒だからな。お前は家に帰れ」
サクラの<非認識化>は実際姿を消せるわけではない。カメラやモニター越しだと無力だ。こっそり同席していても気付かれる。
「ここまできてヤダ!」
「俺たちの飯を取って来い。エダが弁当作ってくれるはずだ。それに奴は俺を名指ししてきた。エダが危険になる可能性が出てきた」
「ふむ……それは確かに一理ある。オナカは空いてきたし」
ユージの言う事は分かる。
<狂犬>がユージの名前を出した以上、24時間経ってもユージたちが<マリア>を見つけられなかった時、次に狙われる可能性がもっとも高いのはエダだ。『エダに手を出す事は許されない』という裏社会の暗黙の掟など<狂犬>は意にも介さないだろう。
サクラはさらにユージの、口にはしない作戦も感じ取った。
焦った<狂犬>が24時間まで待つとは限らない。もっと早くエダに接近してくるかもしれない。だが今エダにはJOLJUがピッタリついているしエダ自身危険察知能力は高い。予め自分が狙われている、と知れば自分で自分の身を守る対策は取れるだろう。
……つまり、あたしにそのあたりを説明しに帰れ……って事か……。
ユージからそういう話を切り出せば、エダがどういうか分かりきっている。
「自分を囮にして捕まえて!」と……エダ本人にそういわれるのがユージには一番堪える。サクラはようやくユージの言葉に従い一旦帰宅することを決めた。
「事件解決後に必ず<ボローニェ>のスペシャル・チーズケーキを買ってくれるんなら従おう♪」
「わかったわかった。俺と拓の折半で買う」と勝手に拓を巻き込むユージ。むろん即、拓は抗議する。
「弁当のついでに、持って来てほしい物がある」
「何?」
「俺の装備B。後、解熱薬と鎮痛薬。こっちはエダが場所を知っている」
「そういえば怪我人だったな、ユージ。分かった、サクラちゃんがちょちょいとやってやろう♪ その代わり、捜査情報ちゃんと教えるンだゾ」
サクラは納得し、ユージたちと別れていった。
サクラが去っていくのを見送り、ユージは面倒くさそうに溜息をついた。
徹夜どころか、今から24時間、休む余裕はなさそうだ。
<狂犬>、<マリア>、誘拐された刑事……さらにそこにサクラまで首を突っ込んでくる。それら全てに対応する事を考えると、さすがにユージも気苦労を覚えずにはいられなかった。
「黒い天使・災厄者 vol 17」でした。
ということでようやく風雲急を告げる緊迫モードに入りました。
24時間という制限時間内に<マリア>を発見できるか……。
ユージと拓の真価が問われる……だけでなくエダにも危険が及ぶ可能性が出てきました。
これでもうユージたちも悠長にやってはいられません。
そして判明した<マリア>の正体。
やっぱり美少女でした。
この子がこれからのキーパーソンですね。皆が探している、いわば最大の鍵ですが全然手掛りはない。
次はアレックスも登場して、FBIの捜査技術の見せ所です。
クライムストーリーらしくなってきました!
問題はサクラがどうするか、ですね。この作品は一応「黒い天使」だから当然サクラも関わってきます。もっともサクラは完全に遊びモードで責任感なんか欠片もないですが……。
ということで本編も面白いのはこれからです。
どうぞ「黒い天使」をこれからも宜しくお願いします。




