「黒い天使・災厄者 vol 16」
「黒い天使・災厄者 vol 16」
FBI・NY支局に帰ってきたユージ。
そこでガドナー殺人事件を聞く。
マフィアの差し金はわかっているが、手は出せない。
結局今日も捜査は進展しないと思われたが……。
「事態の掌握ができているのか、いないのか」
「支局長。断っておきますが、俺は、今日は誰も殺していませんよ。ずっとワシントンDCに行っていたンですから」
午後4時。
NY支局に戻ったユージは早速コール=スタントン支局長に呼び出された。ユージもNYを戻る前に拓からマリー=ガドナーの一件を聞いている。だから呼び出される事は予想していた。そして予想通りユージはワシントンでの報告をする前にコールの叱責が待っていた。
「マリー=ガドナーの一件はマフィアや組織の仕置きです。ガドナーは売春組織を運営していましたが、海外に女を派遣する際、同時にヘロインや合成麻薬の運び屋をさせていた。シーゲル・ファミリーやジョンソン・ファミリーの利権を侵しています。おそらく裏社会で軋轢が生じていたのでしょう。身の危険を感じていたガドナーは、たまたま自分のところに転がり込んだ<狂犬>を利用し、敵対者を殺害させた」
「その報復が、イーストダウンタウンでのマリー=ガドナー他売春婦虐殺に繋がるわけだな。その件でファミリーを検挙できるのかクロベ」
「できませんね。奴らはちゃんと容疑者を差し出しています。秘密協定は守っています」
ユージに限らず警察上層部と大物マフィアとの間には秘密の協定がある。マフィア内の殺人事件について、一般人が巻き込まれない限りは容疑者を差し出せばそれ以上警察は介入しない、という暗黙の協定だ。この協定によって警察とマフィアの全面戦争は起きない構図になっている。むろんFBIもユージ個人も同じ協定を結んでいる。ファミリーはちゃんと容疑者を差し出したから、協定は守られている。
コールもユージと共に犯罪組織撲滅に動き、クロベ・ファミリーと裏社会の不可侵協定を結ぶのに立ち会った男だ。事情は理解している。
「じゃあ<狂犬>は野放しになったわけだな」とコール。
「今回のガドナー殺害で、<狂犬>はより一層マフィアを狙うでしょう。もう標的など関係なく暴れ狂う可能性が高い。もし<狂犬>を捉える事ができるとすれば、奴が探している<マリア>を確保する事です」
コールも頷いた。そしてその場でユージにNYの組織犯罪対策部と犯罪心理分析部を指揮する権限を与えた。
「何がただの殺人事件だ。少なくとも4人か5人は殺されていたゾ、あの現場」
ユージのデスクでホットチョコレートを舐めながらサクラは溜息をついた。
「ガドナー以外の遺体は運び出された後。死体がなければ殺人事件にならない。そしてマフィア案件の事件でFBIも絡んでいるとくれば警察も深入りはしない」
そう言いながらユージは自分のデスクに腰掛け紙コップに入ったコーラを飲む。隣のデスクは拓だ。拓は緑茶を飲んでいた。二人は各方面に強い影響力を持ってはいるがFBI捜査官としては中の下で、個人用に部屋を貰えるほど偉くない。事件の打ち合わせも自分たちのデスクがある平部屋か、会議室を利用する。
「ま、立件する気がないみたいだから関係ないけど、一応言うとくと殺されたのはみーんな20歳から30歳の売春婦5人。殺したのはあいつ等。まず問答無由で虐殺があって、それから女社長は一時間ほど拷問を受けた。で、殺された」
<非認識化>で消えていたサクラは、拓とマフィアの殺し屋が対話している最中、血溜りの数や場所を見て回り、場所によってはサイコメトリー能力で実際に起きた殺戮を透視したりした。むろんサクラの能力で知った情報は法的根拠がないから立件したくてもできない。ユージたちにとって「ガドナー殺人事件」は終わった事件だ。
「んで? これからどーすんの? 捜査」
当たり前のような顔で報告書を手に取るサクラ。この後も関わる気満々だ。
「どうするも何も、手がかりが一つ消えた。マフィア連中もアテにできん」
ジョンソンが情報を寄越す、と言ったがそれは明日の朝。しかしそのマフィアたちの手の者によって情報源であるマリー=ガドナーこと<マダム>は拷問の末に殺された。しかし拓に<狂犬>について何も情報を寄越さなかったところを見ると、マフィア側でもまだ<狂犬>の行き先については掴んでいない。
ユージは自分のPCを立ち上げ、本部のマック=ドルトンから送られてきた報告書のデーターを開いた。人身売買関係組織、売春組織、少女愛好家の名簿などがまとめられている。しかしマックがいっていたとおり、北東海岸だけでもその数は膨大だ。<ローズガーデン>の名前もその中に入っていた。片っ端から当たって見つかるかどうか……。
「サクラちゃんの超能力使うカイ?」
「いらん」
ピシャリと即答するユージ。基本的にユージも拓も事件捜査でサクラの力を使う事を嫌う。今回の事件は相手が厄介なだけで、特別な事件とはいえない。
「第一、サクラに何ができる? <狂犬>を見つけられるか? 顔も分からない<マリア>を見つけ出せるか? それは無理だろ」
「うぐっ……拓ちんの分際で生意気な」
サクラは仏頂面で報告書データーを睨む。確かにサクラの超能力を持ってしても今の状況下でできる事はない。精々高い知能を生かすくらいだが、いくら知能が高いといっても犯罪心理や捜査は素人だ。
サクラが報告書と睨めっこしている間、ユージはマフィア関係を、拓はNYPDに連絡し情報を集めたが、芳しい成果は何もなかった。
午後6時……定時就労時間を過ぎた。
「飽きた」
ペタッ……とユージのデスクに這い蹲るサクラ。サクラなりに色々推理するのは面白かったが、居所まで当てるということはいくらサクラでも無理だった。色々「ブルックリンの裏町」や「NYじゃなくてニューアークにいるんじゃない?」とサクラなりに推理してみたが、言った自分でも自信はなく、拓は三度に一度は嫌々な顔しつつ協力して電話確認はしてくれたがユージは無視……サクラとしては面白くない。このあたりなんだかんだと甘えん坊で子供だ。
「残りは家でやるか」さすがのユージも噂話や推理データーだけで追いかけることに限界を感じていた。疲労も怪我による微熱もある。次あの<狂犬>と対峙することを考えたら体調はできるだけ整えたい。
「今日の報告書出して帰ろう。それまで待っていろサクラ」
「ほいほーい。ああ、そうだ。昨日はエダに心配させたから、今日はご機嫌取りに<ボローニェ>のスペシャル・チーズケーキを買って帰るっていうのはどーだろうか? 1ホールで」
「お前が食べたいんじゃないか」
と拓。拓も切り上げるため自分のデスクで今日一日の簡単な捜査活動報告書を書き始めている。
「でも、エダちゃんに心配させているのも事実だし土産もいいんじゃないか」
とサクラに賛同した。ユージは溜息と舌打ちの混じったものを吐く。
高級ケーキ専門店<ボローニェ>は、このFBI・NY支局からユージのマンションまでの帰路途中にある。エダもサクラも、ついでにJOLJUも好物だ。ただし1ホール120ドルもする……むろんこの場合支払うのはユージだ。ユージは買うとは言わなかったが……結局買う事になると覚悟し……黙って今日の活動報告書を書き上げていた。
一日の活動報告書だからそう時間は掛からない。ユージも拓も早々に書き終えた。めずらしくコール支局長もまだ残っていたので、その場で報告書をデーター送信し、上着を取った。
そして帰る準備を整え終えた時……ユージのデスクの電話が鳴った。音でコール支局長からの発信だと分かる。無表情で電話に出たユージの表情に一瞬驚きが浮かんだ。
「すぐに拓と行きます」
そう答え、ユージは再び上着を羽織りなおした。
「報告書でヘマしたぁ~? 駄目だなーユージも~」
「黙れ。何か事件が起きた。いきなりコールが雷声落としてきた」
「お前が何かやったんだろ?」
拓も席から立ち上がる。サクラも立ち上がろうとしたところをユージが制した。
「お前が来てどうする、ここにいろ。勝手についてきたらケーキはなしだ」
ユージはサクラに念を押し、拓とコールのいる上階に向かって歩き出した。
ユージたちの姿が消えてすぐ……サクラはニヤリと微笑み、すぐにユージたちの後を追った。
ユージたちを待っていたのは、完全に予想外の展開であった。
「黒い天使・災厄者 vol 16」でした。
ようやく事件進展に繋がる話にきました!
今回は予告編みたいなカンジで、次回から事件は急転、目まぐるしく変わります。
そう、本当に事件が展開していくのは次からになります。
ちなみにユージや拓ちんたちは色々大変そうにしていますが、実際むのところ一番大変なのはコール支局長です。何せ部下の勝手を許すわけには行かないし、監督もしないといけないし、他の事件はあるし……これ以上心労でハゲない事を祈ります。
もっとも……次回、もっと大きなストレスがかかってくるんですけどね。
ということで、次回「黒い天使・災厄者」を宜しくお願いします。




