「黒い天使・災厄者 vol 15」
「黒い天使・災厄者 vol 15」
突入した拓とサクラ。
そこにいたのはマフィアの殺し屋たちだった。
だが、彼らはやってきたのが拓だと知ると武器を置き、驚くべきことに拓を仲に案内しはじめた。
そして、拓はこの騒動の真意を知る事になる……。
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……あきらかに暴力行為が行われている……
凶悪犯罪課に所属する拓も、こういう争い事を多く対応するパトロールから風紀課刑事になったサミュエル=デトリス刑事も、物が壊れガラスが割れ罵声が飛び交っていれば何が起きているかは予想することができる。
そして、一発の銃声が聞こえた。
「これはヤバいな」
二人は物音がするドアの前まで来ると一度立ち止まり耳を済ませる。複数の男の声が聞こえる。拓は慎重にドアに手をかけた。電子式で施錠されている。ドアは頑丈で蝶番もドアノブも拳銃弾で破壊するには時間がかかりそうだ。
「ほれみろ。サクラちゃんがついてきて正解だっただろー」
拓の後ろから進み出たサクラは、四次元ポケットから電子鍵まで対応する非販売品の最新のピッキング機を取り出した。拓は「またそんな物勝手に持ち出して」と嫌な顔をしたが今は説教をする時ではない。
サクラは手馴れた手つきで電子鍵を開け始める。鍵はすぐに開いた。
が……開けた瞬間、サクラの表情に警戒色が浮かぶ。
「どうした?」
と拓。サクラは黙って意識を集中させたままだ。数秒間ドアの向こう側を集中して探る。
「問題発生。ドアの前にバリケードがある。家具を積んだみたいだから蹴破れるとは思うけど」
口早にそう言い終えたとき、サクラはドアの向こうの異変に気付き叫んだ。
「伏せろっ!! 拓ちんっ!!」
「!?」
その声を聞くと同時に拓はデトリスを押し倒し自分も伏せた。次の瞬間、部屋の中からドア越しにSMGが放たれ拓たちを襲った。弾はドアや壁を貫通し拓たちの頭上を飛び交う。
「いきなり問答無用だねぇ」と暢気に呟くサクラ。「今21発撃ち終えた」
「ワンラウンド終了だな」
SMGの多くは30発連だ。今ので一気に1マガジンを使い切ったはずだ。声は低く重いが音は大きくない。
「サプレッサー付きのMAC10かな」拓は冷静に呟く。イングラムMAC10は裏社会でもっとも流通しているSMGだ。
この程度の銃撃戦は拓たちにとって特別ではない。だが風紀課の新人刑事デトリスは違う。すぐに携帯電話を掴んだ。応援を呼ぶためだ。その気配を察知し、拓は慌ててデトリスを止める。
「何故です!? フルオートを持った犯人がいる!! きっと誰かを殺した!」
「この件はFBIの事件だ。市警が介入するとややこしくなる」
拓は口早にデトリスに命じると立ち上がった。
「FBIだ! 無駄な抵抗はやめろ!!」
拓は手順に従い叫んだ。あくまで形式で普通の犯罪者がこれで納まるはずがない。すかさず拓はベレッタの撃鉄を上げトリガーに指を置いた。だが、再びSMGが唸り暴れ狂う事はなく、逃げた気配もなく待ち構えているような雰囲気もない。
さらに驚くべき事が起きた。
「FBIと言ったな? クロベ捜査官か!?」
姿を隠した襲撃者が、静かに言った。
「その相棒だ」
「他の捜査官はいるか?」
「市警の刑事がいる」
「ナカムラ捜査官! お前一人、ここに入ってこい。他の人間が一緒だったりパトカーがこのブロックに入ったら重要なものを失う事になる! 理解したなら20秒以内に姿を見せてくれ。従うならけして撃たない」
相手はユージだけではなく拓の事まで知っている。これで相手の素性は大方知れた。マフィア直属の人間だ。
「了解した」
拓は頷くとデトリスのほうを見た。デトリスは意味が分からず困惑している。
拓は小声で
「従って下さい。この件、深入りすると君の命も危ない。今回はややこしい事件で、これはFBIの事件です。犯人は重武装していて今の要求を拒めば暴れだす危険があります。ここは任せてください」
と伝えた。言葉は丁寧だが有無言わさぬ強い表情だ。デトリスは頷いた。
ドアの向こうに置かれたバリケードがどかされていく音が聞こえる。そしてその音も止んだ。後はドアを開くだけだ。
「今から部屋に入る! 銃は捨てない」
「構わない。入れ」
拓はデトリスに待機を命じ、ベレッタを構えゆっくりと部屋の中に入った。そして、<非認識化>を強化したサクラもそっと後ろに続く。
オフィスはNYの女性経営者らしくオシャレで、広いワンフロアーをガラスで仕切り、所々に観葉植物と、所属するモデルの女性たちのポスターがいたるところに貼られている。 だが室内は酷く荒らされ、血飛沫があらゆる所にある。床にも致死量と思われる血溜りが何箇所もあった。それを見て拓の表情は僅かに曇った。
拓とサクラがフロアー中央まで来た時……レザージャケットを着たの大柄の男が二人現れた。
「失礼しましたナカムラ捜査官。私はシーゲル・ファミリーの者です。どうぞ銃をお下げ下さい」
二人ともSMGを手にしているが、銃は下げられ引き金にも指はかかっていない。拓に対して全く敵意はもっていなかった。それを確認し、拓は撃鉄をデコッキングし元のダブルアクション・ポジションに戻し構えを解いた。銃は握ったまま。
「職務上大変不快な思いをさせますが、今回の案件に限り我々は同盟関係にあると聞いております。危害は加えませんので安心してください」
「<狂犬>を仕留めたのか?」
拓はそこらじゅうにある大量の血の跡を見ながら進み寄った。だがそうでない事は一目瞭然だ。軽く見ても3、4人分の血は流されているだろう。よく見れば弾痕や空薬莢もそこらじゅうにある。戦闘の跡……というより虐殺の跡だ。
「この惨状の説明を求める」
「<狂犬>を飼っていた雌豚を始末したところです」
そういうと男たちはその場にSMGを置き、拓をフロアー奥にある一つの部屋に案内した。その部屋では、椅子に縛られ額を撃ちぬかれた40歳前後の女性の死体があった。打撲跡や切断された指など拷問跡が凄まじく、思わず拓は顔を背けた。
拓の様子を見て、男のうち一人は彼女の屍に自分の上着をかけた。
「<ローズガーデン>売春クラブのオーナー、マリー=ガドナーです。ご心配なく。我々が殺害いたしました。これより自首いたします」
「表向きは個人的な怨恨による我ら二人の勝手な殺人です。ですが本来、我々は情報を得るためここに来ました。その情報をファミリーやクロベ捜査官に提供するまでが本来の任務です。貴方がここに来てくれたことで手間が省けた」
彼らは無愛想で事務的だ。マフィアはこういう汚れ仕事を淡々と事務的にこなす人間を一定数抱えている。彼らはけして警察で真相は話さないし、ちゃんと服役もするし死刑にもなる。拓だって不条理と不快感を隠しきれず表情は苦りきっていたが、それでも文句は言わず黙っている。彼らも命じられたに過ぎない。
「その情報を、まず聞かせてもらいたい」
「今述べたとおり、この雌豚……通称<マダム>は、<狂犬>を匿い利用していたのだ」
男はそういうと、ポケットから携帯電話を取り出し、<マダム>の……時折悲鳴交じりの……自白を、拓に聞かせた。
音声データーの全てが再生し終えると、証拠である携帯電話からメモリーカードを抜き取り、男はそれを真二つに割り、さらにライターで炙り完全に破壊した。
「残念ながら、今はもう<狂犬>がどこにいったかは分かりません。クロベ捜査官に今の一件を伝え、適切な対処をファミリーは望みます」
「彼女が<狂犬>をけしかけて利用していたというなら、お前たちはユージを利用して手を汚さない……どっちもどっち、腹黒さは変わらないよ」
拓は軽蔑を込め言った。そして拓は廊下で待つデトリスを呼び、二人を殺人の現行犯で逮捕した。ここでようやく応援が呼ばれ、一時間後には殺人課と風紀課の刑事、そして鑑識課が入り込みちょっとした騒動となった。
だがその頃には拓とサクラはもうこの現場にはいなかった。
「黒い天使・災厄者 vol 15」でした。
基本的に今回は拓ちん編でした。
とはいえマフィアの殺し屋と接触してそこで情報をえたというだけですが。
今回の事で<狂犬>の情報がほんの少しだけ進みました。
マフィアたちもユージにまかせっきりでなく本格的に動いているということが分かる話ですね。
こういう殺し屋も、身代わりの自首も裏世界ではよくある話です。
米国は殺人の罪は重いから自首しても懲役30年以上ですね。
それに見合うだけの報酬が身代わりの殺し屋たちに払われるわけですが。本人というより家族や組織に、ですね。
他に嘘の司法取引をしたり、別の案件の取引を警察としたり、なんだかんだとけいきりは早く出てきますが……そのあたりはまた別の話です。
今回、ネックなのはサクラが同行している点です。
きっとサクラは何か摑んでいるでしょう。
そして段々事件に首を突っ込んでいくサクラ。
ユージが帰ってくれば、さらに事件は進みます!
ということでまだ捜査編ですが、状況は目まぐるしく変わっていくのでお楽しみ下さい。
これからも「黒い天使」を宜しくお願いします。




