「黒い天使・災厄者 vol 9」
「黒い天使・災厄者 vol 9」
一方、拓とサクラは朝からヨーロッパから情報を仕入れ捜査会議。
色々とあがるなか、二人は関係がありそうな人物をピックアップする。
この男を殺したのはユージだった。
だがまだ確証はない。
そして<狂犬>は再び活動を始める……。
一方、早起きしていたのは何もユージだけではない。
早朝の、FBIの自分のオフィスで、拓はパソコンと電話で格闘していた。その隣にはほとんど寝ぼけているサクラが、甘いカフェオレとチョコドーナッツを啜りながらパソコンを操作していた。
拓はまずユーロポールに連絡して事件の照会をし、その後ジョンソンたちの資料にあったパリ警視庁の担当者に連絡をとってもらった。その間にサクラが、ジョンソンたちが提出した<狂犬>の事件資料を照らし合わせ、パリ警視庁の記録に侵入してめぼしい事件を見ていく。サクラ……もしくはJOLJUが必要だったのは、このハッキング作業とフランス語を読むためだ。担当官などは英語が通じたりするが事件ファイルは国際的なものでは複数言語で用意されていたりするが、小さな事件の調書はフランス語だ。
拓はアメリカで起きた殺人事件を話し、どうやらそれが最後にフランスからやってきた男らしいこと……あと、軍隊経験のある裏世界の人間に心当たりはないかという話を、雑談を交えながらしている。サクラはその都度出てくるキーワードで検索を広げ、気になる案件を引き出し、拓の資料にする。拓の人当たりのいい話術と、サクラの的確で驚異的なハッキングと読解力のコンビネーションは完璧だった。
<狂犬>については、フランスでも裏世界の人間の虐殺事件があり現在調査中であるということを聞けただけでめぼしい話は担当者も知らないようだった。
「特殊部隊崩れの殺し屋はむしろアンタの国の方が多いんじゃないのかい?」
「そりゃそうなんだが、こっちはクズから一流のプロまで多すぎて限がない」
拓も苦笑する。米国は海兵隊以外に、公然の存在ながら非公式な対テロ部隊を数多く保有している。デルタフォースやシールズといった公然としたものの他にNSAやCIAが密かに抱える秘密工作部隊もあり、拓やユージも関係している国際特別機関であり大統領直属のSAA他秘密特殊部隊なども存在し、他に民間軍事会社も沢山ある。だがこの<狂犬>は欧州産だ。他にロシアや紛争国出身のプロや訓練されたテロリストはいるが、そんな連中ならユージが苦戦したりしないだろう。
「ユージが苦戦するくらいの強さで恐らく元々殺し屋組織は持っている……だけど普通のマフィアは知らない秘密部隊……」
サクラは隣で候補になりそうな人物ファイルをもう10個は開いていた。だがどれも完全には該当しない。基本的にそういう人間は個人プレイなのだ。
だが14個目のファイルを開いたとき、サクラの手は止った。
「拓ちーん」
「ん?」
「可能性ありそうなの見つけた。死亡時期がユージの事件と怪物殺し屋との接点ありそう」
拓はサクラが開いたPC画面を見た。名前と、そして恐らく元の職業だけは拓でも読めた。
「リース=ケイチェック……元SASのテロ人質奪還ユニット所属……」
拓は名前と経歴を読み上げる。SAS時代でもいくつもの秘密作戦に従事し、かつ非合法作戦も何度も関わっている。そして過剰殺人で退役に追い込まれ、その後ロシア系の裏社会に入っている。
「こいつ、フリーでヨーロッパ中心に殺し屋家業してるんだけど、チームを作っていたみたい。これだけの経歴なら他にもいるんだけど……どうも、こいつ自身教官みたいなこともしていたっぽいし、こいつのボスと思われるマフィアの大物数人が死んでるんだよネ。肝心の本人は米国当局施設を襲って死亡……つまり殺したのはユージ」
「条件はあうけど、アイツが殺した殺し屋の数はハンパじゃないからな」
潜入捜査を終え一斉検挙された後、その報復は猛烈で、証人保護を受けようが専門施設にいようが、三日に一度くらいの頻度でチンピラレベルから一流のプロのチーム、あらゆる殺しを家業にしている人間に襲われた。が、悉く撃退した上命じた人間や組織を片っ端から<特別捜査官殺人未遂教唆>で逮捕する……ある意味究極のおとり捜査をFBIは行った。そして3カ月ほどで裏社会のほうが自分たちの損失と損害の大きさとユージの超人的な戦闘力に音を上げ、手を引きユージと不可侵協定が結ばれることになった。ユージの毒牙にかかった裏社会の人間は総合すると三桁に上るだろうと言われている。
だから、ユージに殺された殺し屋……というだけでは決定的な手がかりとはいえない。
「手下はその後フランスやイギリスで逮捕されたり死んだりしてよくワカランけど……こいつが組織したユニットの中で4人ほどはどこに行ったかワカラン。ちなみにこの男が組織したユニットの隊員は、全員身元が不明」
サクラは言いながら次々とファイルやプロフィールをモニターに出す。
「教えていた中にはKGB残党とかあるけど、こっちは身元の照会でヒットする。あの<狂犬>とは違うみたい。でもケイチェックはフランス警察もあんまり詳しいデータはないなー」
「それならもう少し調べてもらうか」
拓はそういうと、ケイチェックの名前を出した。先方も名前しか知らなかったが、拓の要望を快諾し、あとで資料を送る、と答え一旦電話を置いた。
<狂犬>は何度も息を吐く。そのたびに肺が膨らみ、胸が上下に動いた。
<狂犬>は全裸で室内にいる。
ベッドの上に座り、新しい包帯を掴むと、入念に自分の体を締め上げていく。筋肉が締まり、それによって傷ついた傷口も閉じられる。黙々と全身を締め上げた。
全身のほとんどを包帯で締め上げ、ズボンを穿く。そしてベッドに置かれていたコルト・45ガバメントの弾を確認し、ズボンに突っ込んだ。
その時、人の気配に気付き<狂犬>は顔を上げた。間違いなくドアの前に人の気配を感じ取ると、<狂犬>は素早く壁際に飛び、ガバメントを抜いた。ドアが開くのと、<狂犬>が銃を向けたのは同時だった。
そこにいたのは女だった。女は突然銃を向けられ驚いたが、声を上げるけどひ弱な女ではない。見知った女だ。<狂犬>は黙って銃をしまい、ベッドに座った。
「そのケガで元気そうね、アンタ」
女はズカズカと入ってくると、テーブルの上に食料や薬を置いていく。年齢は30前後、化粧は濃くどう見ても夜の商売の女だ。<狂犬>は黙ってテーブルの上のバケットを掴み無言で齧り付いた。その後は黙々とただ食べ物を口に運んでいくだけだ。
「あんたをボコボコにした捜査官、<死神捜査官>よ? 厄介な相手に手を出して……アンタ、正気じゃないわね。……たくっ、マダムも物好きね! でもアタシは係わり合うのは真っ平よ。ちょっと、聞いているの!?」
「…………」
<狂犬>は黙々と食事を続けている。食事……確かに食べ物は人間な食べ物だが、その食べ方は味わうではなく、ただ生きるためのエネルギーを捕食している……まるで獣のようだ。
「次のターゲットは……」
「アンタ、アタシの話、全然聞いてないのね。アンタが相手にしたのは<死神捜査官>、ユージ=クロベFBI捜査官よ!? あの<死神捜査官>相手にまだやるっていうの?」
「次は誰だ」
「…………」
「あの男は……面白い男だ。……だが、俺のターゲットじゃない」
「全く! マダムもアンタも<マリア、マリア>って……クラスロード=パーガス。次のターゲットよ。ロックと同じ仕事をしていたわ」
女はそう言うと、<狂犬>にメモを手渡し、そそくさと部屋を後にした。
「黒い天使・災厄者 vol 9」でした。
拓ちんとサクラの捜査編です。
とはいえサクラは完全に通訳とデーター管理でいてもいなくてもどっちでもいいレベルの手伝いですが。
まあ、サクラはいまのところは暇つぶしの手伝いで別に本気でもなければそれほど真剣でもないですが。
それでもサクラが首を突っ込むのは、今回の事件が中々面白そうな匂いを感じているからです。サクラにとっては事件はどうでもよくて、好奇心が大きいです。ユージの心配は全然してないですね。ユージや拓にしてもサクラがいるから手伝わせているので、別にいなきゃいないでほっとく感じです。
ということで今回も捜査編でした。
ちょっと大きな展開になる前ってかんじです。
これからこの事件は大きくなりますよ! 色々プロっぽい捜査手法とか色々でてくるので楽しみにしていてください。
ということで「黒い天使・災厄者」をこれからも宜しくお願いします。




