「黒い天使・災厄者 vol 8」
「黒い天使・災厄者 vol 8」
翌日。
マフィアのボス、ジョンソンと対談するユージ。
そこで<狂犬>についていくつかの点を推理するユージ。
そして、マリアの正体を、ユージは過去の経験からそれがナニなのか、突き止めていた……。
5
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翌日の早朝。ユージは、一人の男とセントラルパークの散策道で待ち合わせた。
午前6時28分……NYはまだ起き出したばかりで、この散策道も朝のランニングや犬の散歩をする人間がちらほらあるだけで静かなものだ。
そのなかでスーツ姿の二人はやや異様だった。出勤には早い時間だし、男から放たれている裏社会の人間独特の闇と威厳を纏い放たれる臭気のような雰囲気は、この朝の清々しい森林に囲まれた爽やかな散策道に相応しくない。そしてそれとよく似てはいるが、僅かに違うオーラを纏っているのがユージの雰囲気である。どちらにせよ、二人共この場に相応しくない事だけは確かだ。
男はアデウス=ジョンソンだった。連れはいない、少なくとも視界範囲内には……。
二人はそろうと無言で歩き出した。
「昨日はウチのロックのために骨を折ってもらって有難く思っているよ、ミスター・クロベ。逃がしてしまったのは残念だが、やはり君に頼って正解だったよ」
「…………」
「凄い闘いだった。私もムービーを観て鳥肌が立ったものだよ。あの現場でリアルにファイトを観られたロックは幸運だった。あれだけのファイトを間近で体験できるならば、観戦に10万ドル払っても席を買うよ」
どうやら彼らもどこかに監視カメラを隠していたらしい。科学捜査班はそれを見つけてこなかったから、おそらくロックたちの誰かが素早く回収したのだろう。ちなみにユージたちはJOLJUが堂々と録画して記録している。
「そう、その話をしようと思って貴方を呼んだ」
「ほう。なんだろうか?」
「今回の事件で糸口を掴んだと思う」
「さすがだ、ミタスー・クロベ」とジョンソンは無表情に頷き「それは司法省よりまず私の協力がいる、それがこの朝の会談だと理解していいのかね?」
「普通の上司には言っても信じてもらえん話だ」
「グッドだ。君の聡明さには感謝する」
「リチャード=オースティンを覚えているか? 昔の俺を使っていた男だ」
昔……それは潜入捜査官時代のことで、リチャードは無免許医ユージ=クロベを裏世界に斡旋した裏世界の顔役の一人だ。今は故人である。
ジョンソンは頷いた。
「あんたは<闇デスマッチ>はどの程度好きだ?」
「…………」
ユージはいきなり核心をついた。元々仕事で雑談はしない男だ。
一般社会では都市伝説扱いで語られる<闇デスマッチ>。ルールなし、時として武器の使用も許される、相手が死ぬか戦闘不能になるまで戦う試合だ。そこで客は多額の金を賭け合ったりするし、その血生臭さに酔う客もいる。当然非合法で、その客は政財界の大物から裏世界で利権の決着のために催される。
決まった主催組織はなく、裏社会各々の組織の寄り合いで運営されている。
ジョンソンは沈黙したままだったが、それを否定するのは無用だった。
なぜならば、ユージはその<闇デスマッチ>に闘士として参加したことがある。リチャードの組織に頼まれ、特別に数度引き受けた。そのことを告げるとジョンソンは珍しく表情を変えた。ユージがそれを知っていることは驚くべきことではないが、闘士だったという話は初耳だった。
「俺は仮面を被っていたからな」
それも珍しい事ではない。古代ローマの剣闘士たちのように、ハデな装飾をつけての試合も多い。
「成程……その試合は是非、見たかったね。さぞ凄惨だっただろう」
「俺は相手を殺さなかった」
戦闘不能になれば殺さなくてもいい。ユージは戦ったときは、相手の腕や足をへし折り戦闘不能にした。殺されるよりはマシだろう。
「あの<人間闘犬>とでもいったらいいのか。<闘犬側>については詳しいか?」
「残念ながら、私自身は<闘犬>は飼っていなくてね。見る専門だよ。そうか、君は<闘犬>でもあったのか。それは随分とアンフェアな話だ……君は犬ではなく、野生の巨大な狼といったところではないか……いくら闘犬でも狼相手では相手がわるかろう」
「世辞は結構。ならアンタは<闘犬側>がどうかは知らないワケだ」
ユージはこの<闇デスマッチ>を捜査官として追及しているのではないようだ。
「<闘犬>のブリーダーはごく限られているからね。ブリーダーがいることは知っているし何人かは面識もある」
そういうとジョンソンはニヤリと音も立てず皺だらけの顔で笑った。
「君の目的はブリーダーのことなのかね? 君も復讐かい?」
「それは今後の返答次第による。だが安心しろ、別に裏社会を否定してはいない」
「結構」
ユージは懐から煙草を取り出し、一本咥えた。
「アンタが知らないことが二つある。どっちも今回の事件に関係することだ」
「ほう」
煙草に火をつけ、ユージは煙草を吸い始めた。拓ほどではないがユージも喫煙者である。
ユージが煙草を吸うときは、一仕事終えたときやつらい報告をするとき、そして威嚇、威厳を保つ時だ。今日はあえて間を作るために煙草という小道具を選んだ。煙草が沈黙の間の緩和剤になる。
「一つ……アンタらは<闘犬>をどう思っているか。 ただの殺人鬼……戦闘マシーン……拳闘奴隷……そんなところだ。アンタたち観客はそれを見て楽しむ。だけどそうじゃない。相手は人間なんだ。戦いの中進化するし、感情もある」
目を瞑るユージ……あの金網で囲まれたコンクリートの広間を思い出す。
観客は上にいて、強化偏光ガラス越しに試合を見ている。普通の人間にはうっすらと人型のシルエットが見えるだけだ。だが、殺し合いをしている人間は、時に超人的な能力に目覚める。
殺し合いのために高ぶるアドレナリンと活性化する脳細胞。体のリミットを少しでも上げようと理性が薄れ、気が満ちていく。それが生き残るための生存本能だ。
その極限状態まで引き上げられた身体能力が、ありえないことを可能にする。
五感が極限に高まる。
……視力は最高まで高められ、通常捉えられないようなものも捉えられる。その時、ふと上を見上げると……。
見えるのだ。自分たちを人とも思わぬ、高みで自分たちを見下す不遜で傲慢な観客たちの顔が。
極限まで能力が高められた結果か……人を人とも思わず<獣>として蔑み面白がる……本当に恨むべき人間の顔が……。
「見えるんだ。人間は時に、人智を超える」
ユージですらそれを体感した。高まる戦闘本能とアドレナリン、それに反し理性が働きその能力の爆発を制御したとき……人を超える存在となる。
事実ユージはその時、観客の顔を覚え、後日の一斉検挙の参考にした。
その話を聞いてもジョンソンは信じられん、という表情で首を振った。
「そんなことできるのは君だけだと思うがね」
ユージはたっぷり紫煙を吸い込み、しばらくの間の後、煙草を足元に捨てた。
「そうだな。普通は、こんな覚醒はしない」
この覚醒には、理性が必要なのだ。ただアドレナリンを爆発させた獣ではその能力の覚醒に至らない。ほとんどの闘犬たちはその強さと良心を失わせるためにクスリ漬けになっていることが多かった。
「だが恐らく、<狂犬>は覚醒したのさ」
「…………」
「だからヤツは闇雲にターゲットを選んで殺してるんじゃない。思うに……その観客を殺してるんだ」
「!?」
ジョンソンは初めて表情に驚きを見せた。ジョンソンも観客の一人だ。
「じゃあ次だ。なんで観客を殺しまわる必要があるか……それが今回のヤツの動機、それが、ヤツが繰り返し口にしていた『マリア』だ。むろんクリスチャンだからじゃない」
「どういうことだろう」
そのことは本当にジョンソンはわからなかった。
「血や薬でアドレナリンを向上させた<闘犬>を落ち着かせる方法は何だと思う? 同じ血に絡むものさ、麻薬か女だよ。勝った<闘犬>に与えられるのは、より異常なアドレナリンをキープしてくれるクスリか、性と気と精神を安らげる女というわけさ。金でも豪華な食事も効果はない、女なんだよ。クスリに走るのは二流か敗者だ。勝者には女が宛がわれる」
ユージもそうだった。勝った後、リチャードはユージのために高級コールガールを手配した。もっともユージは当時別離していたが心の中にはエダがいたし、女に走らなければならないほど戦闘で気を立てたりはしていなかったのでその都度辞退した。ついでにいえば三度辞退したとき、リチャードはユージがゲイだと思い美少年を用意してきてユージを呆れさせたことがあったが。
だがそれではっきり知ったのは、それほど風習として試合後、褒美として女が宛がわれることは普通であった点だ。
そこまで説明されたとき、さすがにジョンソンもユージの説明したい意味を察した。
「あの<狂犬>は女を求めているのかね」
「恐らく馴染の女がいたんだろう。その名前が<マリア>なんだと思う。やつは昨日『マリアはどこだ』と言っていた。鍵はマリアという名前の若い女か、少女だ」
「成程」
ジョンソンはユージの言いたいことを全て理解した。
『マリア』は恐らく若い女だ。だから米国に売られたのだろう。米国では公然の秘密として高級コールガール組織があるが、コールガールたちの多くは20代以上の成熟した女性で、ほとんどが米国生まれだ。だが、政界にも財界でも客の中には成熟した女性ではなく、従順な少女を好むことも多い。そういう場合の調達は国内でも調達するがそれは露見したとき警察が煩く罪も重い。少女を人身売買する場合、組織はヨーロッパやアジア、南米から輸入する。
「あの<狂犬>に癒しの少女か……まるで映画『レオン』だな」
「間違っちゃないないが、いいかミスター・ジョンソン。笑い事じゃないのは、この<狂犬>は、自分の癒しとなった少女が米国に売られたことを知って渡米してきたということだ。ヤツは俺たちやアンタより情報を掴んでいる」
「ふむ」
「俺からの要求は二つ。一日猶予をやる。そちらで調べて俺に知らせろ。一日待って何もでてこなかったらこっちで勝手に探す。その時は俺の立場と流儀でやる」
これはユージのジョンソンたちへの義理だ。人身売買が絡む以上、ユージはFBIとして看過できない。首謀者は逮捕する。人身売買は多くの組織が絡み、その立件となれば一大事件となるだろう。ユージは今回義理として、ロックの時同様、組織で調べ、最低限の首謀者を差し出せ……と言外に含めた。そのための猶予が一日、ということだ。一日あれば、彼らマフィアもその追及が上層部に至らぬよう尻尾を切り離す手配ができる。
ジョンソンは重々しく頷いた。
「君の好意には感謝しよう」
「感謝は早い。あと一つ……こっちは絶対に守ってもらう。もし『マリア』を見つけても証拠隠滅するな。俺が生きて保護する。絶対に殺すなよ」
「…………」
「いいか? 俺は人身売買なんてするヤツは人間の外道だと思っている。<狂犬>だけでなく俺の逆鱗にも触れるな。もしそっちの証拠は抹消して<狂犬>だけ倒させようなんて虫のいいことは、今となっては俺が許さない」
ユージのFBI捜査官として一番の逆鱗は麻薬でも殺人でもなく、人身売買だ。この人身売買は性的な奴隷と臓器売買と二通り、もしくはその両方だが、法の守護者としても、医者としても、どっちもユージにはそれを行う連中は生理的に許せない。過去何度か人身売買事件に関係し、多くの不幸な少年少女と接してしまった。その犯罪組織の首謀者たちのエゴや傲慢、外道っぷりを今ではユージは生理的に許せなくなってしまっている。
潜入捜査官時代はより大物を釣り上げるため、救い出すことができず見てみぬふりをせざるを得なかった時があった。だが今のユージは違う。ユージと関係を持っているマフィアや裏家業の人間はその事を心得てはいる。だからできるだけユージの耳には入れないようしてきたし、その方面を廃業した者もいる。
ユージの今の言葉は明らかに殺気が籠もりジョンソンを圧倒した。ジンソンは沈黙ののち、頷くしかできなかった。
「じゃあ、俺は捜査を続ける。連絡を待っている」
もう用件は済んだ。ユージはそういい捨てると、元来た道を戻っていった。
「厄介な死神クンだよ」
ジョンソンはしばらく無表情で沈黙していたが、ユージが消えるのを確認し、携帯電話を取った。
とはいえ今回はユージにいくつも借りを作っている。ユージは少なくとも自分たちに義理立てしてくれる以上、言うとおりにするしかなかった。もっとも、ジョンソンは今回の件に関しては当事者ではない。言われたとおり、探りをいれ、その後善後策をとるだけだ。
こうして早朝の二人の会談は終わった。
「黒い天使・災厄者 vol 8」でした。
今回は対談編でした。
でもいくつか重要なことがわかった回でした。
まずユージは闇デスマッチも参加していた事。
報酬には女が宛てがわられるという事。
<狂犬>もその世界の出身だという事。
マリアは恐らく少女だという事。
少女だとしたら、全世界の少女の味方?wであるユージにとって逆鱗に触れるという事……。
ということでユージにもエンジンが入ってきました。
事件はこれから真相に近づいていきます。
そしてサクラはどうするのか。まぁ今回は基本サポートですが、この話もちゃんと「黒い天使」のシリーズなのでサクラもちゃんと絡んできます。どうぞご期待下さい。
これからも「黒い天使『災厄者』」を宜しくお願いします。




