「黒い天使・災厄者 vol 5」
「黒い天使・災厄者 vol 5」
捕まえ動きを封じたはず……だが<狂犬>は、常識外の力でそれを振りほどき、再びユージに襲い掛かる!
<狂犬>は呟く……「マリア」と……
「マリア」とは一体何者なのか!?
見えない犯罪の糸を、ユージは僅かに触れた。
「こ……殺したのか? ミスタークロベ」
「いや。死んでない」
そういいながらユージは<狂犬>の腕を鎖で縛り上げた。
「気絶しただけだ」
「?」
ロックはその意味が分からずポカンとした顔でユージを見るだけだ。
外野で見ていたサクラは、「ポン」と手を叩く。
「そっか。マグナム弾の衝撃だ♪」
「JO?」
「マグナムは音速超えるじゃん? すごいソニックブームがあるでしょ?」
JOLJUも手を叩く。
「その衝撃波で脳にすごいショックになるJO!」
「咄嗟にあの大男が反応して顔を庇ったとしても……手は真ん中でクロスされるから……丁度こみかめのところは無防備になるのよね。ユージはその一瞬をついたワケだ♪ うぅーむ……ユージ、一瞬にしてよく考えたなぁ……」
「よく考えれば知力もユージが上なのは間違いないJO」
「そだねぇ。しかしやっぱ最後は銃が決め手か。ああ、いいモン観れた観れた♪」
「あの迫力は中々ないJO♪」
二人共、元からユージが負けるとは思っていないから、暢気そのものであった。
「勝手なこといっているなあの馬鹿二人」
ユージにだけは姿を消して愉快そうに笑っている二人が見えている。ヤレヤレとユージはため息をついた。
ロックたちも落ち着いたのだろう。椅子に座り撃たれた場所を押えている。結局ロックは左腕、取巻きたちは三人死亡、残る二人も撃たれている。
「この化物はこっちで始末する。ゴクローだった、ミスタークロベ」
「ふざけるな。死人も出ているしお前らも撃たれている。FBIで預かる。お前たちの銃不法所持と発砲は見逃してやるから、大人しく引っ込んでいろ」
ユージはそう凄んだ。ロックたちは言葉がない。
ユージは携帯電話を取り拓に連絡した。そしてそれを懐に仕舞った、その時だった。
ズズズッ……。
「!?」
なんとそれは……もう起き上がった。
「ぐおぉぅぅっっっ!」
さすがのユージも、思わず呆然と立ち上がった<狂犬>を見つめた。
……起き上がれるはずない。44マグナムの衝撃波を脳に直接叩き込んだんだぞ……。
ひどい脳震盪を起して前後感覚や三半規管は狂っていて立ち上がることも出来ない。しかも動けば関節の神経に当るように、鎖で締め上げた。動くだけで関節が絞まり激痛が起きているはずだ。
だが、<狂犬>は立った。そして、ふらふらとなりつつも、なんとユージに向かって猛烈な飛び蹴りを放つ。たまらずユージは避けたが、<狂犬>の二撃目は避けきれず腕で受けた。
「くっ!!」
「うおぉぉっっっ!!!」
甦った怪物の咆哮に、ロックたちは悲鳴をあげ、部屋の隅に逃げる。
ユージはバックアップの45コンパクトを構えた。DEは弾が切れている。この男を相手に弾を再装填するような時間的余裕はない。
「諦めろ。今お前の顔をポイントしているっ! 両手も縛った! かわせんぞ!」
「うううっ……ぐふっ」
激痛に顔を歪ませ、血の混じった大量の汗を流しながらも、驚異的な事に<狂犬>からの殺気は全く衰えていない。
「お前、名前は?」
「名前?」
ユージは時間稼ぎのために当たり前のことを口にしただけだった。だがそれはこの<狂犬>にとって意外な反応を見せた。
「俺はユージ=クロベ……FBI捜査官だ。お前の名前は?」
そのユージの言葉に、男は不思議そうな表情を浮かべた。
「?」
「俺……の……名前は…………ない……」
「ない?」
「……マリア……」
「マリア?」
「俺は……まだ……まだだ……」
そういうと、<狂犬>はユージに向かって歩き出す。撃つならこの時だった。だがユージには撃てなかった。圧倒的優位に立った以上できれば殺したくない。この男には聞きたい話が山ほどある。
「動くな! 動けば撃つぞ! 死にたいのか!?」
「死は……怖く……ない……」
<狂犬>はそういうと笑った。ユージはすかさず<狂犬>の両足に弾を撃ち込んだ。防弾コートの外で、そこは防弾対策がなされてないことを乱闘で知っていた。傷口から血が吹き出る。
だが、その瞬間、<狂犬>は足の傷などまったく気にすることなくユージに飛び掛った。体当たりだ。
「くっ!!」
ユージは銃を捨て、今度は男の勢いを利用して巴投げで投げ飛ばした。
それは完璧な投げだった。しかし、それこそが<狂犬>の狙いであり、ユージの失念だった。
ユージの後ろは、ガラス窓だった。
勢いよく投げ飛ばされた<狂犬>は、その勢いのままガラス窓を突き破ると逃走を計った。
「しまった!!」
ここは2階だ。2階から投げ飛ばされれば普通なら重傷を負う。だが相手が相手だ。
<狂犬>は強かに地面に落ちたが、見事に背中を丸め転がりながら受身を取り、体は地面を跳ね、路地の壁に激突したが、生きている。それどころかすぐに起き上がり、気合を発し拘束されていた手のチェーンを剥がし、自由になった五体でそのまま裏路地を走り去っていった。ユージがDEを取って弾を再装填して戻ったときは、<狂犬>はかなり遠くに走り去っていた。
ユージは狙撃を諦め、すぐそばの上空にいるサクラとJOLJUを見て叫んだ。
「追え! サクラっ!」
「へ?」
「へ? じゃないっ! あいつを追え!」
しかしサクラは追わない。というかはじめからその気はないようだ。
「だってユージ、<手助けはいらない>っていうたじゃん♪」
「アホっ!」
堪らず怒鳴るが、サクラはしれっとしたまま動かない。
「いやあ~ さすがユージだJO♪ 最後の巴投げなんかすごかったJO♪」
「うむうむ♪」
殴るぞ!
……と思ったが、二人は空中に浮いている。当然ユージは飛べないから今それは不可能だ。それにこの無駄なやり取りで貴重な時間は過ぎ去った。もう追っても無駄だろう。
「……わかった。お前らに期待した俺が馬鹿だった」
ユージはため息をつくと銃をしまい、遠くから聞こえてくる救急車と市警のパトカーのサイレンを聞きながら携帯電話を取り出した。相手は拓だ。
「逃がした。とりあえずグリズリー用の特別拘束具を発注するところからはじめないといけないようだ」
『なんだ、逃がしたの? サクラたちもいただろう?』
「あの馬鹿たちが役に立つか!」
「にゃんだとー」と、文句を言うサクラ。
ユージはやや声を潜めた。英語から日本語に切り替える。
「ロックたちは治療後、FBIで取り調べる。ちょっと気になることがある」
『気になる?』
「あの<狂犬>……すごい秘密を握っているかもしれん。少なくともただの殺人鬼じゃない、殺しのスペシャリストだ。そして、裏に何者かが関与してそうだ」
ユージとマフィアの関係は公に発表されているものでもなければ発表できるものではない。だから取調べも事情を知る拓かコールしか出来ない。
「あとは……無駄だと思うがNYPDと交通局に連絡して路上カメラで逃走ルートを調べてもらってくれ」
NYには多くの治安用と交通用、他テレビ局などの監視カメラが設置されている。ここはマンハッタンの表街だからある程度は追えるだろう。だが、NYは18世紀から続く多くの地下路や地下鉄、排水溝がある。そこに入られればそれ以上追跡はできない。相手が素人の殺人鬼ではなくプロだと分かった以上脱出する術は初めから計算していたはずだ。
拓は了承し、すぐにそれらを実行するため電話を切った。ユージも携帯電話を懐に戻した。
とりあえず今日は終わった……と思った瞬間、全身の痛みに眉を潜めた。
ダメージが予想以上にある。ユージは黙って自分自身を診断しながら確認した。額の擦過傷は4針ほど縫う必要がありそうだ。肋骨や腕や指がジンジンと痛む。筋が切れたり骨が折れたりはしていないが、ヒビが入っているかもしれない。打撲、擦過傷は全身いたるところだ。
……帰宅前に病院だな……。
「これ、労災出るかなぁ……」
職務上の負傷だが、内容が内容だから無理だろう、とユージは勝手に判断した。手当が欲しい場合第三者の医者の診断書と治療記録、そして何よりも嫌いな報告書が必要だ。それをするくらいなら自分で自分の処置をするほうが何倍も楽だ。
それにしても、話と大分違う。
あの男はただの<狂犬>ではない。ちゃんと目的がある、暴走した殺し屋だ。
ただ、ユージよりあの男のほうがダメージは大きい。銃のダメージもあるだろう。しかし骨や急所を砕けなかった。とすれば、あの破壊的攻撃力は衰えないはずだ。
次戦うときは、何かしら策がなければどうにもならないだろう。
「その前に、事件のほうが先か……」
……若干匂ってきた大事件の影……ユージの関心は、そっちに移っていた。
状況は次の段階に移行している。
「黒い天使・災厄者 vol 5」でした。
ということで、<狂犬>は再び逃走し、事件は再びふりだしに戻りました。
そして今回のバトルを機に、ユージは本格的に事件に興味を持ちます。
そう、まさにここまでが今回の事件の発端、序章というワケですね。
「マリア」が誰なのか、これが今回のシリーズの一番の鍵です。
予想もしていない大事件の幕開けです。
これからも「黒い天使」を宜しくお願いします。




