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「黒い天使」短編集  作者: JOLちゃん
「黒い天使 中編 災厄者」シリーズ
19/206

「黒い天使・災厄者 vol 2」

「黒い天使・災厄者 vol 2」


マフィアの名だたる首領が居並ぶ中、その会議に呼ばれるユージと拓。


そこでマフィアたちから提案されたのは、信じられない戦闘力を持つ化物、<狂犬>の抹殺依頼だった。

初めは話に嫌悪していたユージたったが、次第に引き返すことの出来ない大問題に気付き、ユージは<狂犬>相手に戦う羽目になってしまう。



 NY周辺には4つの国際空港がある。


 その中でもっとも国際線の使用が多く、そしてマンハッタンに近いのが元大統領の名前を冠とし、大西洋に向かって門扉を開いているJFK国際空港である。



 東海岸標準時15;30



 その国際空港の搭乗ロビーに隣接している会議室に、威容な雰囲気を放つ一団が集まっていた。


 ユージ=クロベ捜査官。そして名だたるマフィアやファミリーのドン、合わせて13人。


 その風景はあたかもサミットである。


同時にこのメンツが見事に揃うなど考えられない異質なことだった。ユージはマフィアにとって……いくつかの例外はあるが……冷戦関係にあり、お互い好んで会う事はない。さらに驚嘆すべきは、マフイアたちの間でも冷戦状態や、停戦状態にある組織の首領たちが、今日この場では何事もないように顔を合わせている点だ。さらに裏社会トップクラスが集まっているというのに、驚くべきことに、本来いるはずの取巻きもこの部屋には一人もいない。



 ……咄嗟の電話でよく思いつく……。



 その部屋の隅の椅子に腰掛けコーヒーを飲みながら、拓は相棒の機転に感心していた。


 この国際線搭乗ロビーは、パスポートの手続きを終えた場所で一般的には米国ではない。ロビーはこれから海外に飛ぶために待機する場所で、皆パスポートを使い出国手続きをして入っている。

ここで重要なのは、ここに入るためには厳重なセキュリティーがあり本人でないと入れない点だ。代理やダミーは使えない。むろん銃器の類はおろか、ナイフ一本持ち込めない。


 ユージは相手がマフィアだということを警戒し、不測の事態が起きないよう咄嗟に判断し会談場所にここを選んだ。連邦捜査官であるユージたちはこの場においても手続きを取れば銃を携帯できる。つまりユージたちだけがこの場で銃を身に帯びている。


 ユージと対面する形でマフィアの首領たちも並び、売店で購入されたであろう安っぽいコーヒーやミネラルウォーターがあり、机の真ん中には小さなボイスレコーダーがある。


 全員がそろい席に着くが、彼らはすぐには口を開かない。ユージも最初は黙っていたが、10分ほど経過した後、ようやく「ここでの会話は全て録音させてもらう。問題はないな?」と口を開き発言した。彼らは頷く。



 どうも様子がおかしい。



 ようやく、初老で仕立ての良いスーツに身を包んだ大柄の男が皆を代表し、口を開いた。


「私はアデウス=ジョンソン……君に今日、電話した者だ。ここで初めて名前を名乗ることの失礼をまず詫びさせて貰いたい。ミスター・クロベ」


「名前は存じ上げていますよ。全員名乗らずとも結構……見知っています」


 皆中規模勢力以上のマフィアやファミリーの顔役、もしくは首領たちだ。ジョンソンが言ったように半分くらいは知己でもある。


「リーベル君は私の部下だった男だ。いや……別に優秀でもなんでもない、私の下にいる数多くの部下の一人で、この事件が起きるまでは記憶の名簿の片隅にある……その程度の男だった。だが昨日、死んだ。君もご存知の通りね」


 やはりあの事件のことらしい。


「君も裏の世界の人間だ。こういう話も、理解してもらえると思う」

「俺が理解?」

「我々の世界にはルールがある。いや、我々の世界ほどルールに厳格な世界はないといっていい。全ては均等の取れたバランスの中、お互いのルールを尊重しあい、そしてそれぞれが事業を営んでいる。むろん軋轢はある、同業者同士だからね。だが、それが武器を必要とする軋轢になったとしても、どこかで線は引かれ、そして新たなルールでもって再び均衡が保たれる。そこが国とは違うところだ」


 彼の言うとおりである。裏世界はなんでもありと思われているが、実はそれぞれ暗黙の協定と血の掟などによって絶妙なバランスで成り立っている。抗争も、ある意味計算された範囲で起こる。それが大規模に崩壊することなど滅多にない。


「今では、キミもその中の秩序の一つだ」


「…………」


 裏社会の人間にとって、ジョーカーとして存在するのがこのFBI捜査官ユージ=クロベだ。



 彼は数年前裏社会を一度崩壊させた。



 結果全マフィアの敵となったが、彼は異常であった。マフィアたちはいかなる手段をもっても彼を排除することができず、その反撃力は彼らの想像を上回った。どれだけ刺客を送っても返り討ちに遭い、被害の傷はむしろマフィア側が広がる始末。政府筋からの圧力も無意味であった。ユージには表の政府筋にも裏の政治筋にも支持者がおり、FBI上層部ですら彼を支持した。結果、裏世界はユージに屈し、不可侵協定が持たれた。不可侵といってもユージは率先してマフィアを敵としないと宣言しただけで引退したわけではなく、依然としてFBI捜査官として第一線で活動している。基本は凶悪犯罪課でマフィアや犯罪グループの摘発を行う組織犯罪課ではないが、事件が起きてその捜査線上にマフィアや犯罪組織が上がれば、その事件の範囲において職務を実行するし、自分に危害を加える者には容赦なく牙を剥き、倍返しする。



 つまり、不可侵協定とはいうが実質、裏社会は彼に負けたのだ。



 だが裏社会はその関係も、ユージの存在を考慮したうえで再構築され、新しい秩序の中にある。


 ジョンソンが言う通り、ユージはすでに裏世界の秩序の一角だ。


「その秩序を、崩す者が現れた」

「…………」

「キミとは違うよ、ミスター・クロベ。そしてキミのような、道理の通った秩序破壊者、ブレイカーではない。いや、これはキミと比べる事は、キミに対して失礼に当るだろう。今我々の秩序を破壊しているのは、獰猛かつ制御不能な<狂犬>だ」


「……<狂犬>……?」


 ユージは確かに裏社会を崩壊させた。だがユージは正しくはFBIの組織的な裏社会壊滅作戦の尖兵であり、その後は自身の力によってジョーカーの地位を築き上げた。そして秩序と認識されている通り、手を出さない限りユージは必要以上マフィアに関心を持っていない。



 が……。



 今、裏世界には、ユージとは別のモンスターが発生した。


「この<狂犬>は、相手を選ばない。ヤツは<裏世界>の人間であれば、誰でも殺す」

 その時、ジョンソンの隣の男がユージに書類封筒を差し出す。ユージは受け取り、中を見た。半分は書類、半分は写真だ。それを見たユージの眉がかすかに動いた。


 それは、無数の殺害現場の写真だ。場所はそれぞれ違う。ただ、リーベル一味の殺害事件同様、凄まじいまでの戦闘跡だ。


 そして、その中に一枚……上半身裸の男の写真が入っていた。プロレスラーを思わせるような筋肉隆々の大きな男だ。筋肉はどの部位もユージの倍以上あるだろう。ユージが勝っているのは傷跡の数くらいだ。


 つまり、この筋骨隆々で傷だらけのレスラーかターミネーターのような大男が問題の男<狂犬>だ。成程尋常ではない容姿だ。ユージはすぐこの男の眼つきの尋常なさに気づいた。



 ……眼に生気はない……なのに、殺気だけは凄まじいほど篭っている。どう見ても人のものでもなく獣の目だ。



「こいつがその<狂犬>か?」


 成程……この男であれば素手で人間を引き裂けるだろう。


 しかし……。



「撃ち殺せばすむだろう」



 拳銃弾でムリならライフルやショットガンがある。政府の治安維持能力が低い場所ならロケットランチャーや武装ヘリだって持ち出す連中だ。どれほど肉体を鍛えようともライフル弾やショットガンを撃ち込まれれば終わる。


「この<狂犬>は……まさに犬並みの嗅覚を持っていてね。銃の匂いをかぎ分ける。そのくせ、知恵もある。No13の写真を見てくれたまえ」

 ユージは言われるままページをめくった。そこには監視カメラのようなアングルで事件現場が撮られている。そこに写るこの<狂犬>男は、レザーコートを羽織り手にはオートマチック拳銃が握られている。そして、はだけた胸元には、どうやら金属製の小さい鎖で編み上げられた服を着ているようだ。


「チェーン・メイル?」


 ……チェーン・メイル……中世の騎士鎧の一種で、アンダーウェアーのように着込む鎖帷子のようなものだ。


 さらにユージは観察すると、さらに違和感を覚えた。


「拓。見てみてくれ」


 ユージは男の上半身写真とこの写真を後ろで控える拓に手渡した。


 拓は仔細に二つの写真を見比べる。


「骨格は……北欧系かロシア人か? ……胴回りと腕まわりがおかしいな……分厚すぎる。身長は2mを超えている……ボディービルダーやウエイト・リフティング選手の体格じゃない、プロレス系アスリートの筋肉の付き方だ。ハルクだな、こいつは?」

「アスリート系でこの大きさなら体格が良すぎる。それにチェーンメイルに加えてこいつ、防弾ベストも着込んでるんじゃないか?」

「だと思う。もしかしたらコートも鉄板入り防弾仕様かもしれん」

 そう、ユージが感じた違和感もそれだった。レザージャケットの質感や皺が、過剰な対銃対策を連想させた。半裸の写真の骨格と監視カメラ映像の姿が違ったからだ。骨格などの観察力は拓のほうが優れている。


「これだけ着込めば、銃も利かんか」

まさに現代版完全鎧を着込んだ戦士だ。そしてどういう理由かわからないがこの男が裏社会で暴れまわっている……要約すればそういうことのようだ。


 ようやく、ユージはこの会合の意味を理解し、内心吐き出したくなるほどの不快感を覚えた。この手に負えない正体不明の<狂犬>を始末して欲しい、という事だ。


 ユージの不愉快げな表情を見て取り、裏社会の重鎮たちは笑みを浮かべた。


 誰もがムダ話は嫌いである。そして彼らは賢人を好む。


 予想したとおり、自分たちに脅威を与え続けるジョーカーは、わざわざ一から十まで説明せずとも理解してくれた。



「自分たちでやれ。俺には関係ない」

 ユージはそう答えると書類をテーブルに戻した。当然だろう、ユージはヒットマンではない。そして彼らのどの組織にもそういう始末屋は抱えているはずだ。

「もちろん、我々も内々で始末するよう手は尽くしたが無理だった。この<狂犬>を公にすることなく退治することはできない。この<狂犬>は……キミのように表の世界から派生したのではない。裏の世界の暗部から生まれた、カオスそのものだ。この<狂犬>は裏世界のこともよく知っている……街で戦争をしていいというのなら別だが、我々の手段ではもうこの男は止められんのだ。情けない話だがね」



 ……半ば本当、半ば嘘……ユージは察した。確かに並の殺し屋では勝てない、殺すには軍隊並みに組織された人間を、軍隊並みの武装でもってやらなければならない。その理屈はわかる。だが、彼らはその行動を起すことによってこの<狂犬>の興味が自分に向けられるのを忌避したい。恐らく、すでに散々そういう逆撃に遭っている。


 と、なれば……彼らとしてベストなのは、自分たちとは無縁の<死神捜査官>が退治してもらうこと……となる。しかもユージのバックにあるのは米国司法当局だ。事件が公になり騒ぎになってもユージは公に街中で戦争もできる。もし、ユージが<狂犬>に殺されるようなことになったとしても、彼らにとっては眼の上のたんこぶが一つ消えるわけで損はない。ユージへの依頼は彼らにとって多少の自尊心が傷つくだけでメリットは大きいのだ。そして、ユージもいやなことにそういう相手の腹が全部わかっている上で、恐らく断ることは出来ないだろうという予感を感じていた。ユージは立場として、そんな化物を野放しに出来ない


 そして、彼らはより駄目押しを出してきた。


「現在分かっているだけで53人が殺されている。米国で殺されたのは18人だ」

「ちょ……」

 拓は思わず身を乗り出した。一人が短期間に殺害した数でいえば犯罪史に残るレベルだ。死傷数はその1.5倍はあるだろう。


「フランスでは警官を5人、殺している。一般人の被害もある」

「司法当局としてもほっておけないとは思うがね?」

「米国で同様の被害が出ない、と言い切れるかね?」

 彼らは口々にユージを詰めた。言われなくてもユージもわかっていることだ。


 ユージはいいたい事を押し静め、黙って資料に目を落としたまま沈黙した。


 となれば、ジョンソンたちのほうが切り出さねば話は進まない。

「報酬だが……」

「報酬はいらん」

 ぴしゃり、とユージは、そこははっきり断言した。報酬など貰えば賄賂と取られかねないし、マフィアたちとの関係が<馴れ合い>のものになりかねない。

「連続殺人犯として、俺が捜査することにする。当然そちらからの情報提供の協力は絶対。もしそれがないのなら俺はこの件から降りる。そしてこの<狂犬>退治の際発覚した違法行為は……」

 ユージはそこでいったん口を止め、周りを見渡した。

「俺が、断罪する。どんな犯罪が原因でも、判明すればそこにも手をつける。見逃さない」

「…………」

 マフィアの頭目たちも、ユージの言葉の意味をかみ締め、それぞれ数人は目線を合わせあった後、静かにそれぞれがゆっくり頷きあった。


 ユージはそれを確認し頷く。


「捜査協力に関しては徹底してもらう。嘘も秘密も許さない。まずは……次のターゲット候補を教えろ」

「今は即答できない。すまないね」


 ……それがわからないこそ、米国司法の捜査力と分析力も得たいのだ……というのが彼らの返答の意味だ。ユージもその理屈は当然わかっているが、それが事実の全てだとは思っていない。

この<狂犬>はマフィアの事情に精通している。少し想像すればターゲット候補は上げられるだろう。だがそこはマフィア、ユージが介入してくる以上、そのターゲットたちの身辺をこの案件中は清潔にしなければならない。


 ユージはそのあたりの事情も分かっている。


「護衛対象を全力で探ろう。分かったらすぐ、君に連絡する」

「もしこちらが先に検討つけたらこっちが先に動く」

「構わんよ」

「じゃあ、連絡を待っている」


 ユージはそういうと、提供された資料を受け取り、席を立った。



 秘密会議は、こうして終わった。






 

「事情は了解した。そういう次第なら仕方ないだろう」


 ユージたちは夕方になる前に課長のジャック=ニコラウトにこれまでの事情と報告書を提出し彼の了解を得た。コール支局長もニコラウト課長もユージの特異な立場を知っている。裏世界がそういう修羅場になっているとすればFBIとしてもほっておけない事件だ。


 ユージと拓の二人は、ニコラウトに報告した一時間後に支局長コール=スタントンから事件をNYPDから正式にFBIが受け持つ手続きが終えたことを告げ、ユージと拓をこの事件の担当捜査官に任命した。これにより本件に関して二人はNYに存在する全ての法機関を指揮する権限を持った。






「黒い天使・災厄者 vol 2」でした。


今回はあくまで導入部でした。


半分以上は「裏社会にとっていかにユージが異常な存在か」の紹介でしたね。


「死神島」でも触れましたが、ユージは裏社会と全面戦争を潜り抜けた結果勝った人間です。かなり超人です。


ということで、裏社会にとって予想外の<狂犬>退治ということになりました。


ユージにとっては、ある意味想定外の相手です。

組織とか関係なく、実際の個人戦闘力で脅威となる超人相手となりました。

ハルクのような化物相手に、一応人類の規格であるユージがどこまで戦えるのか……。


黒い天使シリーズでは珍しい、バトル展開となります。


もっとも……この事件はハードなクライム・ストーリー……そんな単純な展開ではありません。

幾重にも張り巡るストーリーを、どうぞお楽しみ下さい。


「黒い天使・災厄者」、これからも宜しくお願いします。

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