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「黒い天使」短編集  作者: JOLちゃん
「黒い天使 中編 災厄者」シリーズ
18/206

「黒い天使・災厄者 vol 1」

「黒い天使・災厄者 vol 1」


 舞台はNY。

 裏社会を相手に戦争を始めたモノがいた。

 ソレは裏社会を戦慄させた。

 FBIの<死神捜査官>ユージ=クロベは、その巨大な災厄に巻き込まれていく。

  黒い天使 ノベル 「災厄者」


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序章

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挿絵(By みてみん)



 その男は嘗め回すようにあたりの屍を見渡す。


 凄惨な光景だった。薄暗いコンクリートに囲まれた大きな部屋の中で10人以上の男が無残な姿となっている。


 常人であれば、圧倒され嫌悪を覚える光景だろう。だが、この男にはそれはない。そもそも、この累々たる屍の作品を作った本人なのだから。


 男はその巨体を揺らし、床に脱ぎ捨てた重いレザーの上着を羽織る。ジャラジャラと、何故か金属の擦れる音がした。男は何事もないようにゆっくりと歩き出した。



 ドアを開ける。外の光が中に差し込んだ。


 男は急ぐでもなく、外の世界を眺めた。


 眼下に広がるのは……NYマンハッタンの摩天楼の夜景だ。サングラスをかけていても不自由を感じないほど深夜でも明るい不夜の街だ。



 男は歩き出した。



 再び、「殺し」を始めるために……。








 ユージ=クロベFBI連邦捜査官は、その日は特別なこともない朝を迎え、午前中は特に不機嫌になるような事はなく、長閑で平和な日常の中にいた。



 ある男が顔を出すまでは……。



 そして、その男の口から不快な頼みを聞くまでは。



 その日は、ユージは相棒の拓とチャイナタウンになるなじみの中華料理屋で昼食を食べていた。


「ちょっとでいいんだ、ミスター・クロベ。ちょっとした頼みを聞いて欲しい」


 男……マシュー=リーベルは、ご機嫌を伺うようにユージの顔を拝む。このマシューとその配下の者数名は、店にも一言断りを入れ、部下も黙って店外で控え、マシュー本人はあからさまに媚びた笑みを浮かべながら慇懃にユージに近づき挨拶してきた。彼はこのNYにおける中堅クラスのマフィア幹部の一人だ。


 マフィアの幹部だからといって恐れるユージではない。一瞥するだけでこの店絶品の春巻を口に運んでいる。


 FBI捜査官であり、マフィア世界では<アンタッチャブル・ジョーカー>もしくは<死神捜査官>と呼ばれ畏怖されているユージとマフィアたちとの関係はけして友好な関係ではない。例えるならば冷戦関係と似ている。いや、もっと分かりやすい例えをするとすればシャチと鮫の関係に近いかもしれない……。


 シャチとしては好んで鮫を食う気はないが、鮫のほうがちょっかいをかけてきたり自分の漁場を荒らすようなら、排除……食い殺す……むろんユージがシャチだ。


 そんな冷戦中の相手に、こともあろうかマフィアのマシューから媚を売るような訪問を受けたのだ。ユージにはそれが不可解であり不快だった。


「お前たちとは馴れ合いはしない。さっさと帰れ、昼飯が不味くなる」


 平和な昼食を邪魔された事も、ユージを一層不愉快にさせていた。その不快感をユージは隠そうともせず露骨に出していた。


 普段なら、ユージがこんな不愉快な表情を浮かべているときはイエロー・カードが出ているときだ。鮫は最速で他所に去る。しかしマシューは愛想笑いを消さず、揉み手で必死にユージとの会話を続けようとしている。


 だが肝心の内容に関しては「頼みがある」の一点張りで内容は言ってこない。よほどきな臭い話なのだろう。


 結局ユージたちはマシューたちを追い払い、食べていた中華料理をテイクアウトに変更してチャイナタウンを後にした。彼らは追っては来なかった。



「しかし何を頼みたかったんだ、あいつらは」


 FBI・NY支局に戻り昼食の続きを取りながら、思い出したように拓は呟く。

 ちなみに彼らの関心はあくまでユージであって、相棒とはいえただのFBI捜査官である拓には一顧もしない。ということは用があるのはやはり裏世界の<死神捜査官>のみということだろう。タレコミや脅しの類なら昼にやってくることはないし、そんな雰囲気でもなかった。ひたすら「頼みがある」という事だから、情報提供、癒着や賄賂といったごく一般的な案件ではない、もっと厄介な内容のはずだ。


「しかしそんな厄介な事件、起きていたかな?」


「今はマフィア絡みの大事件も抗争も起きてないはずだ」


 NY周辺でそういうきな臭い噂は最近耳にしていない。抗争が起きれば市警察やFBIに連絡が入る事になっている。


 もっとも二人はそれら全てを把握しているわけではない。二人は重犯罪・凶悪犯罪課所属で組織犯罪課ではない。マフィア関係担当の情報は漏洩を防ぐため関係者以外知らないこともある。とはいえユージは半分マフィア世界に浸っている人間であり、FBIの中で最もマフィア情報に精通している。


「マシューの馬鹿が何かミスしでかした。そんなところだろう」


 あまり深く考えるのはやめた。気にしていてもしょうがない。少なくとも今日の一件、危険な匂いはユージの嗅覚には届かなかった。




 翌日、そのマシューの死体を市警察が発見するまで……。




 そのマシュー=リーベルの遺体が発見されたのは、ブルックリンの安い酒場であった。


 殺害されたのは彼だけでなく、彼の部下4人、他同席していた一般人2人……もっとも店が店なので一般人といっても組織無所属のチンピラだ。あとはマスターである。合計7人の大量殺人である。


 この事件は朝、あまりの血の異臭に勘付いた住民が通報し、すぐに発見され事件となった。


 ユージたちの耳に入ったのはその日の昼過ぎ、FBIの組織犯罪担当の同僚から知らされた。さすがのユージも報を聞いたとき思わず顔を上げ沈黙した。その後市警察……NYPDに確認して誤報ではないとわかると、その情報の詳細をNYPDにFBIに送ってもらうよう頼み、FBI・NY支局に戻った。



「マシューのやつ、殺されるとはな」


 今のやりとりは、むろん隣のデスクの相棒の拓にも聞こえている。


「例の頼みは、助けてくれ……ということだったみたいだな」

「だったのかもな。そりゃ必死だったわけだ」

「気にするな。お前のせいじゃないよ。あいつは別にそこまで必死に命の危険を訴えていたわけでなかったし……」

「いや、別に俺は気にしてない」


 基本、裏社会の人間など人間扱いしていないユージだ。それに、いくつか例外はあるが、基本どの組織の肩入れも介入もしない……というのが<ジョーカー>たるユージの立場だ。


 丁度そのとき、NYPDの担当刑事からのデーターが添付されてきた。ユージは送られてきた事件報告書に目を通す。


「大体何かしら誰かとは敵対しているやつらだからな。たまたま運が……」ユージはNYPDから送られてきたデーターを見て言葉を止めた。


「どうした?」


「なるほどな」

 ユージはモニターを見つめため息をついた。事件現場の画像、そしてその実況検分調書を見て……考えていた以上の、データーだった。



「こいつは異常だな」



「ん? ……って、なんだこりゃ……」



 画面を覗き込んだ拓も思わず言葉を呑んだ。



 映し出された映像は数多く殺人現場を見てきた二人も見たことのないほどの惨状であった。歴史ある古びた酒場はまさに大量殺戮の跡そのもので、血飛沫はいたるところに飛び、肉片が散り、薬莢が至る所に散乱、椅子やテーブルはいくつも破壊され、遺体は無残なほど損壊していた。銃も落ちているが、数丁は全弾撃ちつくしスライドが下がっている。


 まるで市街戦跡のような凄まじいまでの戦闘の形跡だ。


「事件は夜だろ? これだけ暴れて、通報が朝っていうのは有りえないな」

「あの一帯は今でも警官不信者が多いからな。それに厄介事に巻き込まれたくなかったのだろう」

人と人が殺しあった跡には見えない。モンスターが暴れた跡というのが一番状況に合う。


「なんかのホラー映画か? 熊かエイリアンとでも戦闘したか?」


「マフィア同士の抗争でこんなにはならないだろうし、殺人狂とかそういったものでもなさそうだ」


「被害者は下っ端でもマフィアの関係者だ。そんな相手を悪魔崇拝の生贄に……という事はないわな」


 米国ではキリスト教の国であるが、逆にその反対となる悪魔主義者というのも、カルト系から悪魔研究者関係まで結構な数が存在する。この手の殺人事件はけしてめずらしくはない。ただ、その場合被害に遭うのは女子供、身元の割れにくいホームレスが多く、マフィアを生贄に選ぶとは考えにくい。しかもブルックリンの下町街で悪魔主義者の仕業は有りえない。


 これだけの情報では何が起きたか分からない。


 だからユージたちは直接NYPD本部に出向くことを決めた。幸い今ユージも拓も大きな事件は抱えていない。場合によっては担当課ではないが事件を引き継ぐかもしれない。ユージはその程度に考えていた。だが、事態はすでにそんな生易しいものではなかった。好む好まざるを関わらず、すでにユージは当事者となっていた。


 まさに二人がFBI支局を出ようとしたときだ。ユージの携帯が鳴った。番号は知らない番号だ。相手は分からないが用件は想像するまでもないだろう。



「人気者だな、お前」


「出たくないが……出ないとデスクや自宅にかかってきそうだ」


 それはまずい。ユージはため息をつき、電話を取り、まず名乗る。先方の咳払いが聞こえた。若い声ではないようだ。



『キミと話がしたい。ミスター・クロベ……私は組織を纏めている者だ。実は私だけではないのだよ。私同様の組織を持っている者が数名一緒だ。……このNYで非常に力を持っている。その我々が、君と話をしたがっている……これは重要――』


「……ロジェンスキーやフランキー=ゴードン……もいるか?」会話を遮るユージ。


『……いるよ……』

 男は静かに、すぐに動じることなく答えた。


「ラザニアやフォアグラ、タコス、飲茶、エンバナーダ、ガラナ飲料……どれが揃っている?」


 電話はスピーカーフォンにしてあり拓にも聞こえている。


 上手い言い方だ、と拓は感心した。接触してきたのは間違いなく有名なマフィアや、ファミリーのドンからの電話だ。だがユージは裏世界も詳しい。どの組織が集まっているのか、そのマフィアや組織の名称を食材で例えて知ろうというのだ。



『他に欧州人と中国人だ。君の知人もいる』



「…………」



 どうやら裏社会のサミットが始まっているらしい。



『会えないかね? 場所や時間は君に一任しよう。ただできれば急いで欲しい。我々はすでに集まっている。できればこのあとすぐが好ましい。皆、忙しい身だからね』


「わがままな話だな」


『すまない』


「JFK空港……国際線搭乗ロビーの中、一時間後だ」


『…………』


「部屋は用意させる。飲み物はロビー内のカフェから持ち込めばいい。部屋はこちらが指定する。パスポートを忘れるなよ。部下の入室は誰も認めん。もう集まっているのなら話はすぐ伝わるだろう。あとはそっちの連絡先を教えろ」


『では一時間後こちらから連絡しよう。この会談を受けてくれた事に、まずは皆を代表して礼を言わせて貰う』



「…………」



 ユージは電話を懐中に戻し拓を見た。だが拓はヤレヤレと苦笑するだけだ。


「相手の指定は俺じゃないし」


「なんで厄介事ばかり俺に来るんだ?」

「そういう運命だ、諦めろよ。で? お前は空港に行くとして、俺はどうする?」

「相手がマフィアやファミリーのボスなら、第三者も立ち会ってくれたほうがいい。相手が何をいうか分からんが、どっちにしても結果は支局長には報告する。その時の証人がほしい」


 元々マフィアたちと関係のあるユージだが、その関係に馴れ合いは無く癒着もないが、秘密会談なんぞを勝手に行ったとなれば後で別の火種となって振りかかるかも知れない。支局長のコール=スタントンは幸いユージの理解者だが、全ての上層部がそうではない。どの道報告は行う予定だが、どこまで報告するかは内容次第による。結局話を聞かないと判断できないのは事実だった。




 ユージ=クロベが巻き込まれた……凄惨な事件の始まりだった。




「黒い天使・災厄者 vol 1」でした。


今回は序章です。

今回はハードボイルド・クラスムストーリーで、シリススです。短編シリーズというにはやや長いですが、長編とするほど長くはありません。

 

ユージがメインで、拓も出てます。

そして、サクラとJOLJUもちゃんと参入してきます。しないと「黒い天使」になりませんし。飛鳥やセシルはお休みになります。他に「黒い天使長編・死神島」で登場したアレックスやコール支局長も、FBI関係者として登場します。


結構ハードな描写、シリアス展開になっています。


「黒い天使」シリーズをこれからも宜しくお願いします。

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