黒い天使短編「あぶないFBI」3END
「あぶないFBI」3END
ユージのトンデモ日常事件完結!
割とすごい事件だがユージにとっては何でもない。
そして少しズルもしている。
だがユージにとってこの程度は日常!
***
「ちょっとまて。どうなっている?」
「はい?」
「ナカムラ捜査官はカービン銃でスコープもついているから狙撃できるのは分かる。どうしてお前は拳銃なのに200ヤード先の狙撃手が撃てる? 第一、お前たちは撃たれる前にどうして避けられる?」
「ああ、成程。俺は無理です。あれができるのはユージだけです」と拓。
「エダとサクラもできる」
全員クロベ・ファミリーである。事実を言っただけだが、信じていないコールは「また、こいつ上司を馬鹿にしやがって」と睨んでいる。
エダとサクラは第六感の直観力で超能力だが、ユージのものは経験と野生の勘である。
「どんなに気配を隠しても機械でない限りトリガーを引く瞬間<殺気>を放ちます。それで分かる……としかいいようがありません。視線の強い感じといえばいいですかね?」
事実である。
しかし「殺気を感じたから避けて反撃しました」なんて報告書に書いていいわけはない。
「180mなんて44マグナムなら当たります。44マグナムの有効射程距離は150mですがスチールターゲット競技だと200mの標的も撃ちます。俺の感覚だと<殺す>のであれば250mまでならば狙い撃ちます。当てるだけでいいのならば300mなんとか」
「お前は本当に人間か?」
「残念ですが人間です」
昔から散々言われ続けた言葉だ。
射撃や戦闘力だけではなく医学面でもしばしば同業者たちから感嘆半分唖然半分で言われる。
ユージが堂々と44マグナムを使用する理由の一つは、この有効射程の長さと威力だ。普通ならば自動小銃が必要でも(一般的には50m以上はライフル)44マグナムであれば必要ない。街中で対応する事件は200m以内だ。50m以内であれば車内にいても致命傷を与えられるし、市販の防弾ベストを着ていたとしても、弾は止められるがしばらく行動不能にできる。
普通ならば
拳銃→SMG→5.56ミリ自動小銃→7.62ミリライフル
となるところを
DE44→7.62ミリライフル
と、ここまでカバーできる。
報告書でも使用許可でもその説明を当局に提出して使っている。科学的にいえばそうかもしれないが、拳銃をそんなに使いこなす人間はFBIでもいやしない。
射撃が苦手(15m先のターゲットになんとか合格点が出せる程度)のコールからすれば全く理解できない。ちなみにコールはFBIの規約でギリギリの腕だが、同レベル基準のNYPDはともかく地方の郡保安官助手レベルであればこの程度の腕はざらにいる。
ユージが救いようのない?のは、ライフルの射撃も近接戦闘でも化物で、1kmでも平然と射殺するし、身長2m体重150kgのプロレスラーみたいな暴徒も簡単にねじ伏せて倒してしまう。
ここまでくると人間ではなくターミネーターではないか、と言いたい。
「本題はこれからです。この先が重要ですから」
コールの苦悩など何処吹く風、ユージは動画の再生を求めた。
ここまではただ「よくわからないが武装した馬鹿を制圧した」だけだ。この連中が何をしていたかが、FBI捜査官にとっては重要な点である。
もうギャングたちは全滅した。運良く死なずに済んだ者も重傷で動けない。そこは天才外科医でもあるユージ、全員緊急処置は必要ないと判断すると、肝心の事件捜査に戻った。
この連中はただ集まっていたわけではない。何か取引をしていたはずだ。
物はすぐに見つかった。
バッグ一杯に入った違法ドラッグと10万ドル、そしてラックトップが一つ。
「それだけ? マイアミからわざわざ来てSMGで重武装して双方10人以上やってきてこんだけ?」
サクラが楽しそうに乗り出してきた。ちなみに拓は負傷者を拘束バンドで縛りに行っていていない。
三回くらいユージはサクラを押しのけたが、サクラは興味津々で入ってくるのでユージも諦めた。
「今インフレでNYは物価が高い。マイアミで捌くより2割くらい高く売れる」
全米で一番物価が高いのがNYだ。
しかしNYにはNYの悪党の縄張りがある。
「ああ、そういうことか。ズルしやがって」
「ん?」
「俺を利用しやがった」
「あー密告。そういうことか。シマ荒らしの制裁ユージ発動!」
この情報を、情報屋を通じてユージに報せたのはNYのマフィアの誰かだ。
本来シマを荒らされたマフィアたち自身が制裁に動くのが裏世界のルールだが、いくらマフィアで悪党とはいえ人殺しをしたり、挙句マイアミギャングと戦争になれば警察だって黙ってはいないし自分たちにも被害が出る。しかしユージが始末してしまえば戦争にはならないし自分たちの組織の中から罪をかぶって出頭する生贄の人柱を出さずに済む。
本来ならばこれはこれで怒っていい事案だが、こういうことにユージは慣れている。
「誰か黒幕かはすぐに分かるし、貸しにしとくからいい」
「にしても取引少なくない?」
10万ドル程度の取引などFBIが乗り出すまでもない事案だ。
戦争を覚悟してやるほどの取引ではない。
さすがにユージも分かっている。
「これはブツのサンプルと見せ金だ。本取引は後日で、金のやり取りは振り込みだ。……冷えるな」
そういうとユージは上着の前を閉じた。
そして……カメラは上着で隠れた。
「そのラックトップの履歴を見てみろ、多分金の振り込み記録が残っている」
「JO~」
JOLJUが画面外で返事をした。
ポン、と何か叩く音(ユージがサクラの頭を叩いた音)がして
「さっき蹴飛ばして気絶した阿呆がいる。死んでいない。いつ届くか聞いてこい」
「ほーい」
とサクラの声と走っていく足音だけが聞こえる。
肝心のユージは懐から煙草を取り出して暢気に吸い始めた。
「お前! サクラ君に何をさせとる! しかもカメラを隠すな!」
「俺は拓に言ったんです。で、カメラが隠れたのは偶然ですね。冷えたので」
これは嘘なのはいうまでもない。
ちなみに昨夜のNYの最低気温は18℃で寒くはない。
さすがにサクラとJOLJUを捜査に使うことがバレるとマズいからわざとカメラは隠したのだ。そして勝手に(これは違法行為)捜査の手伝いをしているサクラとJOLJUの姿は映っていない。
この二人にかかれば秘密などない。
気絶していようがサクラは相手の頭の中に入り込んで記憶を読めるし、JOLJUにかかればいくら対策をとったデータでも引き出せる。しかし本来FBIでも令状や許可が必要な行為だし、本当にこの二人が入手(本当にこの二人がしているが)した情報は正式な裁判では証拠能力がない。ユージもここまでやったのだから、あとは応援を呼んで正規の手続きをすればいいのだが、それでは今夜は徹夜だ。
元々晩御飯を食べに外出していて腹も減ってきた。
ユージ自身任命を受けた捜査ではないし、もう面倒くさくなった。
結果……本来の取引は3000万ドル。500kgの違法ドラッグがNY港のコンテナの中にあることが判明した。
ユージは英語でも日本語でもない、聞いたことのない言語で何か命令し、サクラとJOLJUが同じくよく分からない言語で短く応答した。ちなみに喋っているのは銀河連合という異星人の世界の共通言語で、地球人でこの言語を理解できるのはエダだけだ。拓も分からない。しかも早口だから他の人間にはチンプンカンプンだ。
「銀行は送金エラーにして振り込み口座と受け取り口座は凍結させました。連中が仕組んだバグでしょう。NY港コンテナは今朝NYPDと一緒に押さえました」
「…………」
頭を抱えて無言になるコール……と、呆れる拓。
これは全部サクラとJOLJUがやったことだ。
が、記録と報告書では「たまたま拓が調べて判明した」となっている。カメラにサクラたちは映っていないし、未知の言語もクロベ家の暗号だからユージはいくらでも嘘を答えられる。これをFBIが追及してもユージの嘘を暴くことはできない。
ユージがこんなズルをした理由はただ一つ。
腹が減って、もう帰りたいからだ。
こんな自分勝手な捜査官がいていいのか!
しかし報告書と現状の矛盾はない。
ラックトップにも現場にもサクラの形跡はないから(サクラはそもそも指紋をつけず色々なことが出来る。JOLJUに至っては指紋すらない)当局はユージの報告を事実と認定するしかない。
ということで、事件の報告は終わった。
「組織の追求とバックグラウンドの捜査はNYPDがやるそうなので、FBIはこの銃撃事件で手を引いていいそうです」
「何でFBIの組織犯罪対策班に引き継がん?」
「大事件にしたくないじゃないですか。面倒くさい」
マフィアと半グレの抗争なんか興味もない、と平然としているユージ。
得をするのはNYPDだ。
経過はどうであれ大きな取引を阻止した。NYPD署長はホクホクの笑顔でNYPDの活動成果をマスコミに発表するだろう。FBIと警察の違いは活動成果に点数があり、上層部や最高責任者である市長にとっては大きなポイントだ。
色々派手に暴れまわるユージだが、NYPDや他のFBIの同僚、果ては裏社会トップと友好関係なのは、ユージは簡単に手柄を譲ってくれるし、必要以上に捜査を拡大させないからだ。ユージは正義絶対主義ではなく自分に降り掛かる火の粉は払うだけだ。保身ではなくただ面倒くさいだけだ。世界から全ての犯罪を撲滅しよう……みたいな理想はない。誰も信じてくれないが、ユージは出世に興味はなく平穏に過ごせればそれでいい。
しかし……これはユージの勝手な態度。
後始末をしたり関係各所に連絡をしたり報告をしたり、最終的に責任を取るのは支局長であるコールだ。
この苦労を少しは考えろ! とコールは怒鳴りたい。それを口に出すほどコールは狭量ではない。
「サクラの件は反省しています。次はあいつには関わらせません」
「当たり前だ!」
「で……サクラ以外で問題はありますか?」
「お前の存在自体が問題だ」
そういうとコールは報告書のデータが入ったラックトップを置いた。
この件はこれ以上聞いても仕方がない。
色々問題はあるが、一応フォローさえすれば違法行為はない。
それに、この程度の事件はこの男はしょっちゅうで、一々問題にしていたら限がない。当人のメンタルは鋼鉄どころかチタン合金か何かで出来ているので、気に掛ける必要もない。
ユージに言わせたら、悪党20人よりコールの小言のほうが苦手だ。
「分かった。報告書は受理する。好きにしろ」
嫌味たっぷりに……コールはそう宣言した。
これでこの事件も終わりだ。
「しばらく暴れるな。こんな事が毎週続けば私の心臓が止まる」
「その時は俺が無料で救命しますからご心配なく」
「…………」
どうして「すみません、以後注意します」と答えられないのか……と、コールと拓は同時に呆れた。
まぁ本人に悪気はないのだが。
ユージと拓が立ち上がり支局長室を出ていこうとしたとき、コールが釘を刺した。
「当分支局内で大人しくしろ」
「俺が事件を起こしているのではなく、勝手に事件が起きるので、俺のせいではないですよ。後、午後はちょっと出ます」
「どこにだ」
「俺を利用したマフィアの馬鹿を殴りにいってきます。大丈夫、殴って脅すだけで殺しませんし逮捕もしませんから。やることはやっておかないとあいつらも図に乗りますから」
……事件を起こすなといった直後の行動がそれか……!
と、コールは怒鳴りたかったが、さすがに馬鹿らしくなっていうのをやめた。怒鳴るだけ体力の無駄である。裏世界に対して慣れあうことはしない。それがユージである。
こうして、いつものNYの日々が戻った。
この程度の事件は、ユージ=クロベにとってはありふれた日常である。
ちなみにこの日の夜……ユージは高級ケーキ店のデラックスフルーツパイを持って帰宅した。マフィアの連中の詫びの品だ。この程度でいいのである。間違っても金を貰ったりはしない。そういう癒着をしないのもユージの美点で、それはコールも理解している。
そしてこのお土産に一番喜んだのはサクラとJOLJUだった。
サクラにとっても、この程度の事件は日常である。
その後裏社会の一部で多少のいざこざはあったようだが、それはまた別の物語である。
「あぶないFBI」3ENDでした!
ユージ、大暴れでした。
でもこれが日常ですw
これだけやらかしてもケロっとしています。
まぁ……普通なら報奨金やら危険手当やらなにやら出るんですけど、ユージ本人がこの態度なのでそれは出ませんし、FBI捜査官としての点数(本当なら評価点がつきます)もつかないから同僚たちの嫉妬も受けないです。本当ユージにとっては日常です。
ぶっちゃけサクラとJOLJUを出したのはオマケです。
別にサクラたちがいなくても結果は変わりませんが、一応この作品は「黒い天使」なのでサクラがでてこないとますい、ということで出てきます。もっともサクラがしゃしゃり出ても気にしていない、という点がユージにとって日常で、特別ではないということですが。
本当に大事件の時はさすがにサクラは使いません。
逆にユージでも手に余るときはJOLJUの手は借りるときはあります。サクラが手伝うのは本人の好奇心で勝手に手伝うだけですが、本当に大事件の時はユージもサクラがその気ならいいように利用します。このあたりはちょっと特別なクロベ家です。
今回は「ハードボイルドっぽいコメディー」です。
振り回される常識人の上司、コール支局長とのドタバタです。
なんだかんだいってコールはユージの理解者で、米国組織で唯一ユージを取り扱える上級者ということで政府や裏社会から一目置かれているコール支局長です。相棒の拓ちんは半分諦めているので、ユージを扱えるのは世界広しといえどもコールとエダだけです。
ということで今回の短編も終わりです。
次はサクラとJOLJUと飛鳥の話の予定です。
これからも「黒い天使短編日常編」をよろしくお願いします。




