黒い天使短編「人生最後の生きた証」6
「人生最後の生きた証」6
サクラがゴネるのでオヤツタイム!
ユージは拓と情報交換を行う。
そこでいくつか情報は得られたが、目新しいものはない。
と。
あるヒントが拓の口から飛び出す。
***
サクラが「チョコケーキが食べたい、高くて美味しいやつ!」と煩いので、パリのカフェで三時のおやつを食べることにし、マクギーからの連絡を待った。
サクラは事件のことなど大して興味はなくケーキを満喫していたが、ユージは他にやることがあった。
コーヒーを飲みながら愛用のラットクップを開き、通信での捜査会議だ。
相手は米国本土の拓だ。
拓もすでに三時間ほど前、コールからユージの事件を聞き、ユージのバックアップの任務に入っている。
すでにユージが得た情報は拓と共有している。
『ま……お前がCIAで得た情報以上にすごい情報はないけどな』
拓が本件に関わってからまだ三時間だ。そんなにすぐに新情報はないが、少しは別の情報も仕入れていた。
情報はCIAの裏社会の情勢ではなく、FBIらしい事件の鑑識結果とそこから判明した科学的な情報だ。
『使用された32口径は報告どおりワルサーだよ。ライフリングで判明した。PPKかPPかまでは分からないけど。過去事件で使用されたこともあるけど全部未解決事件のプロの殺し屋案件。ライフリングが違うからバレルは交換しているけど手際は同じ。米国で2回、ユーロポートのデーターでは9回。つまりプロの殺し屋愛用だ』
32口径のワルサーは100万丁以上売れているベストセラーで、生産は今でも続いている。ドイツのワルサー社純正だけではなくフランスや米国でも生産されているし、コピー品も山ほどある。
「DNAや指紋は?」
『プロの殺し屋がそんなヘマしないだろ? パリ警視庁からの検視データーを見たけど使用した弾丸のメーカーもごく普通の流通品でそこから辿るのも無理だ』
「面白い情報っていうのは?」
『犯行は一人だけど4丁使われている。これはパリ警視庁の鑑識結果』
「ワルサーは小型拳銃だし現場にマガジンは捨てられていなかった。何丁も持てるから使いまわしたんだろう。しかし珍しいことするな」
オートマチック拳銃の弱点は弾切れのときだ。間断なく撃ちまくるのであればマガジンチェンジはせず新しい銃を取り出すほうが対応は早い。ワルサーPPKであればポケットに入るからホルスターも使えば最大8丁くらい持っていても拳銃を持っている事はバレない。小型サイレンサーをつけても30cmくらいだ。
『でもそんなに撃つのなら、普通に多弾数オートを持ったほうが効率はいいし楽なはずだけどな』
15発以上入る普通のオートマチック拳銃ならば二丁で済む。
別にワルサーPPKは特に精度が優れているわけではない。デザインと携帯性と使いやすさ、メディアでの露出が多いことが人気の理由で、普通の使用用途は戦闘用ではなく護身用だ。
この殺し屋はよほどワルサーに拘っているようだ。愛好家のレベルといっていい。
『なので政府系の殺し屋の線はない。政府系はこんな酔狂なプロは使わない』
「それはCIAでも聞いた」
『あくまで可能性だけど、犯人の正体は音楽関係者じゃないか?』
「誰が言ったんだ? それ」
『アレックスが。ああ、アレックス、今連続殺人事件のプロファイリングでNYに来ているんだ。ついでにこっちのプロファイリングを頼んだら、そう言った。分析だとこの犯人は両利きで、マガジンチェンジをしないのも過度に手の保護をしたいのかもしれないってさ。小口径を使用するのも手に負担をかけたくないのかもしれない。後銃声が小さくなるだろ? 耳を保護しているのかもしれない。サイレンサーの効果が9ミリ以上と9ミリ以下だと段違いに違うから』
「面白い見解だな」
ユージも少し感心した。
これが普通の捜査官の発想なら笑うところだが、アレックスは全米一の犯罪プロファイラーで、その頭脳力と分析力は全米屈指だ。いい加減な推理はしない。
成程……ピアニストなりヴァイオリストなりであれば両手を使うし手や耳の保護にも気をつける。
他に根拠もある。どうやらこの殺し屋は欧米を中心に色々移動しているが、音楽家は必ず大きな楽器を持ち歩く。プロの腕を使えばそれらに銃を隠すことが出来る。隠すのなら小さい拳銃が楽だ。税関も有名な音楽家の高価な楽器を壊してまで調べたりはしない。これはユージも潜入捜査官時代使った手で、ユージの場合はギターだった。
そして身なりのいい紳士。高級ホテルでも怪しまれない雰囲気があり、ホテルの防犯やシステムを知っている。音楽関係者は欧州中のホテルを渡り歩き、その辺りも熟知している。明らかに柄の悪い人間や麻薬の売人のような派手な人間はホテル側も警戒するし覚えられてしまう。しかしホテル側の証言に不審者の証言はほとんどない。
「サクラじゃないが、<ジョン・ウィック>か<ジェームズ・ボンド>系の紳士タイプで<ドゥエイン・ジョンソン>タイプではないわけだな」
だとすれば音楽家というのもロックやポップスではなくクラシックか。裏社会と接点があるとは思えないから、表の顔と裏の顔は全く別なのだろう。
成程、プロの殺し屋だ。
『気をつけろよ。腕は抜群にいいぞ。ワルサーなんて狙って撃つ銃じゃない。だけど被害者は皆全員一発で致命傷を与えている。ま、お前には劣るだろうケド』
「俺レベルがそこらにいてたまるか」
伊達に<死神捜査官>とは呼ばれていない。一体どれだけの高名なプロの殺し屋がユージと戦って返り討ちにあったか。FBIでは捜査官というより半分は<裏社会トラップ>扱いで犯罪者自動駆除機と思っている。
「ボルド=グドンとやらと接触したら、また連絡する。その時アレックスが残っていたら意見を聞いておいてくれ」
『簡単にいうよお前。FBIではアレックスのほうが上級だぞ? 俺たち相当アレックスに借りが貯まっているんだぞ?』
「いつかまとめて返すと言っていてくれ」
『それは絶対返す気のない人間の台詞』
そう悪態をつくと拓は通信を切った。
ユージはタブレットを閉じた。大した情報はなかった。
と……チョコレートケーキを食べながら話を盗み聞いていたサクラが「ユージユージ」とフォークで突く。
「音楽家の殺し屋ならセシルが何か知ってるんじゃない?」
セシルは音楽家でCIAの秘密工作員、そして元はフランス・マフィアの少女殺し屋だった。
ユージは温くなったコーヒーに口をつける。
「セシルは巻き込めない。バレたら大事だ」
「セシルには優しいコトで」
「殺し屋時代は末端だ。それにセシルを使っていた組織は俺が完全にぶっ潰してファミリーは全員殺した。生き残りはいない」
「殺し屋界は知らないかもしけないけど、怪しい音楽関係者は知っているかもよ? 同じ狢のプロだし」
「セシルは巻き込まない」
「あたしは巻き込むのに……この<美少女ホイホイ>め!」
「お前に表の顔はないしCIAでもない。第一お前は勝手に首を突っ込んでいるんだ! 巻き込んでいるんじゃない」
ぶすーっとむくれるサクラ。
しかしこれはこれで面白くなりそうになってきたので、これで辞めるサクラではなかった。
「一つ気になったんだけど?」
特製ホットチョコレートを啜りながらサクラはユージを見た。
「こんなに凄腕の殺し屋だったらさ。どっかの<死神捜査官>殺しを依頼したりはしなかったのかね? 依頼がなくても殺しに来ても良さそうなものなのに」
「引退していたからだろ?」
「二年前に復職してたンでしょ?」
「金に興味はなかったんだろ? 知るか、そんなもん」
ユージと裏社会が緊張感ある和解をしたのは3年前だ。
全面戦争中、ユージの首に懸けられた賞金は最大5000万ドルだった。その頃は毎週賞金目当ての悪党、殺し屋が競って襲ってきて見事に全員返り討ちにあった。今は和解協定が結ばれて賞金は公には取り下げられたが、今でも裏では秘かに賞金が懸けられていて額は下がったが殺せばいろんな組織から合わせて1000万ドルくらいは支払われるといわれている。だから今でも普通にどこでも命を狙われている。もっとも最近はユージの強さのほうが知れ渡り、組織関係者はまず襲ってこない。来るのは余程頭の悪い馬鹿くらいだ。それでも結構な数の馬鹿がいて死体が量産されているが。
サクラの意見を鼻で笑って却下したユージだが、その着眼点が意外にいいところをついている事に気づいた。
この殺し屋は金では動いていない。
サクラの言うとおり、腕に自信がある殺し屋で金が目的であればユージを狙うという選択肢を考えるのは自然だ。
しかも今ユージは米国ではなくフランスに着ている。フリーランスのプロの殺し屋は独自の情報網を持っているだろうし、CIAやマフィア連中もユージを見つけているから見つけることは出来るはずだ。
金が目的ではなく、どこか組織のためでもない……。
とすれば、このドイツの老人殺し屋の目的は何だ?
そこがこの事件の謎を解く鍵になるのかもしれない。
「人生最後の生きた証」6でした。
拓ちん登場!
まぁほとんどゲストみたいなものですが。
そして同じくセリフはないけどちょこっとゲストでアレックスも登場。彼の場合は拓と違いここだけの登場です。基本ワシントン本部の人間ですし、専門も犯罪者心理分析のプロファイラーですし。しかしこの分野にかけてはトップでユージや拓も及びません。
もしかして音楽家?
ここでセシルも関係してくるのか?
しかし当のセシルは特に情報がない。
そう、この事件はまだまだ序の口です。
次回はCIA内通者との回。
これで何かがわかるかも?
この事件はまだまだ続きます。
これからも「黒い天使短編・日常編」をよろしくお願いします。




