黒い天使短編「人生最後の生きた証」5
「人生最後の生きた証」5
CIAパリ支局。
そこで殺し屋の情報を聞くユージ。
謎の殺し屋は伝説の殺し屋!
そしてその活動は二年前から。
その目的は?
***
CIA・パリ支局。
ユージとサクラがフランスらしいモダンな欧州風にアレンジされたCIAのパリ支局にやってきたのは、午後2時過ぎだった。
すぐに中肉中背で、ヒゲを蓄えた中年男がユージを出迎えた。
「やあ、クロベ捜査官。久しぶりだな」
「どうもマクギー捜査官。海兵隊殺人事件以来だな」
「ああ。2年前だな」
「あの時はNCISのヘルプだった。今回はパリ警視庁のヘルプだ」
「ワシントンのFBI本部とCIA本部から、君の捜査の手伝いをするよう通達が来ている。ここの設備は自由に使ってくれ」
施設はパリらしく無骨さはなく、間取りもオシャレでインテリアなどところどころ置かれていていかにも欧州らしいが、最新のコンピューターやモニターなどの機器もちゃんと設置されている。
ユージはチラリと周囲を見た。
どうも空気が緊張している。3つある巨大モニターには衛星画像や北アフリカの米軍の情報が流れていたり、こちらには興味を示さず通信に集中している局員もいる。職員の数も多い。
「何か作戦前か?」
「実はそうだ。北アフリカからの移民マフィアの一斉検挙作戦の進行中だ。まぁマフィアというよりテロリスト退治だ。難民や移民に混ぜて左翼系過激派テロリストを送り込んでくる。それを一網打尽にするのが作戦だ」
欧州は、今やアフリカ系やイスラム系の移民や難民が多く不法密航者も多い。反米組織はそのルートを取り仕切っている。人だけでなく、武器や麻薬などの密輸もやっていて欧州の警察を悩ませている。その多くが中東の反米組織と繋がりがあったり関係があったりするので、CIAが捜査と対応で動いているのだ。
しかしそれは国防に関わるテロ案件だからだ。本来はマフィアを担当することはない。
米国本国の事件と関係があればFBIが海外でマフィアの捜査をすることもある。だが今回は米国本土の事件ではない。ユージだって好んで海外の事件に首を突っ込む趣味はない。
「何で俺を呼んだ?」
「昨夜殺された悪党の中にチェチェン・マフィアのグレゴリー=ボルトニコフがいただろう?」
「ああ、いた」
「ボルトニコフが最近まで取引をしていたのが、移民系マフィアのドルコ=モンバの組織だ。このパリを拠点にしているアフリカ系のマフィアだ」
「それが俺とどう関係がある?」
「<シャドー・プロフェッソア>という男を知っているか?」
「誰だそれ」
「<影のプロフェッサー>。英語とドイツ語のミックス」
ユージの後ろで姿を消して隠れているサクラが小さい声で翻訳する。どうやらドイツ人らしい。
「ドイツ人の殺し屋か。しかし聞いたことがないな」
ユージは裏世界のプロフェッショナルで、世界中の有名な殺し屋の名前は知っている。しかしその名前には聞き覚えがない。
マクギーは苦笑した。
「君が知っている裏世界は精々10年といったところだろう? <シャドー・プロフェッソア>が主に活動していたのは30年から20年前だ。もう引退したと思われていた」
「…………」
確かにそんな昔の殺し屋ならばユージの専門外だ。
だが、それにしても随分老人が出てきたものだ。それが本当ならばもう60歳は超えている。
それにユージが耳にしたことがないということは、ここ最近は活動していなかったということか? それが急にどうして動き出したのか。
ユージの不審げな表情を見て、マクギーはユージが何を思ったか悟った。
「そのプロフェッサーだが、実は二年ほど前から急に活動を再開したようだ。状況証拠で国もバラバラだから、ユーロポートにも情報は少ない。我々が知っているのは、たまたまなのだ」
そういうとマクギーはPCの前に移動し、データーを大型モニターに映した。
「二年前ウィーンの麻薬組織の大物と手下4人が謎の殺し屋によって殺害。一年前モスクワでマルクス=ロベノビッチとキンベット=スベルコフが何者かに射殺。他にも確証はないがそれらしい事件が数件。そして半年前イタリアでミーナ=ヨハンセンが隠れ家で射殺された」
「ミーナ=ヨハンセン? <黒薔薇の毒婦人>か?」
この老婦人は知っている。裏世界でも有名な大物女ボスだった。ただし彼女は3年前に引退したはずだ。
ただの引退ではない。裏世界で問題が起き、情報協力を条件に、彼女はCIAに保護されて、ここ3年はCIAの秘密の隠れ家で裏世界とは無縁の生活を送っていた。ちゃんとCIAの護衛もついていて、居場所は完全に秘されていた。その彼女が殺された。
この事件があって、CIAは<影のプロフェッサー>を追っていた。そこに今回の事件だ。
「どうやらドイツ人で、背は180から190cm。年齢は推定60から65歳だが変装をするので顔は分かっていない。髪や指紋一つ残さないが、この男の犯行はすぐに分かる」
「愛用銃がワルサーPPKの32口径?」
「そうだ。32口径だけではなく9ミリを使うこともあるが、使用するのはワルサーP38かP5。新しいP99系やP88といったダブルカアラム・マガジンは使用しない。ワルサーのオタクというより骨董品愛好家だ」
「米国人だって頑なにM1911ミリタリーしか使わん奴がいるし、SAA愛好家もいる。クラシックのワルサー愛好家の殺し屋がいてもそんなに違和感はない。PPKは今もベストセラーで販売されているし流通も多いから、そこから追いかけるのは困難だな」
「44マグナムを振り回す正義の味方気取りの死神もいるしね」
ボソリと呟くサクラ。そしてユージにこっそり蹴飛ばされた。
それに重要なことはそこではない。
ユージは妙なことに気づいた。
「<黒薔薇の毒婦人>とグレゴリー=ボルトニコフは対立してなかったか? 俺の記憶だが」
「ミーナ=ヨハンセンはロシアン・マフィアと強いコネクションがあった。我々のデーターでもそうなっている」
「第三勢力の仕業か?」
マクギーは苦笑しながら頭を振った。
「そういう裏世界関係は君のほうが専門だろう。我々CIAはそこまでマフィアに詳しくはないからね。そこは君に任せる」
「まさかどこかの政府が裏世界の掃除に雇っているって事は?」
「その線は半年前にCIAも検討して捜査した。しかしそれはない」
「俺を呼んだのはドイツの殺し屋の情報を伝えるだけか? 電話でいいだろう」
「極秘情報がある。オフレコで」
マクギーは周囲を見渡し、声を潜めた。電話やメールでは伝えたくない、本当の用件はここからのようだ。
「ドルコ=モンバの右腕でボルド=グドンという男がいる。実はこの男はCIAの内通者なんだが……『今度は自分たちがきっとプロフェッサーに狙われる』と助けを求めてきた。しかもどこで知ったのか、君に密かに会って保護して欲しいそうだ」
「なんで俺がパリにいるって知っているんだ?」
今回は仕事ではなく観光に来ている。FBIには報告しているが他に喋っていたわけではない。
「君は目立つからな。市内でいるのを見た人間がいたんだろう。誰も観光していると思わんだろうしね」
「ユージ目立つよ。背の高い日本人で、長髪でカタギに見えないし銃も持ってるし」
またもこっそり呟くサクラ。ちゃんと日本語でユージにしか聞こえないように。
目立つのも自己防衛の一つだ。裏世界の有名人ほどユージが化け物で、絶対に銃を持ち、見える所にFBIのバッチを身につけ、しかも<殺しのライセンス>を持っていることは知れ渡っている。 例え外国でもユージはホイホイ出てきた悪党を大した理由もなく射殺しても許される……と思われている。事実だが。
「分かった。ボルド=グドンとやらの面会をセッティングしてくれ。夜になる前に。銃や余計な護衛は連れてくるな、と。俺に銃を向けたらCIAの嘱託だろうが内通者だろうが死体袋行きにする」
「どっちが裏世界の人間か分からんな」
「HKUSPコンパクト9ミリとM1991コンパクト・45口径の弾とマガジンがあったらくれ。5つずつほど」
「それならあるだろう。他には?」
「バックアップ用にグロック26。予備マガジンは一つでいい」
「防弾ベストは?」
「いらん」
ユージは正規の捜査の時以外は防弾ベストをつけない。警戒していると思われたくない。邪魔な防弾ベストをつけて動きが鈍るより、素早く相手より速く撃ちぬくというのがユージの主義だ。
それらの銃と弾薬、CIA用の電子端末を受け取るとCIA・パリ支局を後にした。
ボルド=グドンとの面会は早々にCIAがセッティングして連絡してくるだろう。
「人生最後の生きた証」5でした。
今回はCIAにきて情報採取。
さすがにCIAはいろいろ知っていますが、CIAはそもそも犯罪組織が専門分野ではなく米国の国防と諜報がメインなので別に本腰は入れていません。ユージにしたって海外案件で関係はないのですが、実はユージは裏社会に精通しているということで結構海外捜査を頼まれますが、その時は海外で捜査権があるCIAやNSAやNCIS協力、もしくは出向という形になります。割とCIAにはよく出向しますね。これはユージだけで基本FBI捜査官はそんなことはしないのですが。
次回、CIA関係者と接触……の絵に、本土の拓との連絡会があります。
今のところはふつうのハードボイルド系ポリティカルドラマですね。
サクラは今のところついてきているだけのただのパセリw
とはいえこれは「黒い天使」なのでサクラもどこかで活躍があります!
ということでまだまだ続きます。
これからも「黒い天使短編・日常編」をよろしくお願いします。




