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二章・3

 翌日の放課後。楓は早速、行動に移った。

 普段は滅多に足を運ばない校内の図書館に向かうと、軽く辺りを見回す。


「……ご命令どおり、袋小路の机に呼び出しておきました」


 すると、すぐに背後から声がかかった。有希だ。気配を感じさせないのはさすがと言ったところだろうか。

 袋小路というのは、この図書館の閲覧室が凸という漢字のような形をしているため、そのでっぱり部分にある閲覧机に付けられた名前だ。

 長方形の部分との境には巧妙に本棚が配置され、袋小路の机はほぼ死角となる。人に聞かれたくない話をするにはもってこいの場所だった。


「ご苦労だった、有希。席に戻れ」

「はい」


 有希が袋小路に戻るのを確認してから、深呼吸を三回。楓も、そちらに向かって歩き始めた。

 視界を遮る本棚を越えたら――行動開始。


「有希、帰るぞ」


 本棚の影から顔を出すと、こちらを向いて座っていた小柄な少女と目が合った。

 鮎川花だ。顔の腫れはまだいくらか残っているが、それでも昨日よりは可愛らしさを取り戻している。

 楓はわざとらしく驚いてみせた。


「……っと、ごめん。有希一人じゃなかったんだね。邪魔しちゃったかな」


 すると、花は微かに微笑んだ。


「いえ、そろそろ帰ろうって、水無瀬さんとも話していたところです。気にしないでください……遠野、先輩」


 花はおもむろに立ち上がると、楓に向かって頭を下げた。


「昨日は、お父様共々、兄の葬儀にご参列いただき、ありがとうございました。遠野先生の方にはご挨拶したんですが、先輩には言えませんでしたから。こんなところで言うのもちょっと変で、申し訳ないですけど」


 楓は目を(みは)る。

 花は、思っていたよりもずっと賢い少女だ。これならば、思ったよりも簡単に事が済むかもしれない。


「秘書の石塚(いしづか)さんが代理で出席なさるって聞いていたので、遠野先生ご本人が見えられて、両親と一緒にびっくりしちゃいましたよ」

「昨日……ああ、鮎川さんの妹さんだね。ごめん、気付かなかった」

「ふふ、昨日は私、すごい顔でしたもんね……」


 花が苦笑する。その表情に翳りこそはあるものの、あくまで礼を欠かさないようにする姿勢に、楓は好感を抱いた。


「無理もないよ。お兄さんのこと、本当にご愁傷様です……」

「……はい。お兄ちゃん、最近はすごく仕事も頑張ってたし、きっと無念だろうなぁって思います」


 兄、からお兄ちゃん。花の口調が幾分か砕けたものになる。まずは第一段階突破だ。


「へぇ……それは残念だね」

「お兄ちゃん、なんとなくお父さんの会社に入っただけ、みたいなところがあったから。私はすごく心配してたんですけど、最近になって急に張り切り始めて……それなのに、こんな……」


 花が声を詰まらせる。


「お兄さんに、何らかの心境の変化があった、ってことかな」


 楓はやんわりと話題を変えた。兄を失ったばかりの花の傷を抉るような真似をしているのは自分だが、それでも彼女を泣かせたくはない。

 すると、花は少し考える様子を見せ、ゆっくりと口を開いた。


「……はい、多分そういうことなんだと思います。お兄ちゃんは最近『運命の人を見つけた』って何度も言ってました。それはきっと女の人で、お兄ちゃんはその人にいいところを見せようとしてたんじゃないかな」

「…………」


 不意に、楓の背筋に冷たい水のような閃きが走る。


「お兄さんから、その人の話を詳しく聞いたこと、ある……?」

「……楓先輩……!?」


 傍らで二人のやりとりを見守りつつ、見張りに立っていた有希が、小さく声を上げた。

 今の楓の質問は性急過ぎるものだった。訝しがられても無理はない。

 けれど花はそんな不自然さにはまるで気付かず、またもや考え込むような様子を見せた。


「……いつだったか、『彼女は支配する者だ。だからこそ美しい』って独り言みたいに呟いていたことがありました」

「…………!」


 体中を刺すような悪寒に襲われ、楓は完全に言葉を失った。

 恐らく――いや、間違いない。


「そうか。……変なこと聞いちゃってごめん。お兄さんのこと、早く何か分かるといいね」

「……はい」


 悲しそうに、けれども精一杯微笑んでいる花の様子は、見て取れるように分かった。

 話は終わった。有希と共にその場を後にしようとした楓に、花から再び声がかけられる。


「あの……石塚さんと連絡取れたか、楓さん、ご存じないですか?」

「石塚さん? ……いや、特に僕は何も聞いていないな。どうして?」


 突然の言葉に、楓は戸惑いつつも答えを返す。すると。


「石塚さんは兄の大学の同窓生で、すごく仲が良かったんです。だけど昨日の葬儀にも、一昨日の通夜にも来ていただけなくて、私用の携帯電話の番号も繋がらなくて……考えすぎだと思うんですけど、さすがに不安になっちゃいますよね」

「そうなんだ……。じゃあ、連絡が取れたら知らせてもらえるよう、父に話しておくよ」


 飛び出してきた意外な情報に驚きつつ、楓は花を安心させるように微笑む。


「ありがとうございます」


 まだ不安そうではあるが、花は一応、安心したようだった。



 花に別れを告げ、楓は有希と共に図書館を出る。


「有希」

「はい」


「……石塚(いしづか)卓巳(たくみ)という男の身辺を調査しろ。どんな細かいことも逃さず、僕に教えるんだ」

「了解しました」

「それから……竜哉、いるんだろう」


 楓が呼びかけると、校舎と繋がる渡り廊下の向こうから、竜哉が姿を現した。


「お呼びですか、楓」

「ああ。お前には石塚の行方を探って欲しい。この前の命令の件は後回し、これを最優先に動け」

「了解です、楓」


 竜哉がにっこりと笑う。


「頼むぞ。……僕は、少し行くところがある」

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