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二章・2

 遠野(とおの)嵩志(たかし)は、現職の国会議員だ。


 四百八十人という人員で構成される衆議院。テレビでよく映し出される国会中継で言えば、何人もの国会議員が並ぶ中、その中の議席のひとつに座っているに過ぎない人物だ。

 ただひとつ――目立ちすぎることを、除けば。

 御歳、四十六。中年太りとはまるで無縁な、モデルのように均整の取れた体型。面立ちはどこかほろ苦く、端正で、ニヒルな雰囲気を漂わせている。おまけに、女性を次々に腰砕けにしたとも噂された、甘く掠れた低い声の持ち主である。

 そんな人間が国会議員に立候補し、街頭演説に励むとなれば、海を越えた国の笑顔が眩しい俳優や、テレビでよく見るアイドルに悲鳴を上げることを楽しみとしていた人種――主に年配の奥様方からは、とても強い支持を受けるのは想像に難くない。

 そして、家庭内の権力者といえば、こういったエネルギーの有り余ったご婦人方だったりするわけで。

 かくして彼は、黄色い悲鳴と共に迎えられた、稀有な国会議員となったのである。

 見た目だけでは議員は務まらない――そんな非難も、もちろん多く聞こえた。

 しかし彼は、国会議員に立候補する以前に、都議会議員として多くの実績を上げていた。加えて、それ以前は、同じく衆議院議員であり、彼の父でもある遠野(とおの)芳史(よしふみ)の秘書を務めていたのである。

 おまけに、彼には印象を悪くするようなスキャンダルの類が一切見かけられなかった。女性関係の報道はゼロ、金銭に関することも、少なくとも表には出ていない。

 見た目は悪そうなのに中身は非常にクリーンで、笑顔が爽やか、かつ、にこやか。

 嵩志は、国会議員として不動の地位を築き、ついでにお茶の間の奥様の支持まで受ける、稀有な国会議員の一人となったのだった。


「……けれど、父親としては最低最悪だ」


 ロビーに設置されていた喫煙スペースで、楓は父である嵩志と共に、葬儀が始まるのを待っていた。


「ん、何か言ったか」


 どうやら、思っていたことが微かながらも口に出ていたらしい。


「別に。ただ、父さんは顔が広いと思っただけで」


 嵩志に横目で睨まれるが、楓はあくまで無表情を貫き通す。


「お前だって似たようなものだろう。俺の説明がなくとも、顔を見ただけであれが佐々岡製薬の専務だと判別できるんだからな」


 そう、楓は佐々岡が近付いてきたときから、彼が誰なのかを理解していた。

 嵩志がそのことに気付いていたことに、楓は少なからず驚く。


「別に、財界の著名人や彼らの繋がりは、任務として必要なことがあるだけです」


 本来ならば機密事項であるはずの四季宮の話だが、楓は特に気にする風もなく言葉に乗せる。


「任務、ね……」


 嵩志は煙草を吸うと、今にも落ちそうだった灰を近くに置かれた灰皿にとん、と落とす。


「四姫は、元気か」


 そして、嵩志もまた、常人ならば知れるはずのない名前を口にした。


「……僕に聞かなくとも、あなたならいつでも会えるでしょう。四季宮で一、ニを争うほどの金額を出資しているパトロンなんですから」


 そう。それはつまり、そういうことだ。

 嵩志は、四姫の神託を得ることと引き換えに四季宮の運営を支える、大勢いる出資者の一人なのだった。

 四季宮はかなりの昔に作られた組織だが、遠野家が代々、かなりの金額を出資していることを、楓は最近になって初めて知った。それは楓が父を嫌う理由のひとつとなり、四季宮入りすることとなった理由でもある。

 今回の被害者である鮎川友博のように、若くてそれほどの立場もない人物ならともかく。嵩志ほどの大物ならば、簡単に四姫への目通りが許されるはずだった。

 けれど。


「四姫は、俺には会わないさ。随分と嫌われているからな。それより、いつまでもごっこ遊びに夢中になっていないで、少しは俺やじい様の仕事を手伝ってくれないものかね。……まあいい」


 不意に、嵩志が視線だけで示す。


「本日の主役のお出ましだ。ま、正確に言うと、主役は死人ってことになるかもしれないけどな」


 見ると、控え室から家族と思しき三人連れが姿を現し、そのままホールに入っていった。と、進行役と思われるスーツの男性がロビーにいる客を誘導し始める。


「始まるな。行くぞ」


 煙草を揉み消した嵩志の後を付いて、楓は葬儀の行われるホールに入った。


「……今日はやけに大人しいじゃないか。悪いもんでも食ったのか」

「別に、たまにはそんな日があってもいいと思いますが」


 囁くように疑問をよこす嵩志に、楓は何気ない風にそう返す。

 嵩志は特にそれ以上追及してこなかったが、楓の言葉が嘘だということくらいは見抜いているだろう。

 実際、楓が今日、父親に連れられてここに来たのには、鮎川友博の遺族の様子を確認しておくためだ。


 参列者が着席すると、葬儀はしめやかに執り行われた。

 中央に飾られた大きな遺影と、遺族席で泣いている家族。その両方を仔細に確認し、楓はそっと息を吐く。

 遺影に映っているのは、間違いなく鮎川友博だ。夏月から渡された資料の写真よりかは少し若く、遺影だというのに若い輝きに満ち溢れている。皮肉なものだ。

 遺族席に座るのは、友博の両親と――随分と小柄な少女が一人。とても高校生には見えないが、恐らくは彼女が妹の花だろう。

 仮定で留めているのは、少女の顔が赤く腫れ上がっているためだ。亡くなった兄を思い、ひどく泣いたのだろう。資料の写真にあった可愛らしさは、面影だけを残して息を潜めている。


(……あの日も、こんな風だったのかな)


 不意に、楓はそう思った。


 ――あの日。

 楓の運命が一変し、そうと気付かず甘受していた幸せを奪い去った、あの日。


(……あの日の父さんは、どんな風だったっけ)


 遺族席にいる鮎川友博の父親は、涙を堪えるように背筋を丸め、時折、小さく震えている。その姿は、とても大会社の社長とは思えない、子を想う父親のそれ(・・)だ。


(……もし、僕が死んだとしたら)


 楓にはとても想像できなかった。

 隣にいる父親が、そんな人間的な感情を露わにするところなんて。


 何故なら――父である嵩志こそが、楓から幸せな時間を奪い、その身に降りかかるすべての不幸を作り出した張本人なのだから。

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