一章・5
外に出ると、日はとっぷりと暮れていた。
「なんというか……四姫様は相変わらずですね」
言葉と共に、竜哉の口から白い息が漏れる。
結局、熱いお茶を飲むこともなく、三人は屋敷を出た。四姫の部屋である離れには大した暖房器具は用意されていないし、体はすっかり冷え切ってしまっている。
けれど楓はこれ以上、あの空間にいたくなかった。
「あの人の話はするな。僕たちは、与えられた命令に従うだけだ」
「了解です、楓」
竜哉は苦笑して口を閉じる。
「でも……四姫様って、厳しい方なんですね。あたし、本当に楓先輩のお役に立てるのか、少し不安になっちゃいました」
有希が不安そうに笑うのを見て、楓は表情を厳しいものにした。
「有希が気にすることはないよ。あの人はただ、有希を萎縮させたかっただけだ。別に、君の働き自体を評価したり、貶めたりするものじゃない。あんなのは単なる嫌がらせだ」
「……楓先輩って、結構きついこと言うんですね」
驚く有希に、楓は何も言わなかった。ただ、ますます表情を硬くするだけだ。
と、そのとき。楓のズボンのポケットで、携帯電話が震え始めた。
そのディスプレイを見て、楓は小さく舌打ちをする。一瞬迷った後、有希に視線を向けた。
「有希、今日はもう帰っていいよ」
楓の言葉の意味を、有希はすぐさま理解したようだった。――すなわち、有希に話を聞かれてはならない相手からの電話である、ということを。
有希は一礼すると、駅の方角に向かって一人で歩き始めた。
けれど、若い女性を一人で帰すのは、楓の礼儀に反している。
「おれが送っていきますよ」
電話を無視するべきか、と迷う楓を見て取り、竜哉はすぐに有希の後を追っていった。
竜哉が一緒なら、まず安全だろう。彼は一応、四季宮の警護部隊所属ということになっている。専門的な訓練も受けていた。
やがて、二人の姿が完全に見えなくなると、楓はようやく通話ボタンを押した。
『俺だ』
それから間髪入れず、
『遅い』
低い、男の声だった。
楓の耳に、その声はとても傲慢に響く。
「すみません、人払いをしていたもので」
『俺を待たせるとは、あそこに入ってから随分と偉くなったもんだな』
当然とも言えるが、電話をかけてきた人物は、非常に機嫌を損ねていた。
(……やっぱり、出るんじゃなかった)
この人は、いつもそうだ。
後悔先に立たず……とはいえ、電話を無視したら、後で鬼のような嫌がらせが待っているに違いない。
「それで、用事はなんですか」
こういうときは話を早く済ませ、電話を終えてしまうに限る。
けれど、電話口から返ってきた言葉に、楓は携帯電話を握りしめたまま絶句するしかなかった。