六章・1
それが姿を現したとき、夏月はどれほど運命を憎んだことだろうか。
こんな想いを、自分は前にも一度、味わっている。
「……あなたたちは何故、そうまでして私から四姫を奪おうとするのですか」
噛み締めた唇の隙間から漏れる、怨嗟の声。
夏月は、運命の歯車が狂い始めた日のことを思い出す。
あの日もそうだった。
身を切るように寒い、冬の日だった。
* * *
河内夏月という男は、生まれながらにしてその運命を定められていた。
――神に近しい存在である四姫にすべてを以って仕え、彼女がその座を降りた後は、伴侶として御身を永遠に守り続ける。
幼い頃からそう教えられて育ち、夏月は自らに課せられたその運命を誇りに思っていた。
何故なら――四姫は、とても賢く、美しく、神々しい存在だったからだ。
六つ年上の従姉、秋乃。夏月が物心ついたときには、既に彼女が次の四姫に就任することが決まっていた。
「夏月ちゃん」と、その少女はいつも笑いかけてくれる。
「わたしのこと、ずっと守ってくれるのね。ありがとう」
嬉しそうに微笑む秋乃が、幼い夏月は大好きだった。彼女のためならばどんなつらいことでも耐えられるし、何でもできる。そう思っていたのだ。
けれど、彼女の心は、偽りの愛に奪われ、囚われてしまった。
――遠野嵩志。
その名を心に浮かべるたびに、夏月の心は暗い闇へと沈んでいく。
秋乃が四姫に就任したばかりの頃に、彼は父である遠野芳史に連れられ、四季宮に現れた。代々、四季宮に多額の資金を援助している遠野家の後継者として、四姫への目通りを許されたためだ。
最初、つまらなさそうに芳史の後ろに控えていた嵩志の表情は、四姫である秋乃を目にした途端、驚きへと変化した。
四姫の傍仕えとしてその場に同席していた夏月は、その様子に不快感を覚えた。
それは、嵩志が四姫に興味を示したことに対する、子どもっぽい独占欲でもあったし、そのときの四姫の反応が夏月の予想を大きく外れていたことに対する、小さな不安でもあったのかもしれない。
何故なら、そのとき――頬を薄紅色に染めた四姫は、嵩志に向かって微笑みかけたのだ。
その光景は、夏月にとって衝撃的であり、到底信じられないものでもあった。
(……やめてください、秋乃様)
夏月は祈った。
(その男に、そんな顔を浮かべないでください)
そのときは、そうすることしかできなかった。
(どうか四姫のままで……私だけのものでいてください……!)
けれど。その願いも空しく、秋乃は嵩志と恋に落ちた。
夏月は四季宮を挙げて、その仲を引き裂こうと嵩志の命を狙ったが――間もなくして、誰かの手引きによって秋乃は出奔した。
残された空の座を守りながら、夏月は時を待つことしかできなかった。
新たな四姫の訪れを。
――かつての秋乃のように神々しい存在の、再来を。