五章・1
「おはようございます、四姫」
声がかかり、一呼吸置いて襖が開けられた。
「おはよう、夏月」
その間に布団から上体を起こし、四姫は顔に張り付いた長い黒髪を肩に流す。
「……今日は、随分と早いのね」
枕元の時計は、午前五時半を指し示していた。四姫の起床時間は午前六時半のため、いつもより一時間も早く夏月が来たことになる。
「申し訳ありません。ですが、一刻も早くご報告しなければいけない事柄がありまして」
「……それは、なぁに?」
薄紅の内掛けを羽織りながら、四姫がそう訊ねる。
「……遠野嵩志様が、亡くなりました」
「っ……それは、本当なの?」
四姫の顔が、一瞬で血色をなくした。
「はい。……楓の身柄を拘束しようとして、逆に殺されてしまったと、報告が」
夏月の口調は、あくまで淡々としたものだった。
「そんな……。遠野さ……お父様が……楓ちゃん、に……?」
その問いに、夏月が無表情のままうなずいたのを目の当たりにしても。四姫には、信じられなかった。信じられるはずが、なかった。
何故なら嵩志は、楓と小春、二人の子どもたちをとても愛していたから。そのことを、四姫はとてもよく知っていた、分かっていたからだ。
四姫は――小春は、ずっと軟禁されていた遠野の屋敷の離れで、父の強さも、弱さも見続けてきたのだ。
(もしかして……誤解は、解けなかったの……?)
けれど。嵩志と楓の間に深く根を張った確執のことも、小春は充分すぎるほど理解していた。
だから。もし、二人がすれ違ったまま悲劇を迎えたのだとしたら――。
「……嬉しいでしょう?」
囁かれた声に、小春――四姫は、耳を疑った。
「あの男が死んで……嬉しいでしょう?」
「か、づき……?」
四姫は小さく悲鳴を上げる。
夏月は――美しく微笑んでいた。
「嬉しいでしょう、四姫。あの男はあなたの邪魔ばかりをしてきたのですから。弟と引き離し、たくさんの求婚者をあてがい……あなたを、その高みから引きずり下ろそうとしてきたのですから」
「何を……何を言っているの、夏月……」
自然と、体が震えるのが分かった。
こんな気持ちは初めてだ、と四姫は思う。知っているはずの目の前の男が――夏月が、心底恐ろしい。
「嬉しいでしょう? 嬉しくないはずがない。……あなたはあの男から逃れるために、ここにいるのですから」
その言葉に、四姫は体を大きく震わせた。
「やめ……やめて、言わないで……!」
目を硬く閉じて、両手で耳を塞いで。四姫は絶叫した。
(助けて……)
四姫は、何度も首を振る。
まるで何かから逃れるように。
逃れるために。
――――何から?
(助けて、楓ちゃん……)