四章・5
「石塚様が、殺されたそうです」
佐保の間で、夏月からそう報告を受けた四姫は、眠そうににあくびをした。
「……ふうん。あの人も、死んでしまったの」
さぞかし嵩志が悲しむだろう、と四姫は涙の浮かんだ目元をこする。
が、自分には関係のないことだ。確かに真面目でいい人だったけれど、特別に思い入れがあったわけではない。
「お疲れのところ、申し訳ございません」
「別に構わないわ。今日の面会者はあと一人でしょう?」
「はい」
「なら、さっさと終わらせてしまいたいわ。連れてきなさい」
「……もうひとつ、報告がございます」
その言葉は、夏月にしては珍しく歯切れの悪いものだった。
「なぁに? お前が言葉を渋るなんて、珍しいこともあるものね」
くすり、と四姫が面白そうに笑った。
「わたしを四姫に、と切望していたときすら、お前は表情ひとつ乱さず、わたしを説得していたように思うのだけれど?」
「……石塚様を殺害したのは、楓だそうです」
「なっ……! それは本当なの?」
夏月の言葉を耳にするなり、四姫の表情が一変する。
「まだ確認は取れていませんが、恐らく。彼は凶器の拳銃を所持し、逃亡しているそうです」
「……何故、お前がそんなことを知っているの」
今にも倒れそうな風情で、しかし四姫ははっきりと夏月を睨み付けた。
「鮎川さんのことに関する調査は、楓ちゃんに一任してあるはずよ。それなのに、情報がお前の元に上がるのが早すぎる気がするわ」
「重要と思われる情報は、諜報部から私の元に直接送られてきますので」
苛烈なその視線に、夏月は眉ひとつ動かさずにそう答えた。
「けれど……楓ちゃんは、何のためにそんなことを……」
「石塚様が、鮎川様を殺した犯人だったそうですが……恐らくは、あなたの婚約者という存在が邪魔だったのではないかと」
「邪魔?」
「ええ。……あなたの愛を独占したかったのでしょう」
その言葉に、四姫は少し考え込む様子を見せた。
「楓ちゃんが、わたしを……?」
「ええ。忘れておいでですか、四姫。あなたにはそれほどの価値があるのですよ」
不意に夏月が立ち上がる。
「ご命令を、四姫。もしも本当に、楓があなたを独占しようと動いているのなら、我ら四季宮は全力を以って彼を止めなければなりません」
「嫌よ。楓ちゃんがいないなら、わたしがここにいる意味なんてないもの」
「誰も命を奪えとは言っていません。ただ、楓の身柄を確保し、この屋敷に連れてこなくてはなりません」
「でも……」
言葉が、弱々しく途切れる。
やがて。
「……分かったわ。楓ちゃんを確保するよう、命令します。けれど、手荒なことは駄目よ。傷ひとつ負わせてごらんなさい、わたしは絶対にその人のことを……お前のことを、許さないわ」
「……四姫の、御心のままに」
夏月は無表情のまま一礼すると、佐保の間を去った。
一人残された、四姫は。
「……楓ちゃんが、人を殺したんですって……わたしのために……?」
震える体を、自分の腕で抱きしめる。
「『わたくし』は……それをどう思うのかしら? ……楓ちゃんが、わたしのために」
まるで誰かに語りかけるかのように、四姫はそう言った。
「楓、ちゃんが……」
呟きは、しんしんと冷えていく空気に、はかなく溶けて消えた。
一筋の涙が、四姫の頬を伝う。
けれど、その紅い口元に浮かぶのは。
――微かな、笑み。
夏月は、部屋の外からその様子を窺っていた。
「……いかがなさいましょう」
夜の闇が落ちた庭園の影から、声だけが夏月の耳に届く。
「命令に変更はありません」
無機質な声で、夏月は告げた。
「遠野楓を確保しなさい。……手段は、選ばずとも構わない」