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四章・4

「小春は、選挙活動で忙しかった俺の目を盗んで、屋敷を抜け出した。夏月とは、それより前から連絡を取り合っていたんだろうな。おかげで、俺が気付いた頃にはもう、四姫に就任していたよ」


 日が暮れて、夜の闇をネオンや街灯がきらびやかに彩る。

 どこに向かっているのか、車は未だ停まる気配もなく走り続けていた。


「だから、俺は小春に大量の婚約者をあてがったんだ。もしもその中の一人と恋に落ちれば、あいつを四姫の座から下ろすことができる。……秋乃が、そうだったように」


 嵩志は語る。その内容は、楓に言葉を失わせるには充分すぎるほどだった。


「あなたの権力ならば、姉さんと誰かを無理矢理に結婚させることだって可能なのでは」

「お前はどこまで馬鹿なのか、一度その頭の中を割って覗いてみたいものだな」


 吐き捨てるように、嵩志はそう言った。


「何処の世界に、娘に不幸な結婚をさせたいと思う父親がいる? 大量の男と出会わせれば、その中の一人と小春が恋に落ちる可能性があるだろう。あいつはそういう、平凡な幸せを掴むべきだ」


 その言葉に、楓は完全に打ちのめされた。

 自分は今まで、いったい何を見ていたのだろう。


「……僕はずっと、父さんが姉さんを四姫に仕立て上げたのだと思っていました」


 屋敷の離れに閉じ込め、楓と引き離し――。

 楓の考えていることはお見通しだと言わんばかりに、嵩志がふん、と鼻を鳴らす。


「小春をお前と引き離したのは、お前があいつの弱点にならないようにするためだ。……もっとも、それは無駄なことだったようだが」


 そう、二人は出会ってしまったのだ。

 あの冬の日。雪に覆われた、美しく、懐かしい庭で。


「この俺が、最愛の娘を喜んで苦界に送るものか。あそこは、大勢の娘の死によって作られたんだぞ」

「……はい」


 そのことは、楓も知っていた。


 歴代の四姫の多くは、その座を降りる際、秘密保持のためにその命を奪われていた。

 秋乃の前に就任していた娘は難を逃れたらしいが、その前も、その前の前も。四姫の座を降りた娘は殺され、屋敷のどこかに埋められたと聞く。

 そのためなのか、佐保の間は、踏み入れようとするだけで恐ろしい威圧感を放ち、楓を圧倒させる。

 あんな場所に、小春をいつまでも置いておくわけにはいかない。

 だからこそ楓も、小春を四姫の座から下ろそうと必死なのだ。


 今はいい。若い小春の、四姫としての力は絶頂を誇っている。

 けれど、あと数年すればその力は衰える一方だ。やがてその座を降ろされる日が来ることだろう。

 遠野の家がどれだけ四季宮の中に影響力を持っていたとしても、小春を守ろうとしているのは芳史、嵩志、楓の三人だけだ。直系の三人がどれだけ力を尽くしても、親族の誰か一人がそそのかされてしまえば、小春の身は危険に曝される。

 そのとき小春に待っている運命は――死、他ならない。

 できれば、それよりも先に、楓は小春を四姫の座から下ろさなければならなかった。


「……こんなことなら、最初からお前を鍛えて、小春を守らせておくべきだったな」


 嵩志が、吐き捨てるようにそう言った。


「だが、俺はお前が気に食わん」

「……それは僕が、母さんが亡くなる原因になったから、ですか」


 父に嫌われていることは、最初から承知の上だ。それでも、面と向かってそう言われれば、心はひどい痛みを訴える。


 声の震えをどうにか抑え、冷静を装ってそう訊ねた楓に、嵩志は首を横に振った。


「いいや、秋乃は元から体が強い方ではなかったからな。あれくらいのリスクは、お互い覚悟の上だったさ」

「それなら、何故……!?」


 楓はそう口にして、初めて自分の気持ちに気付いた。


(僕は……父さんに、愛されたかったんだ)


 愛されたかった。

 父に、自分の方を見て欲しかった――。


「っ……」


 楓の頬を、一筋の涙が伝う。


「……ああ、もう。言葉ってのは面倒だな」


 嵩志は面倒くさそうな顔をすると、その大きな手で髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。

 と――嵩志はぐい、と楓の肩を抱き、自分の方に引き寄せた。


「俺は汚い男だ。目的のためなら、手段なんか選ばない、卑怯な手だってためらわず使うさ。……それなのに秋乃は、こんな俺のことを好きになって、子どもまで産んでくれたんだ。しかも二人も」


 その子どもを愛さない馬鹿が、どこにいる――?

 耳元で呟かれた、小さな言葉。


「それなのに、お前は秋乃と同じ顔をしておきながら、中身は俺にそっくりときている。複雑な気持ちになって当然だろう……!?」


 怒っているような口調でそう吐き捨てる嵩志の耳は、ほんのりと赤く染まっている。


「それに……俺はじい様から同じように育てられたからな、これ以外の接し方なんぞ知らん」

「……よく分かりました」


 つまり、嵩志は楓に対して、どう接していいのか分からなかっただけなのだろう。


「僕は……随分と長い間、父さんのことを誤解していたんですね」

「……ふん」


 楓は、微かに表情を和らげた。

 嵩志の前で緊張を解いたのは、初めてのことだった。

 楓はずっと、嵩志に反発し――認められようとしていた気がするから。


(……そうだ、確かに父さんは)


 不意に、幼い日の風景を思い出す。

 楓が物心ついた頃から、嵩志はとても多忙な毎日を送っていた。後から知ったことだが、嵩志はその頃、祖父・芳史のスキャンダルが発覚したことで、各方面に奔走する毎日だったのだという。

 けれど。たまの休日に、疲れているはずの嵩志はいつも、幼い姉弟と遊んでくれたではないか。

 しばしば床についていた秋乃が、いつも、その光景を微笑ましく見守っていたではないか。


(……僕は、こんなに大切なことを忘れてしまっていたのか)


 秋乃が亡くなったとき――父は最期までその手を握り、声をかけ続けていた。息を引き取った後は恥も外聞もなく号泣し、その体に縋り、何度も詫びていた。

「一緒にいてやれなくてすまない」と。

 何度も、何度も――。

 そう。嵩志は確かに、楓の記憶の中の幸せな風景の一部だったはずなのだ。

 しかし、いつからかその記憶は歪められてしまった。何故なら、小春と引き離されたことで、楓は嵩志を激しく憎んだからだ。

 ならば――。


 ――その原因を作ったのは?

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