四章・3
「どういうつもりも、何も」
嵩志は楓を睥睨する。
「お前が追われているところを助けてやっただけだろう。感謝こそすれ、そんな目で見られる筋合いはないはずだが?」
「何を……僕をここまで追い込めて、さぞかし父さんも満足でしょう……!?」
しかし、楓の言葉に嵩志は眉をしかめて。
「……何の話だ?」
「とぼけないでください! 石塚さんをけしかけて、鮎川さんを殺させたのはあなた以外考えられない!」
「……石塚が、だと?」
嵩志は、楓の胸倉を掴み上げた。
「おい、その話をもっと詳しく聞かせろ」
「な……」
楓は一瞬、言葉を失った。
「どういうことかは、あなたが一番よく……」
知っているはず。そう言いかけて、やめる。
嵩志が犯人ではないのか――それは、単なる楓の憶測に過ぎない。
その可能性は限りなく高い、と。楓はそう思っていたのだが。
「……もしかして、父さんでは、ない……?」
楓の呟きに、嵩志は目を細める。
「だから、どういうことかと聞いている。さっさと話せ」
「…………」
楓は、自分が知っていることの大半を、嵩志に話した。
鮎川殺害についての調査命令、石塚と事件の関わり、彼の死亡――その濡れ衣を、楓自身が着せられたこと。
「馬鹿が」
嵩志から返ってきた言葉は、いたってシンプルだった。
「俺が、大事な秘書を使い捨てるような人間だと……お前は、そう思ったのか?」
そのときの嵩志の視線は、今まで楓が見たことないほど冷たいものだった。
「……すみません」
楓は素直に謝った。そうするしかなかった。
「まあいい。……車を出せ」
嵩志の言葉を受け、運転手が車を発進させる。
「どこに、行くんですか」
「お前の話が本当なら、竜哉も捕まったということだろう。お前は、自分の部下も助けられないような腰抜けか?」
「……協力、してもらえるんですか」
楓には、その言葉が信じられなかった。
「当たり前だろう。俺はじい様から直々に、竜哉のことを頼まれているんだ」
「おじい様、から……?」
芳史と竜哉に、何の関係があるというのだろう。
「なんだ、知らないのか。竜哉をお前の世話役に、と連れてきたのはじい様だ。どこから連れてきたのかは、俺も知らんがな」
「初めて聞きました。……竜哉は僕に、自分のことを話したりしないから」
楓は俯いた。
(僕には、知らないことが多すぎる)
竜哉のことも――嵩志のこともそうだ。
「……本当に、父さんではないんですね」
「くどい。お前は本当に馬鹿だな」
「はい」
「……どうした、珍しく神妙じゃないか」
素直にうなずいた楓に、嵩志は軽く驚いた様子を見せる。
「父さんは……目的のためならば手段を選ばない人だと、僕は思っていました」
「ああ、そのとおりだな」
「でも、鮎川さんを殺したのも、石塚さんを利用したのも……父さんではなかった。むしろ父さんは、自分の秘書を利用されて怒っている。そうですよね?」
「ああ。石塚は真面目で、これからもっと有能になるはずの男だった。大事な部下を利用され、おまけに殺されたんだ。怒らないはずがないだろう」
嵩志は、苛立ちを隠そうともせずに答える。
「……じゃあ、娘は? 四姫……姉さんのことはどうなんですか」
「どういう意味だ」
「石塚さんを求婚者として四季宮に紹介したのは、父さんですよね」
「ああ。ついでに言うと、鮎川の息子を推薦したのも俺だ」
「父さんは……そこまでして、姉さんの地位を利用したいんですか?」
世俗との関わりを絶った小春を、部下と婚姻させることで、自分の手元に置こうとする――楓の問いに、しかし嵩志は不快そうに眉をしかめただけだった。
「俺がいつ、小春を利用しようとした」
「え……?」
「求婚者の件なら、俺はただ、小春に自由恋愛の機会を与えようとしただけだぞ。四姫だなんだと持ち上げられて、青春をそんなくだらないことに費やすのは、無駄なことこの上ないだろうが」
「でも、姉さんを四姫にしたのは……」
「勘違いするな。小春は、自分から家を出たんだ」
嵩志の言葉に、楓は耳を疑った。
「四姫になったのは、小春自身の意志だ。俺はずっとあいつを閉じ込めて、四季宮の連中にかっさらわれないよう見張ってたっていうのに、な……」
嵩志の言葉は、どこか自嘲するような響きを帯びていた。