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四章・2

「……考えれば考えるほど、父さんが僕を殺して四姫を手に入れようとしている風にしか見えないな」


 楓はビルの壁にもたれかかり、ため息をついた。


(しかし……どうしたものかな)


 いくつかの足音が、再び近付いていた。間違いなく、楓を探しているのだろう。


(このままでは、遠からず見つかってしまう。その前に……)


 楓は横の道に視線を移す。

 ビルの隙間を走る完全な一本道だ。片方は大通り、もう片方はオフィス街に作られた公園へと続いている。どちらに向かうにしろ、一度見つかれば、逃げ切るのは困難だろう。

 とはいえ、今、楓が潜り込んでいる隙間には、すぐ横にある小さな雑居ビルの空調の室外機が置かれ、更には行く手を遮るような鉄柵まで設けられていた。ここを突破するのは時間がかかるし、物音も立ててしまう。


(正に絶体絶命、か……)


 うう、と楓がため息をついた、そのとき。


「……遠野、楓様でいらっしゃいますね」


 背にしていたビルの小さな窓が、微かに開かれる。その細い隙間から呼びかける男の声があった。

 楓は咄嗟に身構える。だが。


「お待ちを。我らは四季宮の者です。手助けのために参りました」

「……竜哉たちは、僕の部下はどうした」


 楓は警戒を解くことなく、そう訊ねる。


「既に、我らと共に。あなた様も早くおいでください。ここにいては、すぐに見つかってしまいます」

「ああ……だけど、どうやって」

「そこの室外機を足場にして、二階の窓からビルの中へお入りください。窓の鍵は開けてあります」


 その言葉を信じるべきか、楓は一瞬迷った。声の主の姿は見えず、彼が本当に四季宮の人間か分からない。


「……わかった」

 しかし、打つ手がないのもまた事実。楓は言われたとおりに室外機に昇り、二階の窓に手をかける。

 声の主の言うとおり、鍵は開いていた。通り抜けるにはかなりきつい大きさの窓から、楓は滑り込むようにしてビルの中に入る。


「っ……」


 そのままバランスを崩し、楓は床の上に倒れ混む。

 小さな部屋だった。会議室なのか、部屋の隅には長机や折り畳まれたパイプ椅子がいくつも重ねて置かれている。

 そして――中には、数人の黒服の男たちがいた。

 皆、スーツの襟元に四季宮の人間を記す徽章を付けている。四季宮の人間であることは間違いない。だが。


「……これは、どういうことだ」


 うずくまるような格好の楓は、顔だけを上げて男たちを睨み付けた。

 楓を囲むように立っている男たちは、皆、手に拳銃を持ち、その銃口を彼に対して向けていたのである。


「あなたを確保するように、との命です」


 先ほどの声の主と思われる男が、そう告げる。


「生かして連れて来いとは言われておりませんので。どうか、抵抗などなさらないようお願いします」

「何故、僕に追手が掛かる。僕も四季宮の命令を受けて動いていた一人だぞ」


 立ち上がろうとした楓を、男の一人が抑え付ける。


「何故……? それはあんたが一番よく分かっているだろう」


 怒りを押し殺したようなその声に、けれど楓は思い当たる節もなく、ただ問い返すことしかできない。


「どういう、ことだ……」

「あんたは四姫様を独占するため、二人の求婚者の命を奪ったそうじゃないか。……四姫様は、とてもご立腹だとよ。いくらでかいパトロンの息子だからって、やっちゃあいけないことがあるよなぁ」


 自分を抑え付ける男の下卑た声を聞きながら、床に這いずる形になった楓は、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。


(四季宮への手回しまで完璧とは……父さんは、大層ご立派な罠を張ってくれたじゃないか)


 男の言葉は、楓の予想どおりに事が運んでいることを意味していた。


「そこまで……父さんは僕が憎いのか」


 吐息のように呟く言葉は、男たちには届かない。

 分かっていた。いつか、足元を掬われることになるだろうと。

 小春は秋乃によく似ていた。だから、幼い頃から嵩志に溺愛され、守られ、四姫という高みに昇り詰めた。――たとえ、小春がそれを望んでいなかったとしても。

 しかし、楓は違う。

 楓は、秋乃の命を奪うようにして生まれ落ちたその瞬間から、嵩志の憎しみを注がれる運命にあったのだ。


(けれど……このまま、思いどおりになってたまるものか!)


 楓は、目だけを動かして周囲の様子を探る。

 そして。


「……ふん。所詮、お前たちは僕が羨ましいだけだろう」


 にやりと笑い、楓は周囲にそう言い放った。


「お前たちも、本当はあの方を独占したいと……そう思っているから、僕が憎いのだろう?」

「なっ……! この野郎、とうとう本性を現しやがったな!」


 楓を抑え付けている男が、声を荒げた。


「大体、最初っから気に食わなかったんだ! 四姫様を見下すような顔をしておきながら、直属だと? あの方の関心を得るためにそんな演技までして、さぞかし気持ちよかっただろうよ!」

(……思ったとおりだ)


 四季宮の男たちの多くは、四姫に心酔している。向こうの思い込みを利用すれば、勝手に怒り出してくれるだろうと、楓は思ったわけだが。


(ここまでうまく引っ掛かってくれるとは、ね……)


 だが、その方が都合がいい。

 現に、楓を抑え付けている男は完全に怒り狂い、我を忘れている。


「それじゃ、僕はそろそろ失礼させてもらう」


 楓は冷静にそう告げると、唯一、自由に動かせた両足の膝下を勢いよく曲げた。


「っ……! この野郎、よくも!」


 両足の踵が、馬乗りになっていた男の背中に叩き付けられる。

 一瞬だけ、楓を抑え付けていた力が緩んだ。その隙を見逃さず、楓は体を捻ると、男の急所に容赦のない体当たりを食らわせた。

 男は悲痛な叫び声を上げ、楓から離れた。銃口を向けている周囲の男たちは、仲間が苦しみ暴れる姿を見て、発砲をためらっている。

 楓はその隙を逃さず、先ほどの窓をくぐり、外に飛び出した。室外機の上に着地すると、すぐさま脇の細い路地に飛び降り、走り出す。

 刹那、背後から銃声が聞こえた。窓から、男たちが発砲したらしい。

 逃げ道は一本。楓が隠れていた場所からT字の形に伸びる、左右のどちらかしかない。後ろから狙われたら、あるいは警官に捕まってしまえば、そこで終わりだ。


(右か、左か……迷っている暇はない)


 楓は大通りに続く方へと走り出した。

 景色はすぐさま開けた。幸いにも、警察の捜査官たちに出くわすことはなかった。彼らは、どこか違う場所に向かったのだろう。


(しかし、どうしたものかな)


 男たちの話が本当ならば、竜哉たちは既に拘束されているということになる。彼らを助けるためには、まず楓が逃げて体勢を立て直さなければいけない。

 だが、四季宮に追われている以上、楓にとって、安全な場所などないに等しい。

 迷う楓は、ほんの一瞬だけその場に立ち止まり――それが、彼の命運を決定付けることとなった。


 突然、車のクラクションが鳴り響いた。

 楓が顔を上げる。と、次の瞬間、楓は目の前に停車していた車の後部座席に引きずり込まれていた。


「なっ……!」


 突然の出来事に、抵抗しようともがく楓の耳元で、


「静かにしろ」


 小さく、けれど強制力のある言葉が囁かれた。


「……!」


 楓は絶句した。

 その声の主を、知っていた――。


 それから間もなくして、何人もの人間がすぐ近くを走り抜けていく足音が通り過ぎていった。恐らく、楓を追って来た四季宮の男たちだろう。

 その足音が遠くに去っていく中、楓は後部座席にうずくまったまま、顔だけを上げて隣に座る人物――自分を引き入れた男を睨み付けた。


「……どういうつもりですか」


 自然、声が震えた。

 高級車の広々とした座席に、悠々と座っていたのは――。


「どういうつもりですか……父さん……」


 他でもない、遠野嵩志、その人だった。

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