二章・5
瞳を輝かせて自分を出迎えた四姫に、楓は冷たい視線を送った。
「四姫」
「なぁに、楓ちゃん」
「情報は出し惜しみしないでいただきたい」
楓は突き放すようにそう口にする。
「それは……何のことを言っているのかしら?」
「鮎川友博に関してです。彼は……あなたの婚約者候補の一人でしょう。違いますか?」
四姫は、その言葉を聞いて納得したのか、にっこりと笑ってうなずいてみせた。
「ええ、そうよ。そうでなくては、あなたに調査をお願いするわけないでしょう?」
「っ……」
楓が言葉を詰まらせる。
四姫の言葉は、言外に楓が無能だと言っていた。それくらいのこと、最初の段階で思い至るべきであって、わざわざ文句を言いに訪れるような事柄ではないのだ。
「もっとも、わたしの婚約者候補は他にもたくさんいらっしゃるから。あの人だけが特別というわけではないわ」
四季宮に出資するパトロンの多くは、自分の後継者や息子を是非に、と四姫の婚約者に推薦する。四季宮との関係を強固にし、今後も四季宮の恩恵に与るためだ。
「まるで虫に群がられているようで、鬱陶しいものだわ。誰も彼も、同じような言葉でわたしを賛美するばかりだもの。だから今回も、鮎川さんの名前を覚えたのは、事件が起こった後の話よ」
名前を覚えきれなくなるほど多くの婚約者に求婚されていながら、四姫は一度たりとも彼らに想いを寄せた様子がない。
それどころか予定を埋める厄介者くらいにしか思っていないのだから、これでは求婚する方も大変だろう。楓は心中で、そっと求婚者たちに同情する。
「それに、今回のことはたまたまよ。ただ、たまたまわたしの婚約者の末席にいた男が殺されただけ。あれが鮎川さんでなくとも、四季宮に関係のある人間であれば、あなたへの命令は下ったでしょう?」
「……悲しくは、ないんですか」
笑顔のまま言葉を重ねる四姫に、楓は、やっとのことでそれだけを搾り出した。
「悲しい……どうして?」
そのときの四姫の顔ほど恐ろしく、また、おぞましいと思ったものはない。
四姫は微笑んで小首を傾げた。
ただ、それだけだったのだ。
(この人は……もう……)
楓の中で、いくつもの思いがせめぎ合っていた。
――信じたいけれど、信じられない。
目の前の事実が、楓の胸の中にある微かな光を打ち消していく。
「ねぇ……楓ちゃん、さっきから変よ?」
そっと手を伸ばしてきた四姫に、楓は思わず身を引いた。
「……戯れはやめてください。僕は、そのために来たのではない」
そう告げるなり、楓はすっと立ち上がった。
「確認は済みました。僕は失礼させていただきます。日もすっかり暮れてしまいましたし、四姫はゆっくりとお休みください」
「……嫌よ、そんなの」
けれど四姫は、拗ねたように唇を尖らせ、去ろうとする楓の袖を掴む。
「四姫……僕は」
「まだ帰らないで頂戴。……夏月、お前は先に下がっていいわ」
四姫からは、有無を言わせない雰囲気が漂っている。
命を受けた夏月は、一礼すると素早く佐保の間から姿を消した。