序章
美しく咲いた花がいつか散るように、すべてのものには終わりが来る。
何も知らぬ幼子にさえ、残酷に。
――突然に。
優しい記憶の終わりは唐突だ。
思い起こすと、目の前には衰弱しきった美しい女性がいる。
彼女は骨と皮だけになったような腕を伸ばし、冷たい手で楓の頬に触れた。
びくり、と楓が身を竦めると、その女性は悲しそうに微笑んだ。
思わず言葉を失ってしまったのだけれど、本当は伝えたかった。
病的に細い手に震えたのではなく、その手の冷たさに怯えたのだと。
その手の冷たさは、目の前から彼女を奪ってしまうと――幼いながらに、理解していたから。
怯えた楓を励ますように、小さな手が肩に置かれた。
後ろに、自分よりも大きな、けれど小さな少女が立っている。
その様子を見て、痩せた女性は目を細めた。
「……お母さんの、お願い。聞いてくれる?」
その、吐息のような声に楓がうなずく。彼女は、満足そうに笑った。
「お姉ちゃんを……守ってあげて」
ぽつり、そう言い残して、女性の体からは力が抜けた。
頬に触れていた手が、がくりと落ちる。
――記憶が、途切れる。
気付くと、楓は小さな腕に抱きしめられていた。
少女の肩は震え、泣いているのが分かる。それなのに彼女は、自分を守るように抱きしめてくれているのだ。
「……おねえちゃん」
力を失った母の言葉を噛み締めるように、幼い楓は少女の体温を感じていた。