第7話 薔薇庭と犯人
三日月よりも細い月。
紺色の空には黒い雲が漂っている。
薔薇の咲き乱れる庭で花と戯れる女性は、実に幻想的で美しかった。
「こんな夜に一人で花見?家の庭とはいえ、無用心ね……」
その嘲笑うような声が闇の中、どこからともなく聞こえて来た。
女性は薔薇の匂いをかぎながら、ゆったりとした様子で答える。彼女の瞳は閉じられていた。
「光ない場所でも美しく輝けるものこそが、本当に“美しい”とは思わぬか?……それに夜の方が一人でじっくり花を味わえるというものだ」
慌てた様子も、驚く様子もない。
それに声の主はしばらく言葉をなくしたが、やがてゆっくりとその正体を月光に晒した。
セシーリアに負けないほど身体の凹凸がはっきりした女だ。胸元もお腹も太腿も衣服に隠れておらず、露出が多い分彼女よりも艶かしい雰囲気が強い。
短い髪は目が覚めるような緑色で、瞳は少し曇った金色だった。
「…………ちょっとは驚いてくれないとつまらないね。
まぁいいわ、あんたの美しさは思った以上のものだし、思わぬ見つけ物をした気分だよ」
女の背中から黒い触手が伸びる。それは、薔薇を散らし、汚していく。
もらった、と女が心の中で呟いた途端、黒い彼女の一部は真っ白な残像に叩き切られた。
痛みはない。所詮彼女の一部であっても代わりの出てくるものだ。
だがそれよりも、邪魔者の存在に怒りが湧いた。
「だれさ!!あたしを切った畜生はっ!!」
その答えは声ではなかった。
女は血の滴る触手を再生させると、背中に襲い掛かって来た刃をそれで弾いた。
マントを羽織った青年が衝撃で地面を転がったところを、触手の先の太い針で貫こうとする。
青年は素早く身をかわし、吹き飛んだ剣を手に取った。
「邪魔だよッ!!」
態勢を整えようとする青年の首に黒い触手が絡まる。
「シュトラウス殿っ!!」
女の獲物が叫ぶと、青年のもとに駆け寄り、首から触手を剥がそうとした。だが、彼女の白く細い腕ではとうていどうこうできる代物ではない。
さっさと首をへし折ってやろうと力を込める。
同時に、魔力の気配を感じた。
「招かれよ、炎帝ッ!」
その声が響くのと同時に女は触手を青年から放し、自分の立っていた場所から離れた。
空気を伝う熱に顔を顰める。
「なんなんだい、あんたたちッ!このあたしを誰だと思ってるんだい」
「知らねぇよ!
だがな、お前が何人もの女性を行方不明にさせた張本人だってんなら、俺は絶対赦さない」
そこで彼女は気がついた。
剣を握る青年と、黒いローブを着た青年の容姿を、微かな月明かりの中に見た。
女は紅の引かれた唇を震わすと、その間から笑いを零した。
「そうかいそうかい。あんたたちが噂の!!
ふッ、こりゃあ手間が省けたね。そんなに怒んなくたっていいのさ、ボーヤ。あたしはちゃんとあんたたちの相手をしてあげるのに」
「わっけわかんないこと、言ってるんじゃねぇよ!!いいから皆を返せッ!!」
「あーはいはい。あたしの用事が済んだら“外見”くらいは返してあげるわよ」
頭に血を上らせたシュトラウスが怒鳴り返そうとしたのだが、女の笑みが急に消え、言葉を失ってしまった。ただ「モノ」を見る目つきで、二人を見る。
「あんたたちにいられちゃあ、魔王様にとってもあたしたちにとっても都合が悪いのよ。さっさとこの世から消え失せて、ってんのよ」
彼女は掌を突き出した。
シュトラウスは自分の確信を口にした――
「お前、やはり魔族かッ!!!」
「シュトラウス……!」
恐らくこの時、ルノアンがシュトラウスの身体を突き飛ばさなかったら、彼は身体のどこかを失っていただろう。いや、何も残らなかったかもしれない。
女――魔族の放った衝撃波から逃れた二人は視線を彼女から外さないように後ずさった。
「死ねよッ!!」
口端は裂けて歯はむき出しになり、金色の目が大きく膨れ眼球が前に半分飛び出した姿は、あまり見ていたくない部類のものだった。
本性を現した彼女の次の攻撃がどれほどの大きさのものなのか、シュトラウスたちも、空気の凝縮する感触によって知らされる。
ルノアンが急いで呪文を口走るが、間に合わない。
シュトラウスは彼と、そして後方で成り行きを見つめていたセシーリアを庇うように前に飛び出した――――無駄な行為だと言うのは、分かりきっている。
大きな光が辺りに溢れた瞬間、シュトラウスは自分が死んだのだと思った。
「馬鹿者ッ!!!!」
その声と、ひどく間抜けな音がしなければ――――
戦ってるっぽいシーンは難しいのですが、読みづらいのではないのかと
ドキドキします。どうでしょうか?
それから、だんだんノリが重くなっていてすみません。
シリアスって程じゃないけど、いつのまにか真面目な雰囲気に……
次はかなーり軽くなると思います。