第6話 美女行方不明事件
「たっのしみだわぁ」
昼間だというのに薄暗い森の木の上で、張りのある足を組んで眼下を見下ろしている女性がいた。
彼女の足元には、虚ろな瞳をした女性たちがふらふらと身体を揺らしながら立っている。
「んふふっ、あと一人って所かしら。あたしの美しさのためにその身体も魂も、捧げなさい」
女性たちの中に、まだ幼さを色濃く残す少女もいた…………
勇者捜し所ではなくなったシュトラウスたちは、薬屋の妻から聞いた行方不明の娘の容姿を手がかりに、街中を走り回ることになった。
名前はルヴィ、15歳。肩くらいまで伸びた赤毛に、茶色の瞳だという。瞳と同じ茶のストライプの入ったワンピースに、白いエプロンも身に着けているらしい。
だが、空が朱に染まった頃になっても二人は少女を見つけられなかった。
「くそッ……全然手がかりもないんじゃ、探しようねぇよ……」
悪態をつくシュトラウス。ひとつひとつ怪しい場所を潰していっても、闇雲に時間が過ぎるだけだ。
淡い期待を持って薬屋に行ってみてもそこに少女はおらず、頭を抱えて項垂れる薬屋の夫婦がいるだけだった。
店主がドアの前に立っているシュトラウスに気がつくと、よろけるように傍へ寄って来た。
「剣士の兄ちゃん……る、ルヴィは、ルヴィはいたのか……?」
店主だって分かっているだろう。唇を噛み締めて俯く青年の答えが、肯定を示すものではないものくらい。
「悪い……」
そう言うと、店主は倒れるように床に手を付いた。
「ルヴィ……ルヴィ……」
ただ泣くその姿に、シュトラウスは目を背けた。
そこへルノアンがやって来た。
彼だけじゃない、後ろにはセシーリアもいた。
「シュトラウス殿、事情はルノアン殿から聞いた……」
黄昏色に染まったセシーリアの顔は、心配そうにシュトラウスと店主を見つめた。
ルノアンはシュトラウスに近づくと、耳元で小さく告げる。
「実は夫人から聞いて驚いたのだが、この街で行方不明になったのは主人の娘だけではないんだ」
「何だと?」
目を見開いてルノアンを見返すと、彼は深く頷いた。
「昨日と今日合わせて、六人の女性がいなくなってるんだ。この短時間にこの人数。可笑しいと思わないか?」
「そんなに……いったい、どういうことなんだ」
「分からん。だが、何かが起きていることは間違いない」
セシーリアはドレスが汚れるのも構わず店主の前に膝をつけると、強く彼の手を握った。
「ノース、希望を捨てては駄目だ。ルヴィは必ず帰ってくる。親であるお前が信じなくて、どうするのだ」
「セシーリア様……」
弱々しく見上げる店主に、セシーリアは微笑んだ。
「街の警備兵たちにも捜索するように頼んである。ノース、それからカエラ、お前たちは休んでいろ。その様子では寝ていないのだろう?ルヴィが帰ってきたときにお前たちが倒れていては、あの子を抱きしめてあげられぬぞ」
彼女がそういうと、店主はゆっくりながら、彼女の手を握り返した。
「分からん!一体全体、この街になにが起こってるのかまるで分からん!!」
一度セシーリアの館に戻ったシュトラウスたちだが、物事の解決策はまるで浮かばない。
彼は一番初めに通された時の部屋の中を、ぐるぐると回り続けている。
ソファに座り込んだルノアンは何かを考え込んでいるようだった。
「シュトラウス殿、一度座られたらどうだ」
セシーリアがそう言うので、シュトラウスはいい加減に足を止め、ルノアンの隣に腰掛けた。
「で、ルノアンは何考えてんだ?」
先ほどから何も言わない幼馴染のことだ、もしかしたら妙案でも浮かんでいるのかもしれない。そんな期待を持って尋ねた。
ルノアンは半ば独り言のように口を開いた。
「夫人、もう一度行方不明になった人たちのことを聞かせてもらえますか?」
「ああ、それは構わぬが……」
セシーリアの話をまとめればこうだ。
六人は10代半ばから30代前半の女性たちで、彼女たちそれぞれにお互いの関係はほとんどない。いなくなった場所は特定できていないが、彼女たちが最後に見かけられた場所を考えると、ばらばらの場所でいなくなっているようだった。
彼女たちに唯一共通しているところといえば……――――
「…………誰もが認める美人、って所か」
まだ15歳のルヴィが美人かどうかは判断しかねるが、美人になりそうな容姿であったのだろう。
「ホントに美人なのか?多少可愛いとか、多少顔が整ってる、とかじゃなくて?」
「そうだ。どの女性も男性からの誘いは多かったらしい。
ルヴィはまだ子供だが、とっても可愛らしい子でな。この子も近所では一番の女の子だったみたいだ」
セシーリアはそこで心配そうに目を伏せた。
「で、何が分かるんだ?居場所分かりそうか?」
身を乗り出してルノアンを見る。
だが――――
「いや、こんな情報では彼女たちの居所なんて分かる訳なかろう」
はっきりと言い切るルノアンが、むしろ気持ち良いくらいだった。
シュトラウスは脱力してソファから転がり落ちた。
「て、てめぇなぁ……こんな時に――ッ」
「しかし」
ルノアンはため息を零した。
彼の眼はセシーリアに向けられた。
「夫人は暫く屋敷にいたほうが良さそうですね」
「私が?」
驚くセシーリアにルノアンは続ける。
「偏見ではないと思いますが、婦人はこの街でも群を抜いての美人でしょう。もしもこの事件に犯人がいるならば、その貴女が狙われない、という方が可笑しいと思います。この様子では……」
確かに、この街に限らず王都でもセシーリアの美しさは群を抜くだろう。彼女が国の女王だと言っておかしくないくらい、威厳すらある。もしこの行方不明が誰かの手によって起こされたものならば、彼女を放っておくことがあるだろうか。
セシーリアは細い喉元で唾を飲み込むと、真っ直ぐにルノアンを見据えた。
「…………ルノアン殿、私がもしこのまま無防備であれば狙われる確率は高いと思うか?」
「そうですね……。……貴女は夜中に誰かの気配を感じていらっしゃるようですし、もしかしたら既に目を付けられているのかもしれない……」
「そうか……ッ!」
夫人が眠れない原因は、彼女を下見していた何者かの仕業だったのか。
「セシーリア様、貴女は絶対に俺が守ります!!」
シュトラウスの意気込みは強かった。
しかしセシーリアは頭を振った。
「……守らなくて良い。だが、私に協力してくれないか」
「え……?」
彼女はシュトラウスを見上げた。その瞳は不安げであったが、宝石のようだった。
「私を囮にして、犯人を捕まえてくれないか?」