第3話 捜索開始?
二人の青年はやっと視界に入ってきた光景に足を止めた。
一人は赤銅色の髪に碧眼の青年で、純銀の額飾りをしている。肩からは踝ほどまである焦げ茶色のマントが揺れていて、腰には年季の入った長剣が下げられていた。
もう一人は髪も服装も真っ黒だ。だがそのせいで、彼の夜空のような群青の瞳が際立って見えた。腰まである長い髪が宙を舞う姿は、見るものをひきつける。
王都から南を下って一番近い街が見えてきて、剣士であるシュトラウスはだんだんと好奇心が湧き上がってくるのを感じた。仕事柄王都から出ることは多いが、まだ都近いこの街に来たことは無かったのだ。
「ルノアン、お前、この街知ってんだろ。美味しいものってあるのか?」
結局食べ物のことを聞く辺り、彼の情緒のなさを物語っていた。
ルノアンは顎に手を当てると首をかしげた。
「ふむ、街道の街だからどちらかといえば商業で栄えている所……食べ物に関しては特産品に目ぼしいものはなかったな」
「ちぇ」
実に残念そうな年上の幼馴染にルノアンは苦笑を漏らした。
「だが、美味い料理を出してくれる店は知っている。勇者殿の聞き込みが一段落着いたら、行ってみよう」
「おお!お前にしては実に気の利いた奇跡のような台詞だな!!」
なぜ奇跡なのだろうか。
ルノアンは少し考えたものの分からなかったが、時々青年が自分に対してよく分からないことを言うことを思い出した。
彼は足早になったシュトラウスの後を追いかけることにした。
「あの、すみません。勇者グレイドルってご存知ですよね」
薬屋でルノアンが買い物をしている傍ら、シュトラウスは店の店主に聞き込みをしていた。
店主は一瞬面を食らったような顔をしたが、すぐに大きく頷いた。
「ああ、そりゃあもちろん。少し前にも山神さまのお怒りをお鎮めになったって話を聞いたな。で、その方がどうしたんだ?」
シュトラウスは軽く咳払いをする。
「その、実はですね。俺の依頼主がぜひとも勇者グレイドルを綴った書物をお書きになられたいと申していまして、こうして皆さんからお話をきいているんです。
それから、やはり勝手に本を作っては失礼でしょう?ですから、彼の居所も捜しているんです。彼を見かけたり、どこかにいたという話はありませんか?」
もちろん、勇者行方不明を隠すための大嘘である。考えたのはルノアンで、建て前くらいはなければ変に勘ぐられてしまうという思いからだった。
「そうだな……俺はよく勇者様の姿をしらんのだが、確か薄い紫色の瞳にブロンドの青年、って噂だったか。そんな容姿の客なんていくらでもいるし……肖像画とかはないのか?」
「う……いや、そういうものはちょっと……」
「考えてみれば、勇者様のグッズなんて売ってるが、肖像画は見たことなかったなぁ」
それはシュトラウスも同じで、彼の噂は何十と耳にした事はあるが、実際目にしたことも肖像画を見たこともなかった。
もちろん、顔も分からずに捜しにいくのは賢くない、ということで、彼は国王や宰相に彼の似顔絵をくれるように頼んではあったのだ。
しかし――――……
『すまん。勇者の顔を知っているもので、絵心のあるものがいなかった』
そう言いながら渡された数枚の紙には、前衛的な実に斬新かつド下手な似顔絵が描かれていた。子供の落書きよりはマシかもしれなかったが、真面目に描こうとして描かれたものだけあって、逆に特徴が分かりづらいものであった。
その中で一番ひどい絵――さすがにそれは、落書きよりもひどく、すでに人間の顔をしていなくて、目玉だけがやけに大きい、まるで魔物か魔族かそんな絵だった。
あまりに下手だったので思わず噴出してしまったシュトラウスだが、似顔絵を渡してきた宰相が真っ青になっていたのに気がついた。
『どうしたんスか――――』
『…………シュトラウス、そんなにわしの絵は面白いか』
そう尋ねてきたのは宰相の後ろで椅子に座っていた国王で、その真っ赤な顔はひどく歪んでいた。
冷水を浴びせられたような気持ちになったシュトラウスは、何か訳のわからない言葉を羅列した後、逃げるようにその場を後にしたのであった。
そんなわけで、それらの似顔絵が役に立つ訳もなく、地道に聞き込みをするしかないのだ。
店主からの情報はもらえないと分かった辺りで、ルノアンが腕一杯に薬をカウンターへ持ってきた。
「店主、会計を頼む」
「おい、薬を買うのは賛成だが、その量をどうやって持ち歩くつもりだ」
「それは、もちろんシュトラウスが」
「すいませ――ん!お会計ちょっと待ってくださいね――!」
シュトラウスは山盛りのなかから必要な分だけ取り出すと、あとは全て棚に戻してしまった。
「むー。シュトラウス、もし薬がなくなったらどうするんだ」
「そうそうなくならねぇよ!つーか、お前がヒール系の魔法覚えればこんなもん買わなくてすむんだけどなッ」
「なんだそれは。私に対する嫌味か」
ルノアンは高度な魔法を扱える王宮魔術師だが、どうも回復系の魔法は苦手で、擦り傷を治すので精一杯の腕前なのであった。
本人もそれに関しては少し気にしている部分があるようで、基本的に嫌味など天然でスルーする彼が、このことに関してはそれが「嫌味」だということに気がつくのである。
機嫌の悪くなったルノアンの肩を、シュトラウスは励ます気持ちで叩いた。
「悪かったよ。ま、適度の薬があれば十分だって話さ。とにかく、次行こうぜ、次」
そうして先に店を出てしまった。
そのうしろからぶつぶつと文句が聞こえたのは、無視した。
ちょくちょくお店を回っては聞き込みをしていた彼らを引き止めたのは、こんな言葉だった。
「そこのお前、待ちなさい」
いかにも偉そうな口調だった。
シュトラウスは一瞬人ごみを見回したが、目の前に立っている貴婦人は真っ直ぐに自分を見つめている。
「えーっと、俺……ですか?」
自分を指差しながら聞き返すと、彼女はくいっと尖った顎を引いた。
おそらく年上の20代後半くらいだと思われる、それはもうスタイル抜群の女性だった。肩の出た紫のドレスを着込み、隣で男が彼女に日よけを掲げている辺り、どこかの貴族か金持ちの娘といったところか。
だが、面識はない。人ごみでも目を引くほどの美人だ、見忘れていることはまずない。
となれば、初対面のはずだ。
はて、なんのようなのかと首をかしげていると、彼女はつかつかとヒールを石畳に叩きつけながらやってきた。
「お前、私の知っている子にそっくりだ。どうも他人とは思えぬ。よければうちでお茶でも一緒にどうだ」
「え、ええ、そ、それは……」
女性の勢いに返事を返してしまいそうになる。いや、こんな美人と一緒におしゃべりができると考えただけで、断る理由はなくなる。
ルノアンに視線を向けても、
「おお、シュトラウスにナンパをするような変わった女性もいるものだな」
と、一番の変わり者のくせにそう感心していた。……いや、感心されたくはないが。
だが、やる気はなくてもなにせ街に来たばかり。仕事をほったらかしにして女性にうつつを抜かすのもいかがなものか、と、シュトラウスのごく小さな真面目な部分が叫んでいた。
断りたくはないが、一応、お飾り程度に彼は抵抗を始めた。
「あのですね、俺、ちょっと探している人がいるもので……いや、もちろん、貴方のような人のお誘いを断るほどのことでもないんですけどね!ですから、よければもう少し時間を空けてから……いやいや、もちろん、都合が悪いというなら、今からでも構わないんですけどッ!」
「ほう、探し人とな。それなら私が協力をしようか?私はこの街で少し顔が利くのだ」
「あ、本当ですか?」
のんきにシュトラウスがこたえていると、隣にいたルノアンがぽん、と手を叩いた。
「もしかして、貴方はコンスタンツ様の奥方様ではありませんか?この街で名君と名高い……」
女性は陽気な笑い声を立てた。
「あの人が名君かどうかは知らんがな。いかにも、私はコンスタンツの妻、セシーリアだ」
ルノアンも丁寧に名前を名乗ったのだが、相方がそれをしないことに訝しげ、彼を振り返った。
するとなぜか、シュトラウスは暗い影を落としていた。
「ど、どうしたんだ?」
慌ててルノアンが声をかけると、彼はぼそりと呟いた。
「結婚……してたのか……」
しばらくその様子を見ていたルノアンだったが、結局何も見ないことにしてコンスタンツ夫人と会話を始めたのであった。