第2話 不審者には気をつけたい
「はは、俺を舐めちゃ痛い目あうぜ?」
剣と剣の交じり合う間から、シュトラウスは挑戦的に男を睨み付けた。
そのまま力で押し切ってやると、男は素早くその場から離れ、シュトラウスと距離をとった。
勇者ほどの知名度はないが、これでも城からそこそこ頼まれごとをもらうくらいの腕は持っている。
「くっ、たかが勇者を探すだけの人材かと思っていたが……それなりに俺様と楽しめるようだな」
「何だと?」
シュトラウスは剣を握り直した。
「なぜ俺たちが勇者を探していることを知っているッ」
宰相があの場で叫んだとはいえ、一応シュトラウスたちの任務は極秘だ。
――――――――勇者が逃げ……ではなく、行方不明と外部に漏れたら、国民にいらぬ動揺を与えるという城の判断だった。
だから、この見知らぬ男がそのことを知っているはずがない。
男は身体を揺らすほど大笑いした。
「愚かな!我が主の前では貴様ら如きの隠し事など、筒抜けだッ!」
「……主だと?」
聞いといてなんだが、シュトラウスはやっぱり聞かないほうが良いのかもしれないと思い直した。
だが、男といえばよほどその質問が嬉しいのか、今度こそシュトラウスが断りを入れる前に大声で言ってしまった。
「闇を統べる帝王、誇り高き魔族の主!!」
あ、聞きたくない。
シュトラウスは耳を塞いだ。
だが、それが無駄になるくらいデカイ声だった。
「魔王ロンバディウム様だッ!!!!」
…………耳の掃除をしたのは、随分前だということにしておきたい。
男――恐らく魔王の手先かなんかの魔族は、言い切った気持ちよさに笑顔を浮べていた。元々顔色の悪いやつだったので、ちょっと不気味だ。
その彼の前に立ちはだかったのはルノアンだ。
手に杖を掲げ、それを魔族に向ける。
「例え相手が魔王とは言えども、私たちの邪魔をするものは赦せん!勇者殿は、必ず私たちが見つけ出してみせるッ」
「戯言を!勇者という存在は主にとって目障りなのだ!
ヤツがいなくなってやっと平和が訪れたと思っていたら、勇者をわざわざ探そうとするとは、人間とはホントに煩わしいことこの上ない生き物だ!貴様らを倒し、再び安息を手に入れてみせるッ!!」
シュトラウス的には、魔族が「平和」とか言うなんておこがましいとは思うのだが、勇者を探し〜の件には頷いてしまった。ホント、煩わしい。現にそのせいで、面倒なことになっている。
ルノアンは詠唱を始めた。魔法を呼び出す呪文だ。
それは実に無防備で愚かな行為だった。
詠唱の間、呪文に集中しなければならないし、しかもルノアンは魔族の目の前に立っている。襲ってくれと言っている様なものだ。
馬鹿っぽかったが、さすがにそこまで馬鹿ではないらしく、魔族は呪文を口にするルノアンに襲い掛かる。今度は剣ではなく、一瞬で伸ばした、紅く長い、刃物のように鋭い爪を彼に振り下ろす。
ルノアンの名を呼ぶ暇もなく、シュトラウスはベルトに仕込んであったナイフを、魔獣の額めがけて放った。
「ぐぉッ」
魔族が怯んだうちにそのまま二人の間に割り込もうとしたが、それよりもルノアンの動きの方が早かった。
「来たれ、雷よ!!」
するとルノアンの杖から眩いほどの光が飛び出し、魔族を直撃した。
「大丈夫か!?」
さすが魔族というか黒焦げにはならなかったものの、彼が地面に伏して動かないことを確認すると、シュトラウスは慌ててルノアンの元に駆け寄った。
彼は長い袖で額の汗を拭うと、にっこりと笑った。
「さすが、シュトラウス。無駄に長い付き合いではないな。私たちのコンビネーションは完璧だ」
「は?」
「これなら幸先が良いな。国王も、きっと私たちが協力した時の強さを分かっていらしたんだな」
「……」
そんなエスパーな力を国王が持っているとは思えなかったが……問題はそっちではない。
シュトラウスは拳を震わせると、幼馴染に怒鳴った。
「お……お前な!!勝手な行動取るんじゃねぇ!!
正直、正直な!俺がナイフを投げられたのは奇跡だと思うぜ!?マジ焦ったんだからな!!
何考えてんだよ、お前っ。お前がいつ呪文唱えるとか、俺が分かってると勘違いしてるんじゃねぇよなッ!?」
「分かっているではないか。実際、お前はナイフを投げた」
「だ、だっかっら!!それは奇跡だっつーの!たまたまだっつーの!次回はないってーの!!」
「うむ、この調子なら勇者殿に会うのもそう遠くはなさそうだ」
全くシュトラウスの話を聞かず自己完結させたルノアンは、先ほどよりも軽い足取りで歩いていった。
「あ、あいつ、頭のどこかが悪いんじゃねぇの……?」
頭を抱えてしゃがみ込んだシュトラウスは、ちょうど雷に打たれてうつぶせになっていた魔族がもぞもぞと動き出したことに気がついた。
「ふ、ふふ……た、愉しませてくれるではないか……人間よ……」
「…………」
「これで終わったと思うな……お前らにとってこれは始まり、序章にすぎんのだ……」
「……それって、お前みたいな奴らが、今後も俺らに絡んでくるって事か?」
答えてくれるものだろうかと、一応、念のため、もしかしたら、という軽い気持ちで尋ねてみる。
「お前らは俺様や同胞たちの手によって、倒されるのだッ」
かなり素直な魔族だった。
「……なる程。でも、少なくともお前は俺たちに倒される訳だな」
魔族が「え?」という表情をして顔をあげた。
シュトラウスはにんまりと笑った。
「じゃあな、“左前髪”」
名前は結局聞かなかったし、左の前髪がやたら長いし。
そして、シュトラウスのセンスは最低なほど悪いし。
伝説の勇者を探す青年たちが通り過ぎた跡に残されたのは、哀れな魔族の末路であった。