第19話 少年、そして恐怖
唸るような声が聞こえた、気がする。
しかし恐々と後ろを振り返っても、ただ木がいっぱいで、それだけだった。
「は、早く、帰らないと……」
少年ロブは涙を飲み込んで、少しでも意識を保とうと独り言を続ける。
「……まだお昼だし、魔物でないよな?大丈夫、だよな?」
問いが返ってくるわけではないが、それを誰でも良いから肯定してもらいたかった。
森に来たのだってちょっとしたプライドだ。
幼い頃から絶対に森に入るなといわれ続けている怖い森に一人で行けるものならいってみろ、と友達に言われ売り言葉に買い言葉、「やってやるよ」の一言だった。
だが、今は痛切にその過ちが圧し掛かる。
昼間だったがロブは両腕を摩った。
「大丈夫だよな…ちゃんと家に帰れるよな…」
身体が震える。
ロブは叫びたくなる悲鳴を飲み込み、再び歩みを進めた。
その時――――
「迷子?」
聞こえるはずのない声が、聞こえた。
驚いて後ろを振り返ると、ロブよりも年下だと思える少年が、森の中にぽつん、と立っていた。とても細い少年だ。
その不自然さにロブは眉を顰めた。
誰もいない森で誰かに出会えた。嬉しいはずなのに、どうしてかその少年の存在に納得がいかなかった。
「大丈夫?森から出られないんでしょ?」
ロブはおずおずと頷いた。少年は笑っていた。
「……おまえも、森でまよったのか……?」
「うーん。そんなかんじかなぁ」
「そんなかんじ…って。森は魔物がいるんだ、ぐずぐずしてるとそのうち見つかっちゃうぞ」
「あはは。そうだね。殺されたくなかったらさっさと逃げるべきだよね」
ドキッとした。
「……そ、そうだな」
少年が笑みを深める。
「魔物に会ったら殺されちゃう。がぶがぶぼりぼり喰われちゃう♪」
「わ、分かってるよッ!!」
なにかが可笑しいと言うように少年が歌う様に言う。ロブはなぜか先ほどよりも怖くなって叫んでいた。
「俺もう行くけど、お前も来るだろ?同じ迷子のお前も置いていけないし」
いくら少し薄気味悪い少年だとしても、誰もいないよりはマシだ。ロブはこの時まだそう思っていた。
「うん、だね!僕も君のことおいていけないもん」
年下にそう言われ、ロブは少し機嫌を悪くして彼を見た。弟にそんなことを言われたようなものなのだ。
だが、ロブはその顔を見なければ良かったと思った。後悔した。
「おいていけないって言うか、『行かせない』っていうのかなぁ?」
くすくすくす……
無邪気で冷たい笑い声が森の中を響かせる。
ロブは後ずさっていた。身体がその場を離れたがっていた。
そこで気がついた。
こいつは、人間じゃない。
だから、ロブは一目散で少年から逃げ出した。駆けた。森の中を走り抜けた。
それでも少年の笑い声は背中から離れることはない。どこまでも追いかけて、逃さない。
「いや……いやだ……」
いつの間にか溢れていた涙が顔面をぐちゃぐちゃにする。それでもロブが足を止めることはない。
「あははははははは」
声が、なくなることがなかったから。