第1話 苦労剣士とボケ魔術師
シュトラウスはごく普通の少年だった。
港がある少々大きな街に住む、武器屋の息子でしかなかった。
ただ、店や家には武器が当たり前のように置いてあり、幼い彼がそれを遊び道具にしていても可笑しくはなかった。
そんな彼の友人は、二つ下の青白い顔をした貴族の息子だった。
もちろん、普通に暮らしていれば身分違いの彼らが出会う機会はなかったのだが、その貴族の親は実に変わり者で、家に篭る位なら外で走り回って来い、と、息子を放り出す親だった。
おかげで、息子も相当の変わり者で、どこであろうとも本を手放さず、時々地面に木の棒で物書きをするような子供だった。
そんな彼が近所の子供たちに苛められるのには時間はかからなかった。
だが、本人は苛められている自覚がなく、子供たちの無理難題な言いつけにいつも従っていた。むしろ、その難題を自分の頭でクリアすることが楽しい、といわんばかりに、いじめっ子たちに対しても笑っていた。
だがそんな変わり者も、さすがに大切にしていた本を目の前でボロボロにされたことには腹を立てた。必死になって子供たちに向かっていったが、体格的にも無理があった。
それに見かねたのがシュトラウスで、彼らを自慢の腕で追い払ってやったのだ。
それからというもの、何かしらの縁があったのか、なんとなく、二人は一緒に過ごしてきたのであった。
やがてシュトラウスは城から声がかかる程の剣士、そしてルノアンは王宮付きの魔術師に成長したのである。たまに城に呼ばれることがあるため、ルノアンとの交流は、21歳になる今でも不思議と続いていた。
だが、正直、その友人とセットで仕事を与えられるとは思っていなかった。
そして、その挙句が、「現在」だ。
「どうした、シュトラウス。旅立ちの朝にしては浮かないな」
ルノアンとの待ち合わせの食堂。先に来ていた彼は、薄笑いを浮べているシュトラウスに首をかしげた。
「あったり前だろ……こんなふざけた仕事、どこにある」
「ふざけてる?何を言っている、立派な任務だ」
シュトラウスは口端をひきつらせると、ゆっくりとした口調で言ってやる。
「あのな、浚われた姫でも探して来いって言うならまだいいんだ。
だけど、行方不明になったから『勇者』探してくれないかって、なんか可笑しいだろ!?変だろ!?」
ルノアンは実に真面目な顔で聞き返した。
「変か?行方不明なら探すのが当たり前じゃないか。お前、自分の父上や母上がいなくなったら探しに行くだろう?」
「それとこれとは話が違うッ!!なんで勇者が行方不明!?はぁ!?まだ死んだとかの方が納得いくわ!!」
「何を言う!勇者が亡くなられたら魔王は誰が倒すのだ。彼こそは私たちの希望ではないかッ!」
この国には勇者狂信者がここかしこといるが、まさか目の前の男もそうだとは知らなかった。
頭を押さえつつ、シュトラウスは愚痴を続ける。
「お前が勇者にどんな幻想抱いてるのか、俺は聞きたくないけどな、行方不明になった理由を聞かされた今でもそんな風に恥ずかしいこと言えるお前はある意味尊敬できる」
「なに、照れるではないか。今更そんなことをいう仲でもあるまい」
本気で褒めてると思っている辺り、この青年に文句を言っても駄目だ。
それでもやはり…………
「 『オレはこの世に“ヴァカンス”というものがあることを知りました。
暫くお仕事はお休みします。探さないでください。
勇者・グレイドルより 』
って城に手紙送ってくるような勇者がどこにいるんだぁぁぁぁッ!!!!! 」
「ふむ、私としても勇者殿が『探さないでくれ』と手紙に残しているから、探さないで差し上げたいところだが、国王直々の頼みとあっては流石に断れん」
「違う!感想のポイントが全く違うッ!!!」
ルノアンに共感を求めるだけ無駄だ。それは幼馴染だから良く分かっている。
それでも、誰かに自分の心のやるせなさを分かって欲しかったのだった。
全く気乗りしないまま、シュトラウスの旅は始まった。理由をひっくるめて半ばどうでもいい仕事だった。
「お前と一緒に旅する日が来るとは思わなかったな。思い出さんか、シュトラウス。昔よく街の外に遊びに出て、親に叱られていたな」
長い黒髪に同じ色のローブ。陰気な容姿だが、その表情は子供のものだった。彼のずれた性格は、時々羨ましくなる。
「そんなこともあったか」
今までで一番呑気でまったりとした任務に違いない。むしろ隣にルノアンがいるせいかもしれない。どうして柔らかな日差しの中、野郎と一緒にのんびり隣街までの、緑溢れた道を歩かなければならないのだ。
勇者探しの当はルノアンに任せてある。シュトラウスに任務への熱意がないことと、ルノアンの情報網……というか、顔の広さを頼ってのことだった。そして彼は、取り合えず南へ行こうと言い出した。だから、今は王都を離れ、南の方角へ歩いて一番近い街へと向かっているのだ。
なぜ南かとルノアンに尋ねたら「ヴァカンスというものは南国でするらしい。取り合えずそちらへ行こう」という、あまり根拠のない答えだった。
そうして、このまま国どころか大陸中を歩き回る羽目になったら嫌だ、と考えているシュトラウスの前に、いきなり男が現れた。
周りには隠れるような場所――木の一本だって生えてないような、見晴らしの良い場所だ。
シュトラウスは剣を手に取った。
「お前、何者だッ!」
テカテカと光る皮のマントを羽織った、顔色の悪そうな男だった。彼の左眼は長い前髪で見えなかった。
「ふっふっふ、名乗るなら始めに自分が名乗るのが礼儀だろう」
いっきに雲行きが怪しくなった。
「フッ、まぁ、今回ばかりは教えてやらないこともない。俺様の名は」
「やっぱいい!!聞かせないでくれ!!」
シュトラウスは男の話を無理やり中断させると、ルノアンの背中を押してお急ぎでその場を離れる。
「おい、シュトラウス。彼はまだ名乗っている最中であったぞ。失礼ではないか」
「アホかッ!!あんないかにも面倒くさそうな輩と係わり合いになるのは御免だッ!!」
だが、いつのまにか二人の前に、男は立っていた。
シュトラウスは慌てて足を止める。彼は怒っている様子だった。
「貴様ッ!礼儀というものを知らんのか!俺様はまだ話している途中だぞ!」
「お前みたいないかにも怪しい奴に俺の礼儀云々を言われたくない!それから、俺らはお前と係わり合いになりたくない!以上だッ!!」
そして再び踵を返して足早に逃げてしまおうとした。
だが、男はよほど頭にきたのか、腰に下げてあった剣を引き抜くと、そのまま背を向けたシュトラウスに襲い掛かってきた。
それに気がついたルノアンが叫ぶ。
「シュトラウス!」
ヴァカンス=南国へ、という意味ではないのでお願いします。
ただ西欧の方は日光浴をするために、南の方の国に行くことが多いそうです。