第18話 薄暗闇の森の中で
「彼」は額に汗を滲ませていた。
――――なんて事だ。二手に分かれてしまうとは……
それは考えられない事態ではなかったが、それでもよりによって自分が交通手段に迷っている間に、とは。
だから「彼」は考えた。
「どちらに付くべきか」
ふと、「彼」は思い出した。
――――そういえば……あの人はどちらかというとアイツの方を気にかけていた……
ならば、やはりこのまま「あちら」を追いかけず、この場に残った方が良いのではないだろうか。
だから「彼」は遠くから見つめていた馬車に乗り込む黒髪の青年から視線を離すと、そのままそれを村に向けた。
森を背後にある、小さな村を――――
「ロォブ――――!!!どこにいるんだぁあああぁぁ!!!??」
大声を出しながら足場の悪い森の中を駆けるのは、正直苦しい。
でもこの声が少しでも少年に届くならばと掠れる声を絞り出していた。
視界を塞ぐ邪魔な葉や枝を掻き分け、時に切り捨て進もうとするものの、足場は悪く思ったようには進めない。
シュトラウスは一度首筋の汗を腕で拭うと、大きく息を吸い込んだ。
「くそッ……俺って王都出てから人捜ししかしてねぇし……」
苛立ちに任せて悪態をつくが、それで事態が良くなる訳でもない。だか彼が言うとおり、勇者捜しにルヴィ捜し、犯人捜しに謎の少年捜しの末、ロブと言う少年を捜すに至る。もはや何かに取り付かれていると言ってもいいのかもしれない。
突然膨れ上がってきたイライラを押さえつけ、シュトラウスは再び足を進める。
森の奥へ進めば進むほど、あたりの気配が淀んでいくようだった。
今の状況で幸いと言えるのはまだ陽が高いことだ。ちょうど昼頃のため、陽が落ちるまでは時間はある。
時間はあるが、だからといって魔物や魔獣が大人しくしている訳ではない。それに森の中は陽の光が入りにくく、暗い。
その証拠に「キィキィ」と金切り声を上げる兎くらいの大きさの魔獣が時々姿を現してはシュトラウスの存在に気がつき逃げていく。逃げてくれる相手ならいいが、これが追いかけられると小さくてもたまらない。いちいち相手をしていられないのだ。
それに子供にとっては小さな魔獣でも十分危ない。魔獣にとっても子供と大人がいたら小さい方の獲物を狙うのは人と同じなのだ。
肩で息をし始めたシュトラウスは再び足を止めてあたりを見渡した。
木、木、木。あるいは葉か。
変わらない景色が不気味だった。
(村人たちの方で見つけていてくれればいいけど……)
それならそれで、シュトラウスが山中走り回っただけで話は済むのだ。
息を整えていると近づいてくる気配に気がついた。
しかも、気配を消してない。あからさまにシュトラウスに向かってくる。
――――速いッ!!
「魔物か!?」
急いで剣を抜いた時にはぎりぎりであった。
わずかな瞬間で刃がその武器を防いでいた。
「え…っ」
ぱちくりと剣の向こう側を見つめる。
それは相手も同じようだった。
「お前は……」
「あ、あああんたッ!」
目の前に居たのは、午前中に見かけた昨夜の槍男であった。
彼は槍を下ろして、ぼさぼさの前髪の間から訝しげな視線を向けた。
「どうしてこんな所に?……いや、いきなり襲って悪かった。てっきり魔物だと思ったんだが……」
「いや、それはいいけど……なんともなかったし!
って、それよりも!!!」
シュトラウスは男の胸元を掴む。
「あんた、男の子見なかった!!?森の中でッ!!」
「え?」
男は驚いたようにシュトラウスを見た。
「村の子なんだけど、森に行くっていなくなっちゃったんだよ!!
なぁ、知らないか!?」
一瞬呆けたような男であったが、ぎこちなく首を横に振る。
「…いや。私は見ていないが……」
「そ、そうかぁ……」
項垂れるシュトラウス。
だが男はこう言ってくれた。
「私も一緒に探そう。この森は確かに危険だ」
鋭い視線で見渡す男の様子は、シュトラウスが思っていた以上に森が危ないと警鐘をならすものだった。
「………その子が……………れば良いんだが……」
その微かな声は森を吹きぬける冷たい風に流れ、シュトラウスの耳に届くことはなかった。