第17話 ご自宅訪問
この居た堪れない視線は3度目だ。
玄関ドアからのぞく女性から明らかに不審者の眼差しを受けるのは結構苦痛だ。
「……で、ですから、そんな、怪しい者じゃないんですよ?その、お宅のお子さんの声を聞かせていただければそれだけで良いんですが……」
「子供の声フェチの方ですか?」
――――シュトラウスは9281ダメージを受けた。
「それってどんだけマニアックうぅう!!??
違いますよ違いますッ!!!そんなマイナーな趣味はこれっぽっちもありませんッ!!」
「……そうなんですか?だって、息子の声聞きたいなって理由が他にあるとは思えませんし……」
「あえてなんでそんな理由!??」
そこへひょっこりと玄関に顔をだす少年。5歳位だろうか、可愛らしい年頃だ。
「おかあさん、この変態さんだぁれ?」
「待て待て待て待て!!!可愛いとか前言撤回!!あんたんとこの教育どうなんてんのぉぉぉ!!??」
「まぁ。うちの教育にあなたのような大人に言われたくないわ」
それは暗に俺が駄目な大人と言いたいのかそうですか。
シュトラウスはその場に泣き崩れた。
男の子が彼の頭をなでなでしてくれる。
「…………も、もう十分です……違いましたから……」
可愛らしい声は夢のものとは違う。
「まぁ。そんな短時間で堪能できるなんて、よっぽど高度なフェチなんですのね」
どんなフェチだ、この野郎ぉぉおお!!!
シュトラウスはこの村で確実に不審者の汚名を築いていた。
それもそのはず、いきなり子供のいる家に押しかけてきて「お子さんの声を聞かせてください」という怪しい行為に疑いを持たぬものなどいない。
流石に奮い立たせていた心もぼろぼろになり、6件目の家に行く前に家と家の間の路地ともいえないような隙間で腰を落ち着かせて、項垂れていた。
「俺のやっていることは間違っているのか……?」
冗談ナシで「殺す」なんていっている子供の心を矯正してやるなんて大それた事を言う気はないけれど、少しでも思いとどまってくれないだろうかという思いは、こんなに蔑まされることなのだろうか。
しばらくしてなんとか立ち上がる力を取り戻し、シュトラウスはふと周りを見渡した。家の裏口から多少離れているものの、広大な森が路地の先に見えていてそこを通る影を見つけた。
「んん?あの人は……」
間違いない。
昨夜のぼさぼさ頭の槍男だ。
彼の姿はそのまま森の奥にいってしまった。
「あんな陰鬱そうな森に用なんかあるのかねぇ。トイレか?」
森には魔物が徘徊している。
昼間はそれ程多くはないが、それでも危険なことには変わりない。一人で用足しするくらいなら酒場でも宿屋でもそこのトイレに駆け込むほうが無難で安全だ。
だがなんにせよ、昨夜見た限り彼はかなりの実力者と思っているシュトラウスはさほど心配することもなく、自分のやるべきことに向き合うために路地を抜け出る。うす暗闇から出たため太陽の光が少し目に痛かった。
シュトラウスが次に訪れた家は赤い屋根の家だった。トントン、と古びたドアを叩くと男の人が出てきた。
「誰だい、あんた」
……いかにも不審そうに言われた。
「あ、その……初めまして。俺…私はシュトラウス・ロベルと申します。
実はとある方から依頼を受けまして、この村でお子さんがいるお宅を訪ねさせていただいているんです」
「なんだそりゃ。俺の息子になにか用ってわけか?」
シュトラウスは首を縦に振る。
「実はその依頼主の方はこの村の近くで怪我をされたときに、子供に助けられたとおっしゃられていまして、その時のお礼がしたいということで、お探ししているんです」
「はぁ……あんたに頼むほどそんな律儀なヤツもいるもんなのか。
…だけど俺の息子じゃねーと思うぜ。そんな話を聞いたこともないし」
「そうですか……ですが一度でいいのでお会いできないでしょうか。確認したいこともございますし、それが私の仕事なのです。ちょっとで良いんで……」
なんとか食い下がるシュウトラスを頭を掻きながら見ていた男だったが、家の中に顔を向けて叫んだ。
「おーい!ロブ、エーム!ちょっと来い!」
すると扉の隙間からぱたぱたと軽い足取りが聞こえて来た。
「何、お父さん」
男の脇からひょっこり顔をのぞかせたのは、7歳くらいの男の子だった。
「ああ、この人がお前に用があるらしい……ん。ロブは?」
「お兄ちゃん?さっき出かけたよ?」
「本当か?ったく、またミーシャの家にでも行ったのかね。
悪いな兄さん。ロブに会いたきゃまた後に来てくれ」
弟の少年の声も外れ。
ならばシュトラウスは頷くだけだった。
「違うよ、お父さん」
「何が?」
いきなり弟のエームが男の袖をひっぱり、そう言った。
「お兄ちゃん、ミーシャちゃんの所に行ったんじゃないよ」
「そうなのか?じゃあ、ドン爺さんとこか?」
だがエームは首を横に振る。
「森、だよ」
「!!??」
少年のその言葉に、男は顔を引きつらせた。
彼は強く息子の肩を両手で掴んだ。
「どういことだ!?ロブが、森に!?本当なのか!!!?」
「い、痛いよ、お父さんッ!!」
「なぜ早くそれを言わないんだッ!!何時だ!?何時家を出たんだ!!」
痛がる息子が目に入らないのか。男は顔を真っ青にして息子を目の前に怒鳴っていた。
確かに、いくらなんでも森に子供一人、は危険すぎる。
しかしシュトラウスは取り合えず男を少年から引き離す。
「息子さんが嫌がってますよ!!
とにかく、急いで探しましょう。森に行った息子さんの特徴や服装を教えてください!」
「あ、ああ……」
シュトラウスは男からロブの特徴を聞きだすと、急いで家に背を向ける。
「武器を持って何人かと一緒に探してください!貴方も危険ですから!!」
カチャカチャと耳に付く金属音を聞きながら、シュトラウスは走り出していた。