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Find the Hero  作者: ハルト
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第15話 槍を持つ男

 酒場は盛り上がりを見せている。昼間の村からは想像出来ないほどの人口密度で、村の男たちはほとんどいるんではないかと思ってしまう。

 シュトラウスは殆ど埋まっている席を見渡し、ひとつのスペースを見つけた。

 もちろんそのテーブルには他の客がいたのだが、彼の目的には都合のいいことであった。


 シュトラウスがテーブルに近づくと、トランプゲームをしていた四人の男たち――日に焼けてガタイの良い男たちが顔を上げた。


「どーも。俺、初めてこの村に来たんだけどさ、仲間に入れてくんないかなーって思ってるんだけど。どうかな?」


 彼らは胡散臭いものを見るような眼差しを向ける。

 肩を竦めたシュトラウスは、傍を通りかかった店員を呼び止めた。


「この人たちにお酒出してくれるか?」


 口笛が上がった。


 男たちは急に顔を緩ませると、シュトラウスの肩を叩いて空いていた席に座らせた。


「兄ちゃん、太っ腹だな!ほら、あんたも一緒に賭けゴトしようぜ」


 シュトラウスの前にも配られるカード。

 それを手にして見れば、クズばかりだ。


 頭を掻いて少し悩んだものの、シュトラウスはポケットからコインを取り出し、テーブルの上に放り投げた。


 ゲームは始まったのだった。









 欠伸が出た。もうさすがにルノアンたちは寝ているだろうか。

 シュトラウスはカードをテーブルに置いた。


「あーあ。また負けちまった」


 ノーペアだ。ゲームを始めて二十数回、ほとんどワンペアか揃わないかのどちらかだった。


 男たちもさすがにそこまで新参者が賭け事に弱いとは思っていなかったらしく、途中何度か掛け金を戻してくれた程だった。


 シュトラウスの右に座っていた男が、慰めるように肩を叩いた。


「何でも上手くいかない日はあるもんだ。気にすることはねぇよ」


「そうかな?そうだといいんだけど……ところで、あんたたちってこの村の人たちだよな」


「? ああ、俺たちも周りにいる奴らもほとんどそうだぜ。兄ちゃんみたいに若い男はだいたい村の外にいっちまうもんだ。ま、俺も若い頃はそうだったが……」


「ふーん。それじゃ、あんま年齢の低い子はこの村にはいないのか」


 男は首肯した。


「はは。子供にゃ刺激の少なすぎる場所さ。出たがる子は多い。

 ま、元々この村に子供なんてそんなにいやしないよ」


「そんなに少ないの?」


「ガキってもんは、8人くらいしかいないんだぜ。少ないないなんて話じゃないだろ?

 仕方がないが、この村で腰を落ち着けようなんてやつは少ない。子供がいなくなるのも自然なことだ」


「ふーん……」


 


 思い出されるのは夢。


 ……いや、夢だったかどうかも疑わしい。だが、あの声(・・・)は高くて、幼い声。

 年齢的には幼くて5歳、大きくて10歳くらいだというのがシュトラウスの見方だ。だが、こんなものが手がかりになるとは思えない。本人の声を聞いたら分かる自信はあるのだが……


 しかし村に八人しか子供がいないというなら、直接会って確かめられる人数だ。

 幸いかどうかは別だが、この村の辺りには人が住むような場所はないし、幼い子供が遊びに来る場所でもないだろう。それならば、声の主は必然的に絞られる。

 だからきっと、見つけ出せる――――……




そうしてシュトラウスが思考に耽っていると、隣のテーブルがどっと沸いた。


 興味が湧いて見てみると、大柄な男がもう一人の男の胸倉を掴んでいた。男の表情は髪がぼさぼさでよく見えない。背には年季の入っていそうな(ランス)があった。

 始まった喧嘩に観客は止めるどころか彼らを(はや)し立てる。


「……離せ」


 胸倉を掴まれていた男は目の前にあった手を払う。

 だが大男は、今度は彼の前髪を掴んだ。


 その時覗いた瞳に、シュトラウスは驚いた。いや、どちらかといえばゾッとした、と言うべきか。


 本来なら金色の瞳だろうと思われるのだが、それがどこか不自然な光を持っている。

 濁っているわけではない。むしろ、どこかすっきりとし過ぎている程だ。

 だが、その目は見る者の心にどこか重いものを与える。


 その男が腕を背に動かしたのが見えた。



「!」



 シュトラウスは慌てて大男を呼び止めた。


「なんだ?」


 もちろん不機嫌で気が立った男は、額に青筋を立てて振り向いたのだが、シュトラウスは怯むことなく明るい調子で言う。


「いや、折角この店は良いところなんだから、そういう騒ぎはよそうぜ」


「あ?お前に関係ねぇだろーがッ」


 今度はシュトラウスに大男の手が伸びる。

 身軽にそれを避けると、よけいに大男は顔を歪ませた。


「ま、関係はないけど俺だってあんたと同じ『客』だからな。文句を言う権利はあるぜ」


「権利だかなんだかしらねぇけどうるせぇよ!!!」


 赤ちゃんの頭ほどある拳がとんでくる。


 シュトラウスは身体を反らせながらその腕を両手で掴むと、大男の勢いと己の背中を使って彼を壁に叩き付けた。テーブルや椅子がその拍子に引っくり返る。大男は動かなくなった。


 周りが喚声の中、シュトラウスは気絶した男を見下ろした。



 気絶とちょっとした打撲ですんだことを感謝してもらい所だ。……まぁ、目覚めた時には憤怒の顔が彼に浮かぶだろうが……。


 縒れた衣服を正していると、ぼさぼさ頭の男がすぐ近くに立っていることに気がついた。

 大男に掴まれた際にそのまま立ち上がっている前髪のせいで、彼の眼の上に古傷が刻まれていたことに気がついた。

 彼の眼は先ほどよりも穏やかで、澄んでいる。


「……止めてくれて助かった」


「まあ、自分がしようとしたことが分かっててそう言うなら俺が改めて言うことでもないかもしれないけどさ……あんまり感情だけに任せきりってのはやめたほうが良いんじゃないか?」



 自分だって聖人ではあるまいし、感情には流されっぱなしの人間だとは自覚しているが、それでも前髪を掴まれてそれを振り払うために人を刺す気はない。


 殺す気があったわけではないと思う。

 それでも、男は背中の槍で大男の身体を貫くつもりはあったはずだ。それはすなわち、殺すことと同義であったと思う。あの瞳はそういう瞳だった。


「そうだな、止めなければいけないな。自分で、終わりにしないとな……」


 伏せられた瞳。

 男のその言葉は、シュトラウスの言葉を受けて口にしたものには聞こえなかった。ほとんど独り言であっただろう。


 彼は軽くシュトラウスに頭を下げると、酒場を出て行ってしまった。その背中はどこか儚く感じさせた。




「兄ちゃん、後始末しておいたぜ」


 声をかけられ振り向くと、トランプを一緒にしていた男たちが倒れたテーブルや椅子を元に戻したり、床に寝そべっている大男を店の隅に移動させたりしてくれていた。


「うわっ、ありがとな!」


「いーっていーって。面白いもん見せてもらった礼みたいなもんさ。

 さ、また賭けでもしようぜ」


 折角の誘いではあったが、流石に明日馬車が出発するのならそれまでに動ける時間はあまりない。最悪、シュトラウスだけでも後から街に行くことになるかもしれない。これ以上夜更かしはしない方がいいだろう。



「俺そろそろ宿に戻るわ。ごめんな」


「なんだ、寝るの早いぞ兄ちゃん!」


「悪いなぁ」



 もう一度お礼を言った後、笑いながら男たちに暇を告げる。



 店員に少々高い出費を払い、店を後にする。酒場の外はとても静かだった。

 背中かから漏れる喧騒が、彼の場所からぴったりとなくなっているようだった。濃紺の空が、どこまでも続いていた。


 シュトラウスはマントを羽織直すと、暗闇に一歩踏み出した。









 宿の部屋に戻ると、相部屋のルノアンがまだ起きていた。窓側のベッドの上で読書をしていた。

 彼は帰ってきたシュトラウスの方を向かず、本を見つめたままだった。


「……酒の方は楽しめたか?」


 シュトラウスは上着を椅子の背にかけると、空いていた方のベッドへうつ伏せに倒れこんだ。


「んー、まぁまぁ、かな」


 ひとり酒はできなかったが、わいわいと飲むのもまた一興であった。


「……ルヴィが心配してたぞ。あまり飲むと身体に良くないって」


「はは、ルヴィはホントいい子だなぁー」


「水でも貰ってくるか?」


 今夜はやけに静かだ。シュトラウスはぼんやりとそう思った。



 彼は倒れこんで目の前にある真っ白なシーツを見つめたまま呟いた。




「どうかしたか、ルノアン」





 気にかけるような様子ではない。何が可笑しいと聞かれてはっきりとは答えられない。

 それでも、父親以外で長く傍にいたのは彼であり、だからこそ感じるものの違いが分かるのだ。




 聞いてみたものの、返事はなかった。




 シュトラウスはそのまま目を瞑ると最後にもう一言だけ言った。



「おやすみ」




 眠りに落ちる直前に、ルノアンは彼と同じ言葉を紡いでいた。








「おやすみ、シュトラウス」












なんか雲行きが怪しいと言うか若干暗いというか。

次は女の子が出て華やかになるかと。……なったらいいなー。

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