第14話 彼の人は何を想う
「へぇー?あんたたち勇者グレイドル探してるんだ」
なんとか日暮れまでには、街までの休憩場所である村に着くことができた。 その村で宿を借りたシュトラウスたちは、一室に集まってクリスに今までの経緯を話した。
寝台のうえに座っているクリスとルヴィに向き合うように、シュトラウスは背もたれが正面に来るような形で椅子に座っている。
「まぁな。正直、ぜんっっぜんやる気なんかないけど」
シュトラウスとしてはもう旅行を楽しむつもりだった。仕事なのは分かるが、どうやら魔族に狙われているらしいというマイナス要素に匹敵するほどその仕事に結果が出るとは思えない。
だいたい、あてもなく人捜し出したところで、勇者が魔王を倒したくないヴァカンスしたいなんて言いだしたら、二人の苦労は水の泡という任務である。
シュトラウスとは反対側に座っていたルノアンが、クリスに尋ねた。
「おまえはどうなんだ?先生と一緒じゃないが、頼まれごとでもされてこちらに用でもあったのか?というか、あんな何もない場所で歩きとは危険極まりないと思うぞ」
ルノアンが言う通りで、クリスは日も暮れそうな時刻に馬車も馬もなく何もない場所を歩き回っていたらしい。さすがにこれには皆驚かされ、もしシュトラウスたちが通りがからなかったらいったいどうやって夜を過ごすつもりだったのか皆目分からなかった。
クリスは多少嫌そうな表情を作ったが、しぶしぶとそれに答える。
「マキューズ先生はお先にあんたたちも向かってる『水の街』に行っちゃったのよ。
しかも、わたしの乗っていた馬に逃げられちゃって、いやーもう、夜中歩き続ける覚悟だったんだけどね。あんたたちが乗ってた馬車を見かけてさ!
それで頑張って走って馬車を止めようとしたところ魔物と遭遇ってわけね」
あははー、と簡単に笑っているクリスだが、本当にどうするつもりだったのだろうか。
「はぁ……まぁ、街まではおっさんにお願いして乗せて行ってもらえよ」
「当たり前よ!」
シュトラウスの言葉に元気よく答えるクリスだった。
そこでルヴィがにこにこと彼女を見上げた。
「じゃあ、クリスさんも街までご一緒できるんですね。よろしくお願いします」
固まるクリス。
いや、この場合変態か。
彼女は頬を紅く染めると、両手を広げてルヴィに抱きつこうとする。
「ルヴィちゃん可愛いッ!!!」
予想通りのことに呆れ果ててしまう。
シュトラウスは瞬時に椅子を傾けて手を伸ばし、クリスの首根っこを掴んだ。
「おお。慣れるの早いな」
「いや、馴れる以前に次の行動が分かり易過ぎる」
じたばたするクリスを押さえつけ、余裕の表情で後ろを振り返って会話をするシュトラウス。その姿はどこか彼の人生における教訓が垣間見える。
クリスが諦めたと見たシュトラウスは手を離すと同時に椅子から立ち上がった。
扉の前まで行ったところで三人に振り向くと、
「ま、お子様は早く寝ろよ。俺は酒場にでも行ってくる」
そういい残して、部屋を出たのであった。
ルノアンを誘っても酒の弱い彼では飲酒どころか介抱の役回りをさせられそうであったし、一人酒を愉しみたいという気持ちもあった。
それから――――――
――――――殺してやる…………
耳に残るその声が、未だに離れないから――――
「何よ!お子様って歳でもないのにっ。
だいたい、歳だってそんなに変わらないくせに―――!」
シュトラウスの言葉に憤慨しているクリスではあったが、それはルノアンも同じ思いであった。ただお酒を飲んでも迷惑しかかけないだろうことは自覚しているので、一緒についていっても仕方がない。
「何か温かい飲み物でも貰ってこようか?ミルクかココアでも……」
「あ、それじゃあわたしはココアをお願いします」
赤毛を揺らし軽く頭を下げるルヴィに微笑みながら、今度はクリスに顔を向ける。
「お前は――――」
クリスはちらりとルノアンを見上げた。その真っ直ぐな眼差しが懐かしいと思えた。
「……お砂糖いっぱいがいい」
一瞬考え込んだルノアンだったが、すぐに頷いた。
「ああ、分かった」
クリスは何かと甘すぎる紅茶が好きであったのだ。
立ち上がったルノアンは、彼女がまだ何かを言いたげな顔をしていたことに気がついたが、あえて自分から聞く気はなかった。
だからそのまま、部屋を出た。
廊下は静かだった。
人気が多い村とはいえず、観光名所があるわけでも、まして名が知られた場所でもない。旅行者がわざわざ泊まることもなく閑散としていた。
「リー」
反射的に振り向いた。
めったに呼ばれていない名前だった。
同時に、その名で呼ぶ者は限られている。
廊下の真ん中で、背筋を真っすぐに伸ばした女性がルノアンを見据えていた。
「……ルヴィがいては、都合の悪い話か?」
彼としてはめずらしく、おどけた様子に故意を含めて聞いた。
クリスはそのものいいに口端を引きつらせていたが、それでも我慢して尋ねてくる。
「別にどこでもいいわよ。ただ、あんたにはそろそーろ、ちゃーんと分かってもらわないとと思ったからっ」
「そう何度も言われなくても分かっている。私がクリスを騙していたと2、3年も言われ続けれといる私の身になってくれ。
だが、私はクリスが勘違いしていたとは知らなかったんだ。お前が私の性別を誤解していたことを恨みに思われても、私にはどうにもできん。そうだろう?」
そう言われてはクリスも言い返せないのか、ぐっと気持ちを堪えたように唇を噛んだ。
「……そりゃ、そこまで否定されて改めて考えれば、あんたがわざとそんなこと、するとは思わないけど……」
「……」
「あ―――でも!!やっぱ納得いかない!!女の子なら申し分ないのにぃぃ!!」
本気で悔しがられるとは、こっちの方が納得がいかない。
だからルノアンはあっさり、
「期待に添えなくてすまんな」
と答えてやった。
クリスは半眼で睨む。
「腹立つわねあんた相変わらず!!」
「はは」
ルノアンは苦笑にも似た笑みを零した。
するとなぜか、クリスが息を呑んだ。
凝視する青い眼にルノアンは首を傾げる。
「あんた、そんな風に笑ってたっけ…?」
「え……」
「だってなんか、今の顔と比べると昔は……」
その時二人の傍にあったドアが開いた。
中から馴れ合った男女が出てきて、いきなり目の前に現れたルノアンたちに戸惑っていた。
「それでは私は飲み物をとってくる」
「あっ、リー!待って……」
ルノアンは振り返らず、クリスの言葉の先を聞くことはなかった。
階段の軋みが嫌に耳に付いた。
「昔…………か…………」