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Find the Hero  作者: ハルト
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第11話 出立の朝

 勇者の足取りも、街での誘拐事件も、そしてセシーリアのストーカー問題も、なんとかシュトラウスたちは片付けることができた。

 その彼らには、これ以上街に滞在する理由はない。




 シュトラウスとルノアンはバラの庭が美しい屋敷の門の前で、奥方がやってくるのを待っていた。

出立の朝だった。



 セシーリアよりも先に、赤いストライプの入った白いワンピースを着たルヴィが、大きな荷物を持ってやってきた。

 見たところ旅行用の鞄のようで、小柄な彼女には少々大きすぎる。ふらつきながらも、ルヴィはなんとか荷物を二人の前まで運び終えた。


「おはようございます!」


 ルヴィの笑顔は朝からとても気持ちいいものだ。

 清々しい気分でシュトラウスも挨拶を返す。


「おはよう、ルヴィ。今日はやけに荷物が多いが、どうしたんだ?」


「わたしですか? 前からの予定で、今日からお薬の先生の下で修業しに行くんですよ」


「君の家は薬屋だもんな。

だが、誘拐されたのによくおっちゃんたちが許したな」


 あれほど取り乱して娘を心配していた親たちだ。昨日も朝から屋敷にやってきて、なんどもノース夫妻にお礼を言われたていた。

 それなのに、娘が戻ってきて二日も経たないうちに余所へ行かせることができるだろうか。


 ルヴィは得意げな顔を見せた。


「それはですね…」


「剣士の兄ちゃん!」


 丁度呼ばれて振り向くと、まさしくノース夫妻がやってきているところだった。

 薬屋の主人はシュトラウスとルノアンに盛大な包容をすると、娘にそっくりな笑みを見せた。


「本当にあんたたちはいい人だよ!

ルヴィを救ってくれただけじゃなく、街まで連れていってくれるだなんて!」


 二人揃って目を見開いたシュトラウスとルノアンは、ルヴィの方に振り返った。

 少女はぱちりと小さくウィンクをする。


「勇者様もルヴィの先生がいる『ウィークス』に向かったんだろ?なにかの運命なのかね。

二人ならルヴィを任せても安心だし!」


 ノースの妻、カエラも深く頷いている。


「あ、いや……」


 何かを言おうとしたシュトラウスを遮ったのは、やっと現れたセシーリアであった。


 優しいクリーム色のドレスを身に纏った彼女は、遅れてしまったことを謝ると薬屋夫婦の方に顔を向けた。


「ノース、カエラ、お前たちはそろそろ店を開けなければならないだろう?

 ルヴィのことならシュトラウス殿たちにまかせておけば大丈夫だ。お前たちも一度近々休みを取って、『ウィークス』に行くのだろう?

 すぐ会える。見送りは(わたくし)が最後までちゃんとする。さぁ、早く戻りなさい」


 そう促され、ノースとカエラは二、三度娘を強く抱きしめて、しばらくの別れを告げた。




 店に戻るノースたちを見つめていたシュトラウスは、ルヴィを軽く睨んだ。


「どーいうことだよ、ルヴィ」


 彼を見上げたルヴィはぺろりと舌を出した。


「だって、わたしどうしても先生のところで勉強したかったんですもん。でも、事件のせいでお父さんたちが行くことを反対し始めて……。折角のチャンスがなくなっちゃうなんて嫌だったんです。ずっと前から楽しみにしていたし……」


「そこで」


 言葉を繋いだのはセシーリアだった。

 彼女はいたずらっぽく笑った。


「私がルヴィに、ノースたちを説得する術を教えてあげたんだ」


 彼女の笑顔が眩しいのはシュトラウスだけだろうか。


「……それで、私たちが街まで送り届けるということにしたんですね」

「すまない。私としては、ぜひルヴィの願いを叶えてあげたいのだ。いきなり言われて困ると思うが、どうか……」


 シュトラウスはセシーリアの手を取ると、強く握り締めた。


「いえ!ルヴィのことは俺たちに任せてください!絶対送り届けて見せます!!」


 彼の心情的には愛しい王女を護る騎士のつもりなのだろうか。

 ルノアンはやれやれと肩をすくめた。


「まぁ、行き先が同じなら一緒に行った方がいいでしょうしね」

「ありがとう。街までは馬車を使ってくれ。チケットは手配してあるんだ。私からのせめてものプレゼントだと思って受け取ってくれ」


 そこでシュトラウスは、セシーリアが犬を抱えていることに気がついた。

 赤茶色をした小型犬だ。犬は大人しく主人の腕に抱えられている。


「セシーリア様は、犬を飼ってらしたんですね」


 彼女はくすり、と笑顔を零した。


「ああ……ところで、この子、誰かに似ていないか?」


 くりっとした円らな瞳。真っ黒な湿った鼻。少し反ったヒゲ。愛嬌のある垂れた耳。赤茶の癖のある毛並み。

 なぜだかあまり可愛いと思えない。


 シュトラウスは首をかしげた。


「さぁ……」


 だがルノアンは手を叩くと、犬に突き出した指をシュトラウスに向けた。


「お前だ!」


「おいおい」



 呆れたシュトラウスだったが、セシーリアの顔を見た瞬間固まった。

 彼女が嬉しそうな顔をしたからだ。


「そうだ。さすがルノアン殿。シュトラウス殿と付き合いが長いだけあるのだな」

「いえいえ。実は前からヤツは犬顔じゃないかと思っていたところでして……」

「ふふ、だからだ。シュトラウス殿を初めて見たときに、他人に出会った気がしなかったのは」


 優しく犬を撫でる細い指。

 だが、実際シュトラウスは犬ではない。死ぬほどそれが羨ましくても、やはり嬉しくはない。


「この犬のおかげで夫人に出会えたのだから、感謝しておけ」


 そうルノアンに言われても、やっぱり感謝する気にはなれなかった。






 街道の街の乗合馬車・停留所。

 店はほとんど営まれていて、ひとの往来も多い。だが、乗合馬車に乗る人はどうやらシュトラウスたちだけだったようだった。


 シュトラウス、ルノアン、そしてルヴィ。三人が馬車に乗り込むと、セシーリアは小包をシュトラウスに手渡した。


「お弁当だ。料理長ではなく私が作ったからあまり美味しく知れないかもしれないが、よかったら皆で食べてくれ」


 彼女はシュトラウスとルノアンの手を握ると、優しい眼差しを向けた。


「二人には改めてお礼を言いたい。本当に、ありがとう。

 もし私で出来ることがあれば、いつでも助けになる。こう見えても遠いところにも知り合いが多い。手紙でも送ってくれれば、この街からでも少しは役に立てると思う」


「俺たちもセシーリア様にはお世話になりました。またこの街に来る機会があったら、絶対に会いに行きますね」

「夫人、お心遣いありがとうございます」


 セシーリアはルヴィに視線を移す。


「ルヴィ、お前の夢のために、頑張るんだぞ。身体だけには気をつけなさい」


「はい!……また、セシーリア様に会いに行きますね。そしたら一緒にお茶、飲みましょうね」


 ルヴィの瞳は薄っすらと濡れていた。



 御者が馬車の扉を閉める。

 それでも三人は窓ガラスから離れなかった。


 くぐもった声だったが、美しい声が響いた。



「三人とも、頑張るんだぞ!」




 それぞれは、しっかりとその言葉に頷いた。












思ったより出発が遅くなりました。

次は多分、また新しい人が出る予定です。


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