第10話 不思議な存在
剣の切っ先でゆっくりと塊のフードを上げてみたシュトラウスだったが―――
彼は目の前に現れた顔に驚嘆した。
緑のテカテカした皮膚に大きなぎょろりとした瞳。口元は無機質に笑みをつくっている。
それは紛れもなく彼が幼い頃に一度は捕まえたことのある両生類であり、それ以外にはとうてい見えなかった。
「か、カエルっ!!!??」
カエル。それ以外に見えるものがいるならば、一度医者に見てもらうべきだ。
カエルはシュトラウスの言葉に反応を示すと、いきなり頭突きをしてきた。
「あだッ!!」
「僕はカエルなんかじゃないケロ!れっきとした人間だケロ!!」
シュトラウスとカエルとの身長さの関係で、頭突きはシュトラウスの顎に上手く当たった。痺れる顎のせいで上手く怒鳴れなかったので、彼は思い切りカエルの上着を掴みあげて己の視線と同じ高さに合わせた。……カエルなのに、なぜか衣服はちゃんと着ている。
「おまひぇの、どひょが、にんげんらってんだッ!!!!」
「しゃべるカエルなんてそうそういないケロ!なんなら計算でも読み書きだって、なんだってしてやるケロ!」
「ほんひゃら、おまひぇは、まものらっ!!」
「こんな愛らしい魔物がいるものかケロ!」
「どひょが!?」
ルノアンはカエルに手を差し出した。
「すまない。私の幼馴染が無礼なことを言って。
私はルノアン・ハーティア。良ければ貴方の名前も教えてくれ」
カエルは名前を尋ねられ、慌てた様子を見せた。
「ぼ、僕の名前、ケロ?
えーと、えーと、僕は、サリエムだケロ」
両生類の表情など読み取ったことはなかったが、声色からどこか嬉しげであった。
「あんたなら『サリー』って呼んでいいケロ」
「そうか。よろしく、サリー…「じゃねぇだろうが!!!!」
いつもながらマイペースのルノアンの頭をはたく。
「サリーだかカエルだか知らねぇが、セシーリア様にストーカーするとは良い度胸だな、カエル!!!」
「だからカエルじゃないって言ってるケロッ!!!
それに僕はストーカーなんて悪趣味は好きじゃないケロ!!」
「じゃあなんで女性の寝室の外の壁にくっついてたんだよ!通りすがりとか言ったらぶった切るぞ」
「そ、それは、事情というものがあるんだケロ……っ」
「カエルに事情も糞もあるか!!」
「カエルだって日々精一杯生きてるケロ!カエルだって傷つくんだケロ!なんて残酷で傲慢な台詞ケロ!!」
「……サリー、それは己がカエルと認めているのか……?」
カエル――ではなく、サリエムに顔を近づけるシュトラウスの気迫に、哀れな生き物は怯えだした。
「ぼ、僕はただ、皆の無事を確認してただけケロ……っ」
「は?無事?皆?」
サリエムは深く頷くと、なぜだか胸を張った。
「女性の魂を喰らって自分の美しさを保とうとする魔族『オルティス』が、この街の近くにいるということが分かったから、僕が狙われそうな女性を見張ってたんだケロ!!」
「何!?」
誇らしげなサリエムに、ルノアンは首を傾げる。
「なぜお前がそんなことをするんだ?」
カエルはそこで言葉を詰まらせた。
「そ、それは……ちょっと人に頼まれているんだケロ。
……この街で一番綺麗なのはこの屋敷の女の人だったケロから、毎晩ここに来てたんだケロ。怖い思いをさせていたということは、本当に申し訳ないんだケロ。今日はいなくなった女の人たちの無事を確認してただけなんだケロ。もうここには来ないケロ。約束する」
神妙な顔……だったのかは分かりにくかったが、それでも彼の誠意は伝わった。
サリエムとしては悪意は全くなかったのであろう。
「つーか、誰だよ、その頼んだヤツってのは?」
「い、言わないケロ」
シュトラウスが睨みつけてもさすがにそこまでは口を開いてくれない。なかなか頑固のようだ。
「ま、カエルの事情なんてどーでもいいが……お前、セシーリア様や他の女性が狙われないか見張ってたんだろ?結局役に立ってねーじゃん」
昨夜のことは頭の痛い展開ではあったものの、魔族を追い払ったのは一応シュトラウスたちである。ストーカー紛いなことをしていたカエルではない。
それにはサリエムも思うところがあるらしく、
「い、一応昨晩はあんたたちの傍に僕もいたんだケロ。
でも、僕は元々戦える力なんて持ってないんだケロ。そもそも、魔王とやり合う気には流石になれないケロ」
そこまでサリエムがいうと、突然シュトラウスが大笑いし始めた。
いきなりだったので、サリエムは一瞬びびってしまった。
「な、なんか可笑しなこと、いったケロか?」
シュトラウスはお腹を押さえながら、サリエムを指差した。
「お、お前さ。昨日のアイツ、マジで『魔王』とか思ってんの!?」
「……は?」
「お前、昨日の夜庭にいたんだろ?
あんな新妻姿の魔王様ってヤツがいるわけねーだろ。ありゃ、ただの変態だ、変態。変質者ってヤツだぜ」
「しかし、空間移動の魔術を使うとはなかなかできる芸当ではないぞ?正直言って、王宮魔術師の中でも1人しかおらん。ただの変態というのは失礼だ。高魔術の扱える変態にしろ」
「変わんねぇよ。結局、本質は変態だってことだろ」
「いや、変態であってもあの魔術、尊敬に値する変態だ」
「…………あんたたち、変態連発しすぎだケロ。恐れ多くも魔族のトップにそこまでいえるヤツもなかなかいないと思うケロ」
サリエムはため息をつくと二人に向き直った。
そして生徒に語りかける教師のように話し始めた。
「あんたたち、魔王ロンバディウムといったら、銀色の長髪に赤眼なんて、人間にしてはありえない配色してるって知らないのかケロ。それに赤眼は非常に強い魔力を持っている証。少なくともただものじゃないことは確かケロ。
それに魔族『オルティス』は魔族の中でも高位の魔族。そのオルティスがへつらってるケロから、彼女よりも強い魔族ということケロ。
以上から、いくら格好が悪くても、あいつは『魔王ロンバディウム』なのケロッ!」
そこまで言い切ったのは良かったのだが、サリエムはシュトラウスたちが全く自分の話を聞いていないことに気がついた。
「お前さっきから『ケロケロ』煩いんだけど、どーにかなんないわけ?」
「サリー。お前、人間なのだろう?なぜそんな姿をしているんだ」
「ルノアン、今更それ聞くか?つーか、どうせコイツ、元からカエルだぜ。いちいちケロケロいってんだもん」
「だが、本人が『人間』だと言っているなら、温かい目で見守ってやるべきではないか」
「お前結局、こいつがカエルだと思ってるんじゃねぇかよ」
「黙れケロ――――ッ!!!!」
流石にカエルが叫び声を上げたのでシュトラウスたちはその気におされて黙った。サリエムの緑の艶やかな顔が、真っ赤になっていた。
「僕はもういくケロ。あんたたちとは付き合っていられないケロ!」
そして一声啼くと、彼はジャンプしながら闇の中に……ではなく、ちゃんと歩いて屋敷の門の方に向かっていってしまった。
エプロン姿の魔王とやらよりも、よっぽどカエルの歩行姿の方が衝撃的かもしれない。
「結局、あいつはなんだったわけ?」
シュトラウスの問いにルノアンは肩をすくめた。
「さぁ。ただ、敵ではなさそうだ」
「まぁな。つーか、あんなカエルが敵だったら、俺嫌だなぁー」
夜空はまだまだ星を宿している。
シュトラウスたちは屋敷の中で待っているセシーリアの元へと戻って行った。
言葉遣いが(とても)おかしいカエルさんの登場でした。
彼はちょくちょくでると思うので、よろしくお願いします。
またもや会話だらけになってしまって申し訳ないです。