第0話 勇者がいなくなったので…
「あー、その、なんだね、誠に……誠に話しづらいのだが……」
何度も咳払いしながらちらちらと自分を見る目。正直中年親父にそんなことをされても嬉しくないし、気色が悪いのだが、相手の方が「一応」お偉いさんなので、シュトラウスは我慢してその言葉の続きを待った。
「ふむ、バウス宰相殿はお加減が悪いのではないのか?」
真面目な顔して中年親父の心配している青年が見当はずれなことを言い出した。シュトラウスは「宰相殿」に気が付かれない様に隣を肘でつつく。
「なんだ、シュトラウス。お前は、先ほどから挙動不審に振舞っている宰相殿の様子が可笑しいとは思わないのか?」
「いや、十分分かるぞ。でも黙っとけ。身体の調子が悪い訳じゃねえだろうから」
「そうなのか?それなら、誰かに御身を今まさに狙われているとか……」
「大丈夫だ!そうじゃない!」
隣で自分と同じように膝を床につけている青年は、昔からどこか目の付け所が可笑しい。
さすがに間が長いと感じたのか、宰相の後ろで豪華な椅子に腰を据えていた国王が咳払いをした。宰相は慌てて口を開く。
「そ、そう、だからな、お前たちに頼みがあるのだ。
この国でも指折りの剣士であるシュトラウス・ロベル、そして王宮魔術師であるルノアン・リー・ハーティアに」
そんな前置きは良い、さっさと話せ、とはシュトラウスの心の中の悪態だ。
「は、なんなりと申してください。私でお力になれるのであれば」
こんな殊勝なことをいうのはこの嫌な雰囲気を全く感じ取れていない、どこかボケてる魔術師だ。
いつもなら偉そうなこと言う宰相がこんなにも言い淀んでいるのだ。物事が悪い方向へ転がっていきそうな匂いがぷんぷんする。雪原に行って雪男を捕まえて来いとか言われたらどうしよう、とシュトラウスは真面目に考えていた。
宰相は再び咳払いを始めた。
「……所で、お前たちは『勇者グレイドル』を知っておるな?」
「は?あ、はい、それはもちろん、この国の人間であれば……」
シュトラウスは何を今更言い出すのかと思った。
「勇者グレイドル」とは、幾多の伝説をつくりあげてきた男である。
街に住み着いてしまった竜を倒したり、賊に浚われた聖女を一人だけで救い出したり、呪われた湖を元の美しい場所に戻したり、人間嫌いの妖精たちと交流を持っている、など、彼の噂やら偉業やらはこの国の、一種の話のネタなのだ。
その勇者と、今回の呼び出しと、果たした何か関係があるのだろうか。
「それでだな、実は一ヶ月前ほど、グレイドルに魔王退治を頼んでいたのだ」
「えっ!?」
シュトラウスだけではない、ルノアンも驚きの表情を見せた。
魔王といえば、あの「魔王」。悪の親玉、勇者最大の敵というヤツだ。
とはいえ、シュトラウスのいる国はなぜか、ほとんど魔王の影響は受けず、彼の手先に煩わされることもほとんどない。よって、慈善事業でなければ、わざわざ国王がグレイドルに「倒して来い」とは言わないはずだ。
「もちろん、わが国に魔王の被害が出たわけではないが、最近の奴らの動向がどうもこの先、わが国に影響するかも知れぬというのが結論でな。ちょうど同盟国からも勇者に頼んで倒してくれと頼まれて、まぁ、そういうことになったのだ」
適当な気もするが、納得はいった。だが、その話がどうして一ヵ月後、シュトラウスたちに齎されたのかさっぱり分からない。
宰相はやはりその先を言いたくないのか口元をごもごと動かした。
それに痺れを切らしたのは、シュトラウスではなく、ルノアンだった。
「宰相殿!どうかはっきり仰ってください。我々はどんなことでも受け入れてみせます!」
勝手に我々とか言うな。
だが宰相はとうとう吹っ切れたのか、やつれた顔ながらも最後はやけくそに叫んだ。その声は、謁見の間いっぱいに響いた。
「お前たちに、行方不明になった勇者を探して来て欲しいのだッ!!!!」
シュトラウスは、最近いつ耳掃除をしたか思い出そうと思った。