帰宅
「おじゃま、します・・・・・・」
少女がおそるおそるといった様子で分厚い木の扉の中に入っていった。
「遠慮なんてしないでいいよ。入って入って!」
「遠慮しようがないだろ、こんな家」
ごみごみとした小さな家々が軒を連ねる坂の中腹にある、まるで倉庫かと見間違うほど何の面白味もない直方形の木製の二階建て。この建物自体は影の巣が生まれる前の旧時代からあるらしく、見た目にも床の軋み具合からもかなりの年代を感じられる。
簡単に言うと、ボロボロだった。
近所の子供が廃墟だと言ってはやし立て、怒った団長が町中追い回したことさえある。
それでも信じられないことに元々小さな宿屋だっただけあり、それなりに丈夫で部屋数もあるため住んでいる本人たちにとって特に不満はない。
何よりもタダ同然で住んでいるのだから、貧乏ガーディアンとしては文句など言っていられない。大抵の家具も貰ってきたり、拾ってきたりしたものばかりだった。
それが自警ギルド、「始まりの日」の本部である。
自警ギルドといっても、団長と穂積は影討伐専門の、いわゆるガーディアンと呼ばれる職だ。陽光川第六区画は小さな町でガーディアンなんてそれほど多くないため、たった二人でもそれなりに重宝されている。
共有スペースであるリビングに移動して、団長が陽菜にソファを勧める。自分はその脇に立ち、わざとらしく咳払いをしてみせた。
「それでは・・・・・・改めて、今日から『始まりの日』で穂積の弟子となる陽菜だ」
「陽菜です、よろしくおねがいします」
そう言って色素の薄い金髪をもつ紅眼の少女、陽菜は慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。さらさらと長い髪が肩から滑り落ちる。
顔を上げた彼女の透き通る紅い瞳は丸く大きく、肌はまるで太陽のない大陸、月の大陸の民かと見違えるほど白く透明で彼女の着ている黒いワンピースに良く映えていた。細い首に巻かれたシンプルなチョーカーも同じように黒く、全身黒の出で立ちだった。
様々な容姿をもつ人々が暮らす太陽の大陸と言えどかなり人目を引く容姿だろう。実際穂積も最初は目を見張った。が、よく見ると一体どこを通ってきたらそうなるのか、服や髪、肌までもが土埃で薄汚れている。
横で団長が陽菜に腰を下ろすようジェスチャーしていたので、陽菜はおとなしくもう一度ソファに腰を下ろした。それを確認して団長が司会を再開させる。
穂積は団長の言葉を聞き流しながら、帰りに買ってきた夕食が入った袋に手を掛け、それぞれに配り始めていた。
「うちの構成員を簡単に説明しておくと、団長である元軍人のこの私と、さっき川の方で陽菜を助けたーー士官学校首席中退の穂積だ。よろしくな」
そう言って団長はにこりと笑った。つまるところ、「始まりの日」のこれまでの構成員は団長と穂積の二人だけだった。
「部屋は二階の一番奥を使うと良い。ちょうど前の奴が出て行ったときに掃除したままだから、きれいに片づいてるはずだよ」
「すみません、無理を言ってしまって」
「いいの、いいの! 私もむさ苦しい男ばかり相手にするよりはたまにはかわいい女の子とも話したいんだよ」
心配そうな陽菜に明るく言う。確かにこの本部には女っ気がない。団長自身がとても女性らしとは言えないので当然といえば当然だ。見た目はともかく、中身は女性というより子供だ。それも悪ガキ。
「じゃ、そういうわけでこれからよろしくね。困ったことがあったらなんでも穂積に聞きな」
「・・・・・・なんで俺」
陽菜の視線が穂積に向けられる。非常に居心地が悪い。
視線を逸らしながら、川辺で落としたものと同じ、申し訳程度の肉が挟まったパンをかじる。なんだか味がしなかった。
「穂積の弟子になるんだから当たり前だろ? それに穂積は確かこの間十七になったばかりで陽菜とは二つ違いで歳も近いし。良かったじゃないか」
「俺なんかより団長の弟子になった方がいいと思うけど」
「穂積が助けたんだろう? なら、最後まで穂積が面倒を見るべきだ。わかったな?」
にこりと笑う団長に、穂積は何も言い返せなかった。




