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Monochrome ー白の少女と黒の亡骸ー  作者: うみうし
第四章 夢を、見ていた
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夢を、見ていた。

第四章 夢を、見ていた


 遠くで警報が聞こえる。

 どこかで見た景色だ、と思った。

 気がついたら空はすでに赤に染まっていた。

 中央都市郊外の一画、住宅街にほど近い遺跡へグループ調査に行った帰りだった。

 ちょうど遺跡から伸びた手入れのされていない道から住宅街へと続く石畳の舗装路面に切り替わる場所。そこに少年は立っていた。

 まだどこか幼さを残す、士官学校の紺地に赤が入った制服を着た少年。

 あたりには少しの血だまりと、あとは、何も残らなかった。

 握りしめた剣にわずかに残った黒いタール状の粘液が地面に落ちて、そのまま光の粒とともに消えた。

 どうにか住宅街への被害は最小限にとどめた。その証拠に、なんだか遠いところで歓声が聞こえるような気がする。

「穂積」

 名前を呼ばれた少年、穂積は顔を上げ仲間へと視線を移した。

 仲間の顔はまるでノイズのかかった画面のように掠れて、どうしてもはっきりしなかった。

 五人いたはずなのに。何故か今は二人しかいない。

「私も・・・・・・もうだめみたいなんだよね」

「だめって、何が」

「分かってるんでしょ。本当は」

 分からない。何を言っているのか、さっぱり分からない。

「あーあ、最期まであんたに敵わないのか。なんか癪だなぁ」

 仲間だったはずのもう一人の少女は、そう言って笑っていた。

「約束通り、サクっと頼むよ?」

 そう言えば約束なんてしていたのかもしれない。

 そう思う間に、少女の笑顔はヘドロのようなタール状の粘液へと変わっていった。

 少女は少女でなくなり、ゆっくりとその重たそうな粘性の体を引きずって近寄ってくる。

 最後の気力を振り絞り腕を上げる。構えた剣先は震えていた。

 少女だったはずの者の足は止まらない。まっすぐに穂積を目指してその重そうな体を引きずってくる。

 これは人喰いだ。

 人喰いは、影は人類の敵で、殺さなければならない。

 それをするのは人々を守る軍の役目だ。

 だから目の前の人喰いは殺さなければならない。

 誰が? 自分が?

 人喰いはもう目の前まで迫ってきていた。まるで自ら体を差し出すかのように、穂積の構えた剣に向かっている。

 構えた剣先を思わず引く。

 ーーできない。

 そう思ってしまった瞬間、震える手の中にあった剣は穂積の一瞬の意思を反映したかのようにあたりに光の粒をまき散らして消滅した。

 反射的にもう一度手に光力を集めようとしたが、手のひらにもう一度光が戻ることはない。額からも嫌な汗が滴り落ちる。たった一つの影に抗う手段が、消えた。

 穂積はただ目の前の少女を見ていた。

 少女の顔だった部分が異常な角度でぱっくりと口を開けた。

 心臓がひとつ、大きく跳ねた。

 だが次の瞬間に穂積が見たのは鋭い光だった。

 光は少女だったものを牽制し、穂積を後方へと突き飛ばす。

「構えなさい!」

 目の前に降り立ったのは剣を握った黒髪の女性。尻餅をついたまま立ち上がれない穂積の腕をつかんで無理矢理立たせる。

「・・・・・・で、できない・・・・・・××を殺すことなんて、できない・・・・・・っ!」

「それでもやりなさい!」

 女性が叫ぶ。

「大切な人なんでしょう!?」

「・・・・・・ッ」

 穂積は何も言えなかった。

 話そうとしても言葉はそれ以上絞り出せなくて、手の震えは止まらなくて、それでも、どうにかしようとして、だけど一度手放してしまった光はもう手の中に戻ってこなくて。

 再び、今度は猛スピードで迫る人喰いに、為す術がなくて。

 そしてそのまま人喰いは大量の光の粒とともに無数にはじけて消えた。女性のもつ剣は、真っ直ぐに少女だったはずの人喰いを貫いていた。

 粘液が流動した凹凸しかない人喰いが笑ったような気がした。

 あとには何も残らなかった。

 女性は息を切らし、額からは汗が滴り落ちている。ここにくるまでに自分と同じように影と戦ってきたのだろう。民間のガーディアンか。ここまで来たということは住宅街の影は一掃されたのか。

 穂積はその場に突っ立ったまま、目の前で起きた光景から必死に目をそらそうとそんなことを考えていた。

 女性が振り向いた。猫のような強気の目をした美人だった。

 女性はひとつ、息をした。

 そして唐突に穂積の頬をひっぱたいた。

 呆然として女性に顔を向ける。悲しそうな表情をしていた。

「本当はあんたがやらなくちゃいけなかったんだ。大切な人なら、なおさら」

 少し遅れて頬にひりひりとした痛みが走り、それからようやく、全部終わったことを理解した。

 何もなくなった空間に穂積と女性が立っていると、遠くから人々の声が聞こえてきた。

 歓声はあっという間に近づいてきて二人を取り囲んだ。自分とガーディアンの女性を褒め称えるような言葉を発している。

 英雄だとか、たった二人でとか、さすが士官学生だとか、そんな言葉だったと思う。

 自分以外何も残さず、何も残せず、終わった。それなのに、どうして自分は今歓声の輪の中心にいるのか。

「はい、通して通して。皆さんは住宅街の片づけよろしく」

 隣で女性のよく通る声が聞こえ、そのまま女性は穂積をそこから連れ出した。

 宴への招待を当たり障りなく断りながら、女性は遺跡の入り口まで穂積を引っ張っていった。そこまで行くと、もう誰も追っては来なかった。

「俺・・・・・・救えなかった」

「そうだね。だから殴っておいた。一応」

「うん」

「でもあんたは確かに救ったんだ。あそこにいた人たちを」

「・・・・・・そんなんじゃない」

 それから二人はくずれかけた遺跡の黄ばんだ白い石の壁に腰をかけて、空が白んでいくのを見ていた。

 結局後になってもこの日のことを叱ってくれたのはその人だけだった。

 その人だけが最初から他に誰もいなかったかのように喜ぶことはせず、誰とも知らない仲間のために静かに時間を過ごしてくれていた。

「あんた、学校辞めるつもりでしょう」

 穂積は答えなかった。

「・・・・・・そう。でも、もし、」

 女性が静かに口を開く。穂積は彼女の方を振り仰いだ。

「もしも、あんたがまだその手の中の光を少しでも信じたいと思うのなら私のところに来な。しばらくこの町で待ってるから」

 穂積は困惑していた。彼女は悲しそうに笑っていた。

 遠くからはまだ歓声が聞こえていた。


     *


 穂積が目を開ける。

 いつもと変わらない、「始まりの日」本部にある自室の無機質な天井が目に入った。

 わずかに開いたカーテンの隙間からは、まだ淡白い光しか見えなかった。控えめな光が、穂積の部屋に一筋だけ差し込んでいる。まだ、夜は明けていないようだ。

 静まりかえった世界で、穂積は自分を落ち着かせるかのように、少しだけ深く呼吸をして、もう一度目を閉じた。

 無理矢理に意識を沈めていく。こういうことはたまにある。昔は一度起きると眠れなかったが、そのうちに眠り方も覚えていった。

 やがてゆっくりと意識は深い底に落ちていく。

 ーー夢を、見ていた。


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