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Monochrome ー白の少女と黒の亡骸ー  作者: うみうし
第二章 大地の民
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暗闇の中で

「なぁーまだなのかー?」

「うるせぇ、黙って歩け」

 昨夜、本部に戻るとテオは団長とすぐに打ち解け、今時の大地の大陸の流行や、病気の妹がどうたらこうたらなどというどう聞いても嘘くさい流民でいる理由を話したりしていた。

 本人はすっかり馴染んでしまった様子で、今朝も穂積のつくった朝食二人前をぺろりとたいらげていた。

 そうやって恩を売り、ここまで連れてきている。飯で雇った傭兵である。

「穂積、本当に行くの?」

「行く」

 しかし今朝の穂積もかなり機嫌が悪かった。

 すっかり忘れていたが、穂積は昨日で記念すべき五連敗目を飾っていたのだ。

 ここに来るまでに団長のなじみの武具屋の親父にまでからかわれ、道行く人々には大きなお世話な激励をもらっていた。小さな町だからよくあることだが、どうやら話はかなり広まっているらしい。

 険しい森の中を穂積が奥へと進んでいく。それに続く陽菜とテオ。そして陽菜の両手に握られている黒い手のひらサイズの通信用端末。軍の影感知記録システムだ。

 何が何でも今日は影を、それも昨日出くわして仕留め損ねた巨人サイズの影を狩る。

 ガーディアンにできることは、影を狩ることなのだから。

「今に見てろよ、あいつら・・・・・・」

 呪詛のようにつぶやく。陽菜がおろおろしながらも後方から道案内をし、徐々に昨日の開けた場所へと近づいていくのと同時に影の気配が強くなっていくが、相手が大きすぎるのか距離感がつかみづらい。

「なぁー穂積ーおなかすいたー」

「うるせぇっ!」

 振り向きざまにさっきからやる気なく騒いでいるテオを怒鳴りつけた時だった。

「前! 来るっ!」

 全員が広場に一歩入ったところで、陽菜の叫び声を合図に彼女を抱えて真横に跳ぶ。突然走ってきた影の巨人がさきほどまで立っていた位置に拳で一撃を入れ、すさまじい砂埃をあげながら地面にクレーターを作り上げていた。

 瞬時に手の中にロッドを出現させる。反対方向に跳んだテオも背負っていた大身槍を空中から引き抜くようにして具現化し、すぐに構えるとそのまま拳が地面にめり込んだその一瞬の隙を逃さず即座に巨人へと突っ込んでいく。

 ーー速い!

 穂積も速さには自信がある。が、テオの反応速度はそれよりもさらに段違いだった。

「陽菜! そこに隠れてろ!」

 陽菜を大木のうろの陰に押し込んでから前方へと飛び出していく。

 広場の真ん中に穂積が飛び出したと同時にテオがバックステップで戻ってきた。テオの初撃は巨人の肩口に深々と突き刺さり、右肩を消滅。しかしすぐに巨人は再生を始める。

 自力で実体を持った影だけに、人喰いはせずとも体はもろいが再生能力はあるらしい。

「すごいなこいつ。俺もこんなでかい影相手にすんのは久しぶりだ。もうちょっとちゃんとやるか!」

 横に立ったテオが槍を構え直し、体勢を低くしながら嬉しそうに言う。

「調子こいてやられんじゃねぇぞ」

「俺は負けねぇよ。穂積こそ俺の足引っ張るなよー?」

 にやにやと楽しそうな視線だけ投げてよこした。

「あ?」

 同じように視線だけ投げた穂積の睨みを相変わらず楽しそうに受け止めたテオの瞳に、ふと真剣な光が宿る。

「行くぞッ!」

 テオが地面を蹴り、穂積がそれに続く。狙いは先ほどの初撃と同じ、肩だ。まずは影の攻撃主体であると思われる腕から先を消滅させる。

「上方、もう一打同じ攻撃!」

 後ろから聞こえる陽菜の指示を聞いて再び二手に分かれると、その後を追うように巨人の拳が地面にめり込み、あたり一面が砂埃に包まれる。その間にも巨人は止まることなく拳を振り下ろし続ける。まるで前日の空き地での出来事のようだ。

「クソ、お前はテオかよ・・・・・・」

「何か言ったか!」

 どうやらその前日の対戦相手も無事らしい。

「ま、当たり前か」

 できない奴だと思っていたら最初から連れてきてなんかいない。

「こっちに向かってきてる!」

 前方に目を凝らすが、何度も地面をえぐられて次々と舞い上げられる砂埃に、巨人の姿は確認できない。

 視界は最悪。だが止まることはできない。前方から感じる気配の動きと陽菜の声を頼りに、足に神経を集中させて、跳ぶ。

 向かってくる巨人と正面から対峙するかのように上空へ飛び出し、砂の幕が薄くなったところで標的を確認する。そのまま空中で身体を右に引き絞り、集中力を手の先へと移していく。

「でかいからって調子乗るなよ!」

 突き出したロッドの先は寸分違わず巨人の肩口へと突きつけられていた。そして、今までのうっぷんを晴らすかのような高出力。

「吹き飛べッ!」

 穂積が突きつけたロッドの先から激しい光が迸る。まるで一瞬空中で静止したかのような錯覚に陥りそうになった次の瞬間、巨人の左肩が爆音とともに黒い靄となって散り散りになった。

 えぐりとった肩口を飛び越え、巨人の後方へと着地し振り返ると、爆発の反動か巨人は足を止め、左へと身体が傾いていくところだった。左肩は再生してこない。砂埃の向こうで傾きかけた巨人の右肩がすごい勢いで消滅を繰り返し、弾け飛んだ。

「やっぱ速ぇな・・・・・・」

 そこまでするかというくらいの連続の突き。もはや半ば呆れながら穂積はその光景を見ていた。

 必殺の一撃で仕留めた穂積と、恐ろしいほどの連打で仕留めたテオ。やり方は正反対だったが、ほぼ同時に影の腕の消滅に成功していた。

 巨人が動きを止めたことで砂埃が落ちていき、視界が広がる。

「よっ、久しぶりだな」

 傾きかけた巨人の向こうからテオが何食わぬ顔で声をかけてきた。

「気ぃ抜くな。まだ全消滅していない」

「わかってるさー」

 テオが片手でぐるんぐるんと槍をかまわしながら大声で答える。

「しかし、なぁ・・・・・・」

 視線を巨人へと移す。不自然に左前方に身体を傾けたまま静止している。攻撃主体の両腕は消滅したが影自体は存在している。つまり、まだ終わっていない。

「陽菜! 何かわかるか?」

「ごめんなさい、何も・・・・・・聞こえない」

 テオよりさらに奥の大木の陰に声をかけるが、特に収穫は無し。

 さっきまであれだけ活発に巨体を振り乱していたというのに。うってかわって沈黙を守り続ける巨人は気味が悪い。おそらくはテオも同じ考えだろう。だからこそ静観しているはずだ。巨人と会った直後に突っ込んでいったあいつのことだ、そうでなければとっとと片をつけようとしていてもおかしくはない。

 ふいに、あたりが暗くなった。

 はっとして空を見上げると、木々の隙間から細々と差し込んでいた日の光が厚い雲に覆われていた。元々薄暗かった森はあっという間に明度を落としていく。

 それと同時に、影が暗闇と同化していく。

「クソッ」

 すぐに左手に神経を集中させ、そのままあたり一面に光力を放つ。しかしすぐに分散した影の残滓によって上書きされてしまう。まるで黒い霧の中にいるかのようだ。

「テオ、陽菜を頼む」

「おう」

 より大木に近いテオに陽菜を任せ、ひとり巨人へと近づいていく。これを待っていたのか、たまたまなのか。罠なのかもれしない、とは思ったが、それでもこのまま暗やみに紛れて消えさせるわけにはいかない。

 どうしても影狩りを成功させなければならなかった。自分が笑われるのは構わない。けれどそれは同時に彼女が自分の足手まといだと笑われているようで。

 だから必ず成功させる。影を消滅させてみせる。

 それだけがガーディアンのガーディアンたる存在理由なのだから。

 自らを鼓舞するかのようにロッドを握り直し感触を確かめる。一歩ずつ、けれど確実に巨人の元へと向かう。

 広場の中で障害になりそうなものは先ほど巨人があけたクレーターくらいだった。視覚のきかない暗闇でも歩くことはできる。頭の中に暗くなる前の広場のイメージを描いていく。

 あと、数メートル。

「穂積下がってっ!」

 唐突に耳に入った陽菜の声に合わせて穂積が一歩大きく後退する。

「陽菜ッ!」

 鋭いテオの叫び声のあと、どこかで一瞬強い光が発せられ思わず目を閉じる。すぐに目を開けたがあたりは暗闇のままだった。

 今の光は、テオの光力ーー?

「テオ! おい、何があった!?」

 どうして誰も何も言わない?

 暗闇の中、影の気配が動く、動く、動く。けれど状況がいっさい見えない。一体何が起こっているんだ。

「テオッ!」

 返事が、ない。

 それでも影は動き続ける。

「うああぁぁぁぁぁッ!」

 気がついたら叫んでいた。

 後退した分までもを取り返すかのように大きく一歩跳躍して一気に距離をつめる。対象まであとどのくらいの距離があるのかさえ正確にわからない状況、けれどこのまま動かないでいるわけにはいかなかった。

 とにかく、二人の元に行かなければ。

「ーーこっちだよ」

 静かな、けれど確かな、陽菜の声が聞こえた。

 身体中の光力を手の先へと集め、凄まじい勢いでロッドを振るい光力を放つ。

「当たれえぇぇぇッ!」

 振るったロッドの先、光力が穂積を離れ空間に放たれた瞬間。視界が真っ白に覆われる寸前、穂積は明るくなりすぎた視界にその世界を捉えていた。

「・・・・・・ッ」

 まるで陽菜を飲み込もうとしているかのような影の巨人の目の前に、陽菜は立っていた。

 後ろで倒れているテオの前に立ちはだかるように両手を広げ、見えないはずの暗闇でまっすぐに巨人を見据えて。

 そこには一切のためらいも恐怖も無かった。あるのはただひとつ。静かな覚悟。

 それを感じ取った瞬間、世界は真っ白に塗りつぶされ再び視界からすべてが消えた。けれど、その一瞬で十分だった。

 穂積のロッドは、確かに巨人を捉えていた。

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