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ジルが学園に来ないまま、わたしは十四になりました。
相変わらず、わたしは王子やエルネスト様と一緒におります。
夕食は、ジルのいない、魔術組での食事です。
アレクサンドル様が、甲斐甲斐しく食事を持って来てくれます。
ジルのいない今は、なぜかアレクサンドル様がわたしの食事係のようなのです。
わたしに来た神父様のお手紙は、エルネスト様からジルに渡してもらいました。
その所為もあって、南の国の方がだいぶ騒がしかったようですが、わたしには何の話も入ってきませんでした。
ただ、アレクサンドル様やセルジュさんも忙しそうにしておりました。
そうです。セルジュさんは、幻影魔法や闇魔法の使い勝手の良さや、学園祭の計画を一部出したことによる功績で、王宮の情報部に所属することになったのです。
エルネスト様のお父上である、公爵様からお声を掛けられたそうです。
あのときのセルジュさんは、本当にうれしそうでした。
「俺もジルベールに負けないように頑張るから、シリル。もう少し待っててくれないか。」
と言って、わたしはセルジュさんに手を握られました。
「えっと?」
わたしはセルジュさんには女だとバレておりますが、みんなの前では男のままになっていますよね?
女のわたしに対してだと、まさか、いや、わたしはそんなに自信過剰ではないですので、そのようなことはありえません。
だとすると……どういう意味なのでしょうか?
と、わたしの手を振り払いつつ、セルジュさんはエルネスト様から叩かれておりました。
わたしはエルネスト様の方に引き寄せられています。
そしてエルネスト様は
「私は次男だから、シリルの領地にも入れる。」
などと言いながら、なぜかセルジュさんと睨みあっています。
エルネスト様はわたしの領地に仕官してくださるのでしょうか!?
父はお給料を出せるのでしょうか……心配です。
そういえば、一度ジルから手紙が来たのです。
それには、こう書かれていました。
侯爵嫡男として貴族名鑑に載ってしまった。
今までの、母と父、そして、叔父の苦労を知り、俺はこれから侯爵家の者として精一杯やりたいと思う。
貴族としての守らなければならないことや礼儀、色々なマナー。そして領地のことを学ばなければいけない。
平民の生活を知っていることも、領民の生活を守るためにはとても必要なことだった。
そして、貴族として立てるように一年間だけ、学園は休園し、家で様々な勉強をすることになった。
待っていて欲しい。
あと、神父さんの手紙を渡してくれてありがとう。ちゃんと受け取ったよ。
驚いたけれど、でも、俺は、神父さんを恨んではいない。
俺を攫わなければ、他の誰かが攫われていたのだろうし、そのおかげというのは変だけれど、シリル、君と出会えたのだから。
いいかい、シリルは身体に気をつけて、きちんと食べてきちんと寝るようにするんだよ。
寝るときは必ずカギを掛けるように。窓にも扉にもだ。ちゃんとかかっているか、二回チェックするんだ。
あとは、一人で夜ゴミ捨てに出歩いたりしないように。
ヒールするときは、限界を考えて絶対に倒れないように。エルネストに気をつけろ。
それから、王子とエルネストとガスパールとアレクサンドルとセルジュには気を許すな。
と書いてありました。
わたしは笑ってしまいました。
エルネスト様のことだけ二回書いてありますね。うふふ。
ジルがいなくても、手紙があるだけでこんなにも楽しい。
ジルに早く会いたい。
そうそう。変化がありました。
セルジュさんが、王子とエルネスト様に交渉してくださって、わたしは大浴場を使わなくてもよくなりました。
王子とエルネスト様が使っていない、お二人の部屋のお風呂を貸していただけるようになったのです。
王子とエルネスト様は、他の人たちの生活と自分たちも同様にしたいというお考えで、今まで大浴場を使っていたらしいです。
そして、お二人がお風呂にいってる間に入っていいと言われたのです。
セルジュさんに、お仕事で見張りの時間がなくなったのでしょうか? とこっそり聞くと
「んーー? ちょっとね……。いやぁ、こんなにキツイとは思いもしなかった。ジルベールを尊敬した。俺には無理だった。うん、拷問すぎだ。」
と、話のかみ合っていない答えを言われました。
「何回ひとりで……はぁ。」
などと呟いております。
それから、はっとわたしを見て、シリルは悪いことしてないよ。いいんだよ。とポンポンと頭を撫でられました。
今までありがとうございました。と、心の底からお礼をいいました。
本当に感謝感謝です!
エルネスト様からは、私たちが帰ってくるまで一人で待ってるように。必ず部屋まで送るから、一人で帰らないように。
と、子供に言い聞かせるように何度も何度も言われます。それから、いつもお二人でお風呂に向かうのです。
そんなに子供ではないのに! 小柄なのはどうしようもないのです。もう伸びないのです!
でも、言うことを聞かないと、お風呂は貸せないと言われてしまったので、大人しく待つことにします。
ジルがいないだけで、寂しいけれど日常生活は送れています。
成績も、優秀なままでできていると思います。
そういえば、領地経営で、進展がありました!
土魔法のフィルマン様にお願いして、うちの領地に鉱石がないか、土魔法で探索していただくお約束ができたのです。
卒業したら一緒に領地に行ってもらうのです。
なんて素晴らしいことでしょう!
領地経営の授業で、うちの領地があまりにも特産品がない、というか、いくら考えても大麦と小麦と芋しか出てこない作物の名前を聞いて、フィルマン様は同情してくださったようでした。
恥ずかしかったですけれど、こんなチャンスは滅多にないので本当にうれしいです。
そうです。王家は水魔法の適性の方が多いので、王家と婚姻関係を持つ貴族は、土の属性を持つ方は珍しいのです。
同期にいてくださって、本当に助かります。
これだけでも、学園に来た意味があるということです。
わたしは十五になりました。
今年で卒業です。
そして、ジルが戻ってきます!!
やっとジルに会えます。
本当に久しぶりで、本当にうれしいです。
あっ、そうです!! すごいニュースがあるのです!
なんと、今年から女子のこの士官養成学校への入学が認められたのです!
今は、嫡男のいない貴族の女子。
婿取りの女子たちが主な希望者のようですが、それでも素晴らしい一歩です。
王様や、公爵様、侯爵様、伯爵様たちが、法律を変えてくださったようでした。
これはすごいことです。
さすが、わたしの尊敬する王様です!
そのうち、王宮の仕官に、性別を偽らない女性が入ってくるということです。
……実を言うと、うらやましいです。
わたしは仕官するとしても、このあせもが出来る制服を着ないといけないでしょうし、そろそろ胸などがきついのです。
わたしもたまには、可愛い下着をつけたいです。
それに、ずっとみなさまを騙しているのが、つらいのです。
やはり、仕官ではなく領地経営をしたほうがいいのでしょうか。
この一年、迷って迷って考えようと思っています。
っっ!!?
ジルの声です。ジルの声がします!
「ジルっっ!!」
わたしは駆け出してジルに飛び込みました。
「シリル、ただいま。」
「おかえり、ジル。」
わたしは泣きそうになってしまいました。去年より大きく、凛々しくなったジルがここにいます。ずっとずっと会いたかったジルがここにいます。
わたしは、久しぶりに見るジルをじっくり見てしまいました。
「会いたかった。シリル」
と掠れた声で言ったジルが、熱っぽい目でわたしを見つめながら、頬に手を当てて近づいてきます。
えっ?
ジル近い……?
と、ガンッとかガゴッという音がしたかと思ったら、ジルがエルネスト様とセルジュさんから殴られて頭を抱えています。
わたしは慌ててヒールしました。
「どうして叩くのですかっ!? ジルが何か悪いこと……。」
「今のはジルベールが悪い。」
王子がわたしの言葉にかぶせるように言いました。
エルネスト様もセルジュさんもアレクサンドル様も頷いています。ガスパール様は真っ赤になっております。
わたしは一瞬考えてから、はっ、と思い至りました。
まさか今ジルはわたしに口付けしようとしたのでは……!?
うそ!?
いや、でも……。
わたしは顔が熱くなっていくのを自覚しました。
想像したことがもし間違っていたらと思うと恥ずかしいし、それでも顔が赤くなってしまうことに居た堪れなくなってしまいました。
わたしは走って逃げてしまいました。
「シリルっ!?」
というジルの言葉にも足を止めずに、部屋に戻ってしまいました。




