ジル視点6
魔術の授業で大変な敵ができた。
王子だ。
なぜかいつもいつも彼女に絡む。
彼女の髪に触れ、頬に触れ、唇に触れ、首筋に触れる……。
くそ。触るな!!
ついつい睨むように見てしまう。それが面白いのだろうか?
反応しなければいいと思うだろうが、無理だ。彼女が嫌がっているのに、それを庇うなというのは俺の存在意義に関わるのだ。
そして、ドヤ顔で俺とガスパールを見る。こいつ何なんだ!? 本当に王子なのか!?
そんなイライラを稽古にぶつけてしまう俺は、剣士ではないのだろうな。
何度か相手に怪我をさせてしまった。申し訳ない。反省して集中しなければ!
と、シリルと呼ぶ声がして意識が浮上する。
はっとして見ると、エルネスト様が彼女を抱き上げるところだった。
何があった!?
彼女が怪我をしたのか!?
と、彼女がエルネスト様の首に手を回している。
シリルっ!!? どうしたんだっ?
彼女が俺以外の男の首に手を回している。
俺はおかしなくらい息が浅くなり、心臓がぎゅっと潰れそうになった。
見たくない。
何があった?
……エルネスト様が真っ赤だ。
……これは確実に、彼女が性別を偽っていることを気付かれた。
こいつの動きによってはシリルは退園になってしまう。
まずこいつから彼女を離さなければ。
「シリル、こっちにおいで。」
俺の顔は今どうなっているんだ? エルネスト様からものすごく怯えられた気がする。
彼女は俺とエルネストを間違えたようだった。
……それで彼女はエルネストに抱きついたのか。
先ほどの息苦しさが嘘のように、俺は心の底から安堵した。
いや、俺が側にいれば!
俺がきちんと見ていたら。彼女が無理をしないように見ていたら。と不機嫌になっていると、彼女が謝ってきた。
いや、彼女が悪いんじゃない。どちらかと言うと、彼女がヒールを使う、その怪我をさせているのは俺だしな……。
自分に怒っていたんだ。
その日魔術組みで夕食を食べることになった。それはいい、それはいいんだが。
なぜ風呂も一緒なのだ!? しかも王子が、彼女が絶対に断れないように仕向けた。やはりこいつも敵のようだ……。
しかしどうする……。
彼女が覚悟を決めた。
彼女が退園になるなら、俺も出る。
と、セルジュが部屋に来た。
なんだこいつ、俺たちの部屋に来るな!
幻影魔術だと? ……それならいけるかも。こいつは俺にとっては敵だが、彼女の味方だ。
?? なぜか彼女がぶれて見える。セルジュは気が付いていない。なぜだ?
風呂では問題がなかった。王子とエルネスト様がじろじろ彼女をみるのが気に食わない。
念のため、言い訳をしておこう。
そして、すぐに出よう。
この風呂の日から、魔術組みで夕食をとるようになった。
彼女に絡まなければ、俺は別にいいのだが……。俺を見る二人の目がなんともいえない感じで、気持ちがいいものではない。
なんなんだ?一体。
模擬大会から学園祭に変更になったが、俺のすることは変わらない。稽古だ。
家族を呼べるようだったが、俺には神父さんしかいないし、神父さんは俺だけの家族ではないから、呼ぶのはやめた。
……模擬大会では、彼女は俺を応援してくれるそうだ。
頑張ろう。
学園祭当日。
俺の相手は彼女に剣をぶつけそうになったやつではなかった。残念だが、仕方がない。
相手はでかいやつだった。
手数は俺の方が多いのだが、一撃が重く、避けるのも精神的にきつい。
俺はジリジリと負けていった。
あー、くっそ。
もう少し早くから稽古をやっておけばよかった。
汗臭いのを彼女に知られたくないので、急いで控え室に行きシャワーを浴びる。
そのうちに、彼女だけではなくぞろぞろと王子やエルネスト様や、そのご家族様方がやってきた。
俺は彼女に視線で問いかける。
こいつら何? 彼女は首を振り、わからない。
と答えた。俺も意味が分からない。
何なんだ? 沈黙しているし。
と、なんというか、美人なのだが薄幸そうな人が俺に話しかけてきた。声が震えている。
「あなたは、ジルベールと言うのね?」
「はい。お初にお目にかかります。ジルベールと申します。王子やエルネスト様と一緒に魔術を教えて頂いております。」
「あなたは、北に、クレティアン家の領地に住んでいたの?」
「は? ……ええ、孤児ですので、そこの孤児院におりました。」
なんだ? 俺が何かしたのか?
「そのとき持っていたピアスは、その耳のピアス?」
「……ええ、そうですが……。なぜそれを?」
ピアスのことは俺と神父さんしか知らないはずだが……。
「貸して頂けるかしら?」
「はぁ? ……失礼致しました。どうぞ。」
思わず、はぁ? と言ってしまった。
彼女に肘でつつかれた。だって、何なんだこいつら?
さっきの女性が震える指で俺のピアスを受け取ると、それを机にぶつけて壊した。そして壊したピアスをまじまじと見ている。
じゃねえ! おい、こら。なんだこの女、人の大事なピアスを壊しやがった!
これは怒ると不敬罪になるのだろうか?
と、彼女を見ると、彼女はエルネスト様に抱きかかえられていた。
お前、彼女に何やってる?
と、ピアスを見ていた女が泣き出した。
なんだ!? なぜ泣く??
おわぁ!? 抱きつかれた。
な、な、なにするんだ!? 彼女がみているだろう?
と彼女に目を移す。
エルネストが、やつが、彼女に触った。
あれはどうみても女性に対してする、しかも、なんだ? なんとなく手つきがいやらしかった。
しかも彼女の顔が赤い、瞳もいつもと違うように見えた。
何を言われた?
……あのエルネストの顔。あれは彼女に欲情している。
こいつは、敵だ。
彼女は、渡さない。
俺に抱きついたまま、女性の泣き声がまだ聞こえる。
そういえば、抱きつかれたままだった。
と、
「ジルベール。わたしの大切な子。こんなところにいたのね。生きていてくれたのね! ずっとずっと探していたの。」
えっ!?
ええええ!!?
そう言ったきり、俺を離さない母と名乗る女性に変わり、公爵様という方が話し出した。
俺はこの人の甥らしい。
俺は捨てられたのではなく、攫われたのか。
戦争の捕虜交換の道具にされるために攫われたのか。
……南の国から、公式に殺したと言われていたのに、ずっと探していてくれたのか。
病気になるまで。
病気になってまで。
そのとき俺は、母の側にいてあげなければ、と強く思ってしまった。
離したらまたいなくなってしまうのではないか、と思っているのだろうか? 女性にしては強い力で俺を離さない母。
震えながら俺を抱きしめている母の背中を、感謝の気持ちで俺は撫でた。
俺はこのまま一度、侯爵家に行ったり、王様に会いに行ったりするとのことで、学園を休園することになった。
俺が見つかったのは、シリル、彼女のおかげだ。
彼女がこの学園に入ると言わなかったら、俺はあの領地からここには来なかった。
母と叔父が落ち着いたら、これは必ず、言っておこう。
後、彼女の事情も。
俺が少し学園からいなくなって母の側にいる間、彼女のことを守れるように手を回そう。
ほんの少し、彼女の側から離れるけれど、必ず戻ってくるから待ってて欲しい。
あのときはバタバタしていて彼女に何も言えなかったから、俺は手紙を書くことに決めた。
大好きなシリル。
俺の女神。
待っていて欲しい。




